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その23



     23



 ずらりと居並ぶ面々はいちおう人型の姿をしている者が多かったが、角が生えていたりウサギの耳が生えていたり、フワフワと光る塊をまとわりつかせていたりと、とにかくさまざまな性を持つ者たちばかりだということは十分に分かった。そんな連中を相手に挨拶できるものだろうかと自分でも思ったが、そこがヒトそのものではないところの良さ、『声』は案外簡単に出た。


『……ご紹介に預かりましたチビ霊夢です。まだ自分が何者かもよく分かっていないという身ですが、運命の導くままに今日このように皆さんとささやかなるご縁を結ぶこととなりました。どうかこのご縁が私と皆様によき時を与えてくれるよう、心から願っています』


 一気に言って魔理沙の肩の上で深く頭を下げると、ふたたび一座の人々から拍手が湧いた。


「では次に、開宴の乾杯をいたします。皆様、各自杯のご用意を」


 皆がわいわいと酒をつぎ合っている中、私にも小さな陶製の杯が魔理沙から手渡された。


『私は飲めないぞ』


「真似だけでいいんだよ。こういうのは形が大切なんだ」


『そうか……』


 渡された杯にほんの少しだけ濁り酒が注がれた。


「そんじゃ、このチビに魂の器たる人形を提供してくださった紅魔館の主、レミリア・スカーレット様に乾杯の音頭をとっていただきます。皆さん、お静かに」


 魔理沙がそう言うと、近くに座っていたレミリアがすっと立ち上がり、優雅な仕草で周囲を見渡した。


「今夜、チビのためにこうした宴が開かれるのには深い意義を感じます。とくに、この霊夢そっくりの姿を見かけた者が、不用意にちょっかいを出すと何が起きるかを想像していただくにはいい機会です。この子がこうして幻想卿に形を成すにあたって、ここにいる霊夢、わたし、パチュリー、魔理沙、アリスと5人の者がじかに関わってきたことをお心にとどめてもらえると助かります」


 その表情があまりにも凄みをもっていたので、私はかなりはらはらしたが、周りの連中はあまり気にしていないようだった。いつものことだ、というような顔をしている。


「では、チビ霊夢の幻想郷での日々が運命の祝福に導かれんことを祈って……乾杯」


「「「乾杯!」」」


 ほとんどの者は陽気な調子で唱和し、あとはごくありふれた調子の宴会となった。


 魔理沙の肩から降りると、アリスがすぐに近くにやってきて、わたしを抱えると膝に乗せて座った。


「まったく魔理沙ったら、もう少し髪とか直してあげればいいのに……」


 アリスは小さな人形用の櫛を取り出して私の前髪を整えてくれる。


『ああ、いや、私もまだ慣れてないところがあってね』


「専用の鏡ぐらい買ってあげたいところだけどね……当分はちょっと厳しいかも」


 隣に座っていた霊夢が言う。


『まあ、水鏡でだって髪は梳けるさ』


「殊勝なコトを言うこじゃないか」


 いきなり目の前に女の子がどしっと座り込んだ。一瞬ものすごい大女が出現したような気がしたが、よく見ると霊夢よりも小柄な女の子だった。ただ、頭の両脇に角が生えている。さきほども挨拶のときにもなんとなく眼に入った人物だ。


「初めまして。わたしは伊吹萃香だよ。いまこの幻想郷に住んでいるただひとりの鬼だ」


『チビ霊夢です。よろしければ、チビとお呼び下さい』


「うん。それじゃあ、わたしのことも萃香と呼び捨てにしてくれ。そのほうが嬉しいんだ。ところで、まずはわたしの酒を飲んで欲しいところなんだが……どうやら人形の身で酒は飲めないということのようだね。仕方が無いから、とりあえず霊夢に飲んでもらおうか」


「そうなるのは分かりきってたからいいけど……はい」


「おう、さすが話が早い」


 萃香は手にしていた瓢箪の栓を開けて傾けると霊夢が差し出した杯に酒を注いだ。


「それじゃ、一気にいってくれ」


「頂戴します」


 霊夢は豪快な飲みっぷりで杯を干した。


「見事見事。それでは今度は霊夢自身の分だ」


「その前に萃香も自分の杯を空けなさいよ」


「おう、それは気がつかなかった。すまんすまん」


 萃香も勢い良く手にしていた杯の中身を空ける。


『……幻想郷には酒豪が多いんだな』


 アリスは苦笑する。


「萃香は特別よ。この子は素面でいるときがほとんどないって言われてるんですもの」


「酒は私にとっては生命そのものだからな」


 萃香はふたたび霊夢の杯に酒を注ぎながら言う。


「酒精の巡り来る所にわたしの道は開けると信じている」


『他の人たちもいるわけだし、この調子だと、霊夢は相当飲まされることになりそうだな……』


「そのあたりは心配しなくて大丈夫よ。いつものことだから」


 霊夢は軽く手を振ってみせるが、下手をすると何かとてつもない展開が待ち受けているような気がした。


 そして困った事に、たいていそういう予感は当たってしまうのだ。



     ☆★



 魔理沙が宴席を見回し、


「では、宴も半ばに達したことですから、どなたか座興のひとつでも……」


 と言った頃には、誰もその言葉が耳に入らないぐらいに座が乱れていた。私はといえば、うさぎ耳の少女にさきほどから抱きしめられ、撫で回され、こねくり回されていて、身体の自由をほぼ完全に奪われていた。


「うひー、かわいいよぅー」


 長命の兎が転変したというその少女、因幡てゐは、私のことをひどく気に入ったようだった。


「ねえ、あんた、あたしのものになっちゃいなよ、あんな巫女んとこなんかおん出て、永遠亭においでよ。ずーっと大事にしてあげるからさあ……」


『いや、気持ちは嬉しいが、そういうわけにはいかなくてね』


「どうしてさー、ねえ」


『霊夢のそばにいないといけない仕組みみたいなものがあってね……』


 すると、背後からその当の霊夢の声が聞こえてきた。


「なんだったら、一月や二月の間『もつ』ぐらい力を吹き込んであげてもかまわないわよ、チビ?」


 ぎょっとして顔を上げると、心なしかその霊夢の形相は鬼神のごとく見えた。もっとも、相当に酒を飲んだために顔が真っ赤になっていたということもあったのだろうが、お世辞にも機嫌がよい感じではなかった。てゐの相手をするのがすこし長過ぎたかもしれない。


「そうだ、この際、どこまでわたしの力があなたに移るものだか試してみるってのもいいかもしれないわねえ……」


『えっ……どういうことだ』


「つまり、こういうことよ」


 霊夢は私の身体を両腕で抱き上げると、仁王立ちしたままで私の唇に息を吹き込みはじめた。


『……!』


 すると、またしても以前アリスの家で起きたのと同じ感覚が体内に現れた。ふたつの流れが出入りするあの感じだ。そして、気のせいかその勢いは今回の方が激しいように思えた。


 どのくらいその「吹き込み」と「循環」が繰り返されたか、ようやく霊夢が私の身体を離したときには、異様なまでに覚醒したような、自分の身体が刃物にでもなってしまったかのような状態だった。


 霊夢は私を床に降ろすと、そのままぺたんと座り込んでしまった。


 すると、あの紅魔館の帽子を被った魔法使い、パチュリーが私のそばにやって来て言った。


「いま、あなたは霊夢の力を相当量取り込んでいる状態。だから、それをそのままの形で発揮すると、霊夢と同じ力を発揮することができる。その手助けをしてあげる」


 そして、呪文らしきものを口の中で唱えると、私の魂の座である下腹の位置に指を当てた。すると、白くほのかな光が私を包み込んだ。


「この光が出ている間は、あなたは霊夢と同じようなことができる。だから、そう……空を飛ぶこともできるし、スペルカードを使うこともできる」


「……それは面白いわねえ」


 反対側から別の人物が近づいてきた。


「どれぐらいのことができるものだか、ひとつ試してみるというのも余興のひとつとして成り立つんじゃない?」


 宴の前に私の前に現れた隙間を操る妖怪、紫さんは意味ありげな笑みを浮かべて言った。


「試すというのは、たとえば?」


 いつの間にか、レミィが私の近くにいて、紫さんと向かい合っていた。


「たとえば、そう……うちの橙と模擬戦、なんていうのはどうかしらね。このチビちゃんが、どれだけの力をもってる子なのか、誰しも興味があるところじゃない?」


「やっぱり幻想郷では、この手の『遊び』からはは逃げられないかね……」


 魔理沙が私を抱き上げる。


「どうする、チビ。受けて立ってみるか?」


 この状況では、とても断れるものではない。


『座興程度の内容だと承知していただける分には』


「よし。それじゃ、試しにやってみようぜ。まあ、気楽にな」


 魔理沙はそう言うと、私の頭を軽く撫でた。



その24につづく

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