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その21



     21



 チルノは私が着地した位置からさほど離れていないところに仰向けになって倒れていた。どうやら気を失っているらしい。


「わ……なに、このにおい」


 霊夢はチルノのそばまで近づくと顔をしかめた。


「もしかして、お酒? レミリアからもらった……」


『ああ。今朝、魔理沙に譲ったやつだ。もったいなかったが、目つぶしに使えそうなものがこれしかなくてね』


「目つぶしね……それにしても、よく凍らないわね。だいたい妖精は水には弱いけど、チルノなら水をかけられてもすぐ凍らせる力があるはずなのに」


『強い酒っていうのは、簡単には凍らないよ』


 アルコールの融点は-100℃以下だ。水との混合物であっても凍りにくい。だからこそ、チルノに投げつけたあの瞬間、霧のようになってくれた。確証があるわけではなかったが、結果としては狙い通りだった。


 私の作戦はつまるところ、二つの段階で成り立っていた。ひとつはまず相手に攻撃を入れるためのタイミングを合わせることだった。そのためには、チルノにとってもタイミングが合わせやすいようにする必要があった。そこで、まず箒を立てて見せて『予告』してから、一定のリズムで飛び出すようにした。そして、私の位置に弾が届いてから、弾を撃ったチルノ自身がその軌道に沿って接近し私と交差するまでの遅れを計った。それから、最後のジャンプのとき、そのわずかな遅れ時間の分を加えた形で跳び、可能な限り精確にチルノとその接近軌道上で邂逅するように工夫したのだ。


 そして、その一瞬のチャンスを最大限に活かすために、目つぶしとなることを期待してレミィの酒を浴びせかけた。これがないと、相手に単純な攻撃を入れても、とっさの動きでかわされてしまう。だが、ほんのわずかな間でも視界を奪えば、攻撃に対する反応を鈍らせることができる。


 とはいえその場で考えたことだから、成功の見込みがさほどあったわけではない。あくまでも幸運が重なっただけのことだろう。


 と、チルノの身体がぴくりと動き、眼が開いた。


『…………』


 上体をむくりと起こしたが、まだぼんやりとした顔をしている。すこし頬が赤くなっているように見えた。


「とりあえず勝負はついたみたいね」


 霊夢が言うと、チルノはのろのろと顔を上げたが、すこし眉をしかめて、額を手で押さえた。


「……なんか、変だ」


「何が?」


「どきどきしてる……すごくどきどきしてるんだ」


「……?」


 霊夢が首をかしげる。


「あたいが負けたんだね……だけど、なんか変だ。悔しいって気がしない」


 チルノは、はあ、と深くため息をついた。


「ま、約束通り……魔法使いの件は、帳消しにするよ。じゃあね」


 ぎこちない動きで立ち上がり、青いドレスの裾を揺らしながら羽根を羽ばたかせてふらふらと空中に浮上してゆく。


「ちょっとあんた、だいじょうぶ? もしかして……酔っぱらってるの?」


 チルノはその霊夢の問いかけには返事をしなかったが、ちらりと振り返って言った。


「名前……聞いてなかったね」


『私か? チビ霊夢だ。ま、チビでいい』


「そうかい。今度会うときまでにはスペルカードを用意しときなよ。じゃなきゃ、まっとうには勝負できないからね」


「無茶言わないでよ」


 霊夢が苦笑する。


「この子は人の魂が宿っているとはいえ、ただの人形なのよ。あんたらみたいな妖精とは力が違うわ」


「そうでもないよ。力はあると思う。あんたの使い魔ぐらいにはなれるんじゃないか」


 チルノはそう言うと、背を向けたまま軽く手を上げ、ふわふわと飛び去っていった。


『なんか……意外にいい子なんだな』


「なにのんきなこと言ってんの。チルノはここらにいる妖精の中では頭一つ抜けた力を持ってるのよ。まあ手加減はしてくれたんでしょうけど、まともにやり合ったら勝てるような相手じゃないわ」


『……だろうな』


 それにしても、何かあのチルノの態度は妙だった。勝負がついたからといって、あんな風に変わるものだろうか。


「さて、今度は魔法使いさんね……」


 霊夢はきびすを返すと、草むらを横切って湖岸からすこし離れた森の方に向かって歩みを進めはじめた。


「さっきだいたい事情は聞いたけど、ひとつ大事なことを言っておくわ。私もうっかりしてたんだけど、あなたは水に弱いってことを憶えておいて」


『水?』


「そう。あなたの魂の核はわたしの血で書いた札と髪の毛だから、それが水で濡れたりするとまずいのよ。最悪の場合、魂が抜け出しちゃうしれない。まあ、アリスと相談して対策は考えるけどね。ちょっと弱点としては重大過ぎるから」


『そうか……』


 それで魔理沙は自分の身を挺してまで私を守ってくれたのだ。


「ま、それにしても、気になる女の子にそこまでされちゃったら、無茶な戦いをする気にもなろうってものね」


『……なんだって?』


 霊夢はにやりとして私の顔を見下ろす。


「あんな形とはいえ、ちょっと刺激的なこともされちゃったしね?」


 まさか、酔っぱらった魔理沙のあの振る舞いのことを言っているのか。


『なにか誤解をされてるような気がするんだが……』


「まあ、そういうことにしときましょうか」


 どうも独り合点されているような気がするが、ここで無理に反論めいたことを言ってもかえって誤解を深めるだけだろう。


「あ、それとね、話は全部アリスから聞いたから」


『ああ……そうか』


 そこもからんでいるわけか。


 だが、魔理沙にとってはその方が良かったのだろう。無理に抱え込むほどの秘密ではない。


「あなた自身はどう? いまは、自分が男だって気がする?」


『いや、何とも言えないが……』


 ただ、霊夢に息を吹き込んでもらったときは、そういうことを意識しないでもなかったが、それは黙っておくことにした。この上別の誤解を重ねてしまったら始末に負えない。



     ☆★



 さきほどの木陰には、横たわっている魔理沙の頭を膝に乗せてアリスが座っていた。


「どう、具合は」


「あ、霊夢……」


 アリスはほっとしたような顔をした。


「魔力が底をつきかけてるから、もう少し休ませたほうがいいみたい。いちおう治癒魔法は試してみたけど、わたしもあんまりその系統の術式得意じゃないから……」


「そう。まあ、いざとなったら神社まで運んでいけばいいわ。二人でならなんとかなるでしょ」


 霊夢もアリスの脇に腰を下ろす。


「チビさんも無事で良かった……心配したのよ?」


 アリスは腕を伸ばして、霊夢に抱かれている私の髪を撫でた。


『それは済まなかった……いろいろとその場の流れみたいなものがあってね』


「服もぼろぼろになっちゃったわね。私があとで作って上げるわ。それにしても、どうしてチルノなんかとやり合うことになったの?」


『それは……』


 私は経緯を二人に説明した。


「なるほど、昨日の今日ってわけね……」


 霊夢は納得したような顔をした。


「それはチルノとしても再戦希望ってことになるし、魔理沙としても断って舐められるのも癪だって気持ちになったんでしょうね」


 私はアリスの膝の上で寝息をたてている魔理沙の顔をあらためて見た。戦っていたときとは違って、安からかな表情だ。


 そこで、ふとあることを思い出した。


『霊夢、ちょっと訊きたいんだが……チルノはレミィを知り合いなのか?』


「え? ああ、知り合いっていうか、レミリアはこの辺の妖精から見るとずっと格上の存在だからね。むしろ尊敬の対象よ。なにしろ妖怪としては吸血鬼は最強の部類だから……でも、考えてみれば、あなたは形の上ではレミリアから私が預かってるんだから、それを言えば、チルノは手を出さなかったかもしれないわよ。そのほうが話は簡単だったのに」


 それは考えないでもなかったが、なんとなく筋違いのような気がしたのだ。


「どっちにしても」


 アリスが魔理沙の髪を撫でながら言う。


「チビさんのことは、とりあえず主だったところには知らせたほうがいいんじゃない? その方が厄介な事も起きにくいと思うわ」


「確かにそうねえ……」


 霊夢は指先であごを撫でた。


「それじゃ、例によって分かりやすい方法を使いましょうか。区切りをつけるという意味でも、その方がいいわね。幸い、準備はほとんど整ってるようなものだし……」


『いったい何をするんだ?』


「ま、それはそのときになってからのお楽しみよ」


 いったい何のことかよく分からなかったが、霊夢が楽しげな表情だったので、その先は訊かないことにした。それに、疲れもぶりかえしてきていた。


 と、私の様子を察したのか、アリスが言った。


「あなたも休んだほうがいいわ。霊夢にもらった力ももう使い切ったでしょう」


『そうだな……じゃあ、そうさせてもらう』


 あとは、身体が沈んで行くような感じだった……。



その22につづく

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