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20/26

その20



     20



 それは、音でも気配でもなく、何か細く鋭い線が貫いてくるような感覚だった。


 私はその線を避けるように後ろに身をかわした。途端に、目の前の草が吹き飛び、氷の塊が鈍い音をたてて地面に突き刺さった。


『……近いのか?』


 草の隙間から見上げると、半透明の羽根を煌めかせて妖精の後姿が上昇してゆく。どうやら急接近して一撃で決めようとしたらしい。


 こんなものを至近で喰らったら無事では済まないような気がする。魔理沙の言う「遊び」というのはどこまで本当なのだろう……。


 だが、考え込んでいる余裕はなかった。私は急いで箒を引きずり、草むらの中を移動した。


 数瞬の後、氷の弾が降り注いで来た。今度は一定の間隔をおいて連続だった。着弾する方向を横切るようにして私はさらに草むらの中を走る。


 さて、いつまでも逃げ回っているわけにもいかない。私は箒を振り上げると、地面に叩き付け、その反動を利用して空中へ飛び上がった。


 いちおう棒高跳びの要領ではあるが、実際には箒はさほど役には立ってはおらず、ほぼ脚の力を使って跳んだに過ぎなかった。が、それでも思った以上に私の作り物の身体は上昇した。草むらを突き抜けたあと、相当な高度まで達したため、それなりの滞空時間があり、チルノの姿も視界にとらえることができた。彼女は一瞬驚いたようだったが、すぐに高度を下げて来て、氷の弾をほぼ水平に撃ってきた。


『……っ』


 なんとか空中でかわすと、一瞬の後にチルノは落下する私のほぼ真上を通過していった。


 そのまま、草むらの下へと着地する。自重がさほどないので負担はない。


 私はあらためて自分の手足をうごかしてみた。


 どうやら、霊夢が吹き込んでくれた霊気はそれなりに私の運動能力を高めてくれたようだった。あのときとっさに魔理沙の身体に飛び移れたことで、ある程度そういった力が出せるということは見当がついていたが、予想以上ではあった。


 ここからは、しばらくこれを繰り返してみる必要があった。私はふたたび箒をひきずって草むらの中を移動し始めた。


 おそらく、チルノは私の一連の行動、つまり草むらを移動しては時々ジャンプするというパターンの繰り返しによって二択を迫られるはずだった。


 ある程度の高度から監視していれば、私がどのあたりにいるかということはおおまかな見当がつけられるだろう。ただし、精密な位置は特定できないはずだから、せいぜいこれと見当をつけたあたりに氷弾をばらまくしかない。一方、私が空中に飛び出した瞬間を狙い撃ちしようとするなら、あまり高度があるとタイミングを合わせるのが難しい。したがってあらかじめ低い高度で予測地点の周囲を飛び、私が出て来る瞬間に浅い角度で接近して一撃を放つのがもっとも確実な方法だ。


 もっとも、おおざっぱな狙いであってもある程度大量の氷弾をでたらめに撃ち込まれたら一定の確率で喰らってしまう可能性があるのも確かだ。どちらかといえば、そちらを選択されるほうが私にとっては不利だったが、とりあえず様子をみるしかない。私は移動を停止して、ふたたび草むらから飛び出す体勢をとった。



     ☆★



『一』


 箒を構える。


『二』


 箒を立てる。


『三!』


 両脚を蹴って草むらから空中へと飛び出した瞬間、灰色の空間の向こうから水平に弾が連続して飛んで来るのが見えた。


 視界に迫る氷弾の流れ。


『くっ』


 ぎりぎりまでその軌道を見極め、避ける。


 が、一瞬、その弾の一つが私の服の袖をかすってゆく。


 びっ、という嫌な音がした。


『……!』


 私はかろうじて姿勢を整えて地面に着地した。


 袖を見ると、いまの『かすり』で裂け目が少し入っていた。思わずため息が出てしまう。


『そろそろかな……』


 もう十回以上は確実にジャンプしている。最初の二、三回はかなり大雑把な撃ち方をしていたが、チルノは次第に精密射撃を試みるようになってきていた。つまり私の予想通り、低空飛行で監視した上で、私が草むらから飛び出した瞬間に急接近して狙い撃ちするという戦法を選択してくれたのだ。


 魔理沙の言うところの「これは遊びなんだ」という表現が私の作戦のいわばヒントになっていた。つまり、遊びとして楽しい方を相手は選ぶのではないか、と思ったのだ。ただ弾を適当にばらまくよりも、精密に狙いをつけて一撃で倒す方が遊びとしては面白いに決まっている。そして、チルノは次第にこの「遊び」に熱中して来ているようだった。


 結果、今回は相当精確に狙いが定まっていたようだ。つまり、彼女の熟練度が上がって来たのである。


 これまでは何とか弾をぎりぎりでよけることができたが、おそらく、ここが限界だろう。


 勝負は、次だ。


 すべてはタイミングだ。おそらく、ほんの一瞬で決まるだろう。


 私はいま体感したばかりの、一連の動きのイメージを思い出してみる。


 一つだけで、いけるはずだ。それで、ぴったりと合う。


 私は懐の中に抱えたものをもう一度手で触って確かめた。


『あとは野となれ……か』


 なんとなく笑いたくなる気分だった。身体のつくりの上では私は笑うというのは難しいのだが。


 目を閉じる。


『一』


 両手で箒を構える。


『二』


 箒を立てる。


『三』


 ト


『四!』


 視界がばっと広がる。


 そして、正面に視えた。


 氷弾は飛び去り、そこにはただ一つのものが残っていた。


 ゆるめておいた蓋を飛ばし、私は迫って来たその青色の物体に全力で水筒を投げつけた。


「わあああああああああっ!!」


 叫びとともに、キンっと響くような冷気を感じた。


 一瞬、凍るかに見えたが、それは白く霧のように広がったままだった。


『ごめん!』


 私は、絶叫の中心に向かって思い切り踵を蹴り込んだ。


 鈍い手応え。同時に、私の身体は反対方向に飛んだ。


 視界がぐるぐる回り、そのまま背中から草むらの中へと落ちた。背中に衝撃。


『……うっ』


 激痛というほどのものではないが、とどめの一撃という感じではあった。


 安心感よりも疲れが先だった。人形というこの身にもやはりそういうものはあるらしい。


 もうさすがに動ける気がしなかった。


『でも……何とか、なったのかな?』


「ま、そうみたいね」


『え』


 顔を上げると、いきなり身体が持ち上がった。


『わっ……おい、首を、やめろ』


「うるさい。あんたなんか猫扱いで十分よ」


 後襟をつかまれたまま、私の身体はぶらぶらと揺れて霊夢の顔の前に移動した。


『……もしかして、観てたのか?』


「まあね。そりゃあ、一対一の戦いに出しゃばるわけにもいかないしね……」


 そう言うと、霊夢はやっと私の身体を胸に抱いてくれた。


「でも、言わしてもらえば無茶のし過ぎよ」


『……すまない』


「まあ、謝罪の言葉はあとでたくさん聞かせてもらうわ。とりあえず相手の方も心配だから、様子を見に行きましょうか」


 霊夢は私のそばに転がっていた魔理沙の箒を拾い上げると、歩き始めた。彼女の胸に抱かれていると、さきほどと違って草むらに覆われた湖岸はひどく平和な風景に見えた。



その21につづく

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