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その19



     19



『…………』


 私は呆然として魔理沙の顔を見つめた。


 彼女が今ここで死ぬわけでもないし、何が変わるわけではない……それは分かった。


 だが、この虚ろな気分はいったい何なのだろう?


 いったい私は何をしていたのだろう。いや、そもそも何かができる存在なのか、私は。


「あんたのせいじゃないよ」


 後から声がした。


 振り返ると、灰色の空を背にして、青い服を着けた氷の妖精が、中空に浮いたままこちらを見下ろしていた。


「そいつは勝手にあたいとの戦いを放り出して、あんたを助けに行った。あの攻撃でこっちが動けなくなるなんてあり得ないのは分かってたはずだけど……でも、あたいとしては別に容赦する義理はないから、後から一発だけ入れさせてもらった。直撃すればそれで十分だし」


『…………』


「で、どうすんの? あんたは」


『私……か?』


「そうさ。いちおう仲間なんだろ、そいつは」


『仲間……というより』


 私は乱れたままになっていた魔理沙の美しい金色の髪を直してやった。


 そんな言葉をあてはめるのは、仮住まいでしかないこの私には無理があるのかもしれない……が。


『あえて言うなら……私の生みの親のひとりだ』


「そうかい。だったら、戦るかい? あたいと」


 戦う?


「別に無理にとは言わないよ。見た目はどう考えたって人形みたいだし、仕組みはよく分からないけど、あんた人間なんだろ? それに、どうもその恰好は見覚えがあるよ。この魔法使いとよくつるんでる、あの神社の巫女と関わりがあるみたいだ……だったら、こっちから仕掛けるのはやめておく」


『どうしてだ? なにかわけでもあるのか』


「べつに。ただ、あんまりいいことない感じがするから。それだけ」


 理屈ではなく、勘で判断したということか。


「ただ、あんたがどうしても戦りたいっていうんだったら、一発勝負なら受けてやるよ。どうやらあんたはスペルカードを持ってないみたいだし、ふつうには戦えないだろ? あたいもスペルカードは使わないで、氷弾を撃つだけにする。あたいに近づいて何か一撃でも入れられればそっちの勝ち。弾を食らったらそこであたいの勝ち。どうだい?」


『……その場合、何を賭けることになるんだ?』


「普通に考えれば、そっちが勝てば、その魔法使いの負けが帳消しになるってとこだね。そうじゃなきゃ、あんたの戦う意味がない。ただ、それだとあたいの賭けが大き過ぎる。なにしろそいつはこのあたりじゃ名前が売れてるからね。勝負に勝ったってだけでかなりいい顔ができる。あの紅魔館のお嬢様だって、ちっとはあたいのことを見直すかもしんない」


 レミィと知り合いなのか……?


 だが、いまはその話を出すのはやめておこう。


『つまり、こちらもそれに釣り合うものを賭けなければならない……』


「その通り。あんたにそんなものがあるかい?」


 その問いには二つの答えがある。どちらの答えでも選ぶことができる。


 でも、結論はもう出ていた。


『……この私自身、というのではどうだ?』


「ふふん……覚悟だけはいいみたいだね」


 妖精は薄く笑みを浮かべる。


「ま、せめてそれぐらい言えるような奴じゃなきゃ、このチルノ様の相手はできないからね」



     ☆★



 私はチルノに頼んで魔理沙を安全な場所に移動してもらった。戦いが済んでいることもあって、チルノはそれについては別に文句は言わなかった。


 だが、戦う場所についての話になったとき、私が飛べないことを知って彼女は驚いたような顔をした。


「えっ? あんた飛べないの?」


 チルノは驚いたように問い返す。


『そういう能力は私にはないんだ』


「それじゃさすがに勝負にならない……こっちがただのいじめ役みたいだよ」


『とも限らないぞ? 地上で動き回る敵を撃つのはそう簡単なことじゃない。それに君はいままではどちらかというと空中での戦いのほうが多かったんじゃないのか?』


「な……なんでそんなことが分かるのさ」


 その焦ったような表情は、私の推測がそう的外れではないことを裏付けてくれる。


『……ま、なんとなくそう思っただけだ』


 確かに考えてみると、そんなことを言えるような予備知識があったわけではない。ただ、そんな感じがしただけなのだ。


「だけど、あんただって、あたいに近づけなきゃどうにもならないんだよ? それは分かってるんだろうね?」


『もちろんだ』


「ふん……ならいいけど、なんか変な仕掛けをしようったって、こっちは引っかからないからね!」


『そうかい』


 必要以上の情報を敵に明かす必要はない。


『それじゃ、いまから私はこの箒を持って向こうのすこし離れた草むらまで移動する。そして、準備ができたらこの箒を立てる。君が上空からそれを確かめたら、攻撃を始めてくれていい』


「分かったけど……あんた、そんなもの持って動けるのかい?」


 大きさからすれば、魔理沙の箒は私の身長の三倍以上は確実にある。だが、実は今の私にとってはさほど重い荷物というわけではないのだ。


『ああ、なんとか大丈夫だ』


「そう。じゃあまあ、せいぜい頑張りな」


 敵らしくもない台詞を残して、チルノは空へと飛び去る。私はそれを見届けると、横たわっている魔理沙に話しかけるような恰好をして、彼女の帽子から私にとっての唯一の武器となるモノを取り出し、懐に無理矢理にに押しこんだ。さきほど彼女が転倒しながら着地したとき、帽子の中から飛び出てきてその存在を私に思い出させてくれたのだ。


『じゃあ、ちょっと行ってくる』


 もちろん、私の挨拶に魔理沙は返事をしなかったが、起きていたらたぶん殴りつけられていたかもしれない。それぐらいある意味馬鹿げた行為をしているという自覚はとりあえずあった。


 私は箒を引きずりながら移動し、草むらの中へと入って行った。このあたりに生えている草の高さはバラバラではあったが、私の背を超えているようなものが多い。したがって、巧く進めば上空からはなかなか見つけにくいはずだ。だが、ただ見つけにくいままでは意味が無い。きちんと相手が狙ってくれるようにしてもらわなければならない。そうじゃないと、こちらだって反撃の機会がないのだ。


 このあたりならいいだろう、と見当をつけたところで私は立ち止まり、最後にもう一度

「手順」を確認した。


『よし……それじゃ、いくか』


 私は柄の先が上になるようにして、箒をまっすぐに立てた。



その20につづく

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