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その18



     18



 目の前で繰り広げられている光景は、戦いというよりは屋外で演じられている華麗な見世物のようだった。二人の少女、箒に乗った魔法使いと半透明の羽もつ氷の妖精は、互いに特有の形状と力をもつ弾を激しく撃ち合う。それはまるで打ち上げ花火のごとき幾多の光の軌跡を空中に描き、轟然たる響きを間断なく生み出していた。


 妖精が放つ鋭い氷の弾丸の群れは、相当な速度で魔理沙に襲いかかる。だが、魔理沙はその氷弾の運動の方向を見切った上でぎりぎりの位置でかわし、手にしている小型の容器のようなものから光の輝線を相手に向けて放つ。だが、妖精はそれをまるで予知しているがように、敏捷に動いて回避する。


 お互いに決定的な一撃を与えることができず、状況は膠着していると言ってよかった。だが、私は次第に不安を感じ始めていた。魔理沙の動きがわずかではあるが鈍くなって来ているような気がしてきたからだ。


 どうやらあの氷の妖精は、魔理沙が自分を舐めてかかっていて、最小限の攻撃で倒そうとしていると感じているようだった。そのため、感情による不安定さがあるのか、妖精の攻撃は大規模で強力ではあったが多少粗削りなものになっていた。


 だが、魔理沙のその攻撃には別の理由があると気づいたとき……どうなるか。疲れがあると見抜かれはしないか。



     **********



「ちょっと、いい加減にしなよ!」


 チルノは魔理沙に向かって叫んだ。


「さっきから、ダラダラダラダラなにやってんだい! 得意の閃光はどうしたんだい! あんた、まさかあたいに情けかけてるってわけじゃないんだろうね?」


「そんなことするかよ、馬鹿野郎」


 魔理沙はチルノを見下ろす位置に箒を停止させてにやりとする。


「お前みたいな奴を思いやるような魔理沙様だと本気で思ってんのか?」


「だけどおかしいじゃないか。昨日とは全然違う。『ダンマクはひりょく』じゃなかったのかい」


「かりょく、な」


 魔理沙はあえて訂正する。


「そりゃあ、そんなにわたしのマスタースパークが食らいたければいくらだって出血ご奉仕申し上げるがね……」


「いったい何が……あ」


 チルノはふと湖の岸に眼を向け、薄く笑みを浮かべる。


「……ははん、なるほどね」


「何だよ。馬鹿な頭で何考えてもろくなことにならねーぞ」


「馬鹿馬鹿って言うんじゃないよ。お前、あれだろう。あのちっこいのに舐められたくないんだろう? たかがあたいみたいな妖精を相手に大技を出さなきゃならないなんて、恥ずかしいってかい?」


 チルノの表情が怒りに変わる。


「そんなこと言ってっと、後悔することになるよ!」


「おい……言ってねえだろ。自分で言ったことに怒るんじゃない」


「うるさい! だったら、あのちっこいのを追っ払っちまうまでさ……雪符・ダイヤモンドブリーザァァド!」


 とたんに周囲の空気中の水分が一斉に氷結し、みるみるうちに大量の鋭い氷弾が出現しはじめた。そして、その失われた水分を補うべく湖面から水が蒸発し、それが氷結してさらに氷弾の数が増す中、上昇気流が発生し、渦巻く風となってゆく。


「……くっ」


 強風にあおられ、体勢が崩れそうになるのを魔理沙は帽子を押さえながらかろうじて防ぐが、服の袖とスカートの裾がバタバタと動く。


「こんなんじゃ足りない、もっと、もっとだァァァ!」


 チルノの咆哮とともに嵐はさらに強くなり、激しい気流が吹き上げる。


「馬鹿が、何やってんだ。こんなことしたら……」


 と、そこで魔理沙ははっとする。


「……お前、まさか追っ払うって」


「そうだよ、あのちっこいのもこんなんじゃ岸で高みの見物なんてわけにはいかない、とっくにどこかに逃げてるさ」


 チルノは怒りの入り交じった表情で高らかに哄笑する。


「これで心置きなく戦えるってわけだよ。さあ、本気出しな!」


「この馬鹿!」


 魔理沙は反転し、岸に向かって降下して行った。


「あいつは逃げるとか、そんな器用な事ができる奴じゃねーんだよ!」


「コラ、逃げんのかァ!」


「やかましい!」


 追って来ようとするチルノに向かって、魔理沙は手にした八卦炉を向けた。


「恋符・マスタースパーク!」


 轟音とともに閃光が発し、チルノの姿はかき消え、発生していた無数の氷弾は一瞬のうちに吹き飛んだ。


「チビ……チビ! どこだ、いるか?」


 魔理沙は岸に向かって叫んだ。が、その次の瞬間、彼女の眼は新たな上昇気流によって空中へと放り上げられる紅白の小さな人影をとらえた。


「チビ……!」


 脳裏を駆け巡る思考、そして最悪の結論。


「しまった、あいつ……水に落ちちゃ、ヤバい!」



     **********



 それは本当に一瞬の事だった。たぶん、上空に濃厚な雲が現れ始めた頃に予測すべきだったのだろうが、私は自分自身のことより魔理沙のことばかり気になっていたので、まったく予想していなかった。


 目の前に、巨大な閃光が膨らんだ。


 一瞬の後の轟音。突然の強風。


 あっと思う間もなく、灰色の空中へと吹き飛ばされた。そのとき、私はまだ霊夢の身体の中に在ったときに、彼女とともに空へと飛び立ったときの感覚を思い出した。


 そして、これはさすがにダメだろうかな、と思った。


 上昇が止まる。そして、そのまま浮いているような感覚。


 だが、下から次第に強い風が吹き付けてくる。落下に伴う空気抵抗。


 私は、何者だったのか……? 知っているはずだ。分かっているはずだ。何かが、それをふさいでいる。その何かが、今、はずれるような気がする……。


 それなら、それでいい。せめてそれが思い出せたなら……そうすれば、私は。


「ダメだらぁぁっ!」


『!』


 ドンという音と衝撃。


「……ぐっ」


 その声は……。


『魔理沙……?』


「おう、そうさ」


 眼を開けると、ちょっと引きつったような魔理沙の顔があった。


「お前、いま死んでもいいような感じになってたろう。冗談じゃないぞ」


『…………』


 私は魔理沙の腕に抱え込まれ、湖面すれすれを飛んでいた。


「何のためにさんざん苦労したと思ってんだ……お前は、霊夢と私とアリス……それにあと紅魔館のあいつらもか、とにかくいろんな奴の気持ちが集まっていまここにいるんだからな。簡単に無くなってもらっちゃ困るんだ」


『ああ……すまない』


「分かればいいんだ……」


 と、湖岸に達したとほとんど同時に魔理沙を乗せた箒はがくんと勢いを落とし、そのまま地面に転げるように着地してしまった。私も勢いで吹っ飛んでしまったが、急いで魔理沙のそばに駆け寄る。


『魔理沙!』


「ああ、悪い……実はさっき土壇場で一発食らっちまったらしくてさ。もう力が出ないんだ」


 それでも彼女はまだ笑みを浮かべていた。


「でもまあ、気にすんな。チルノとの戦いは終わったんだ。いちおう今回はわたしの負けってことになるが、別に今ここで死ぬわけでもないし、何が変わるわけでもない。前にも言ったように、これは遊びみたいなもんだからな。お前は気にするな……いいか? 余計な事は……」


 だが、最後まで言い終えないうちに、魔理沙は気を失ってしまった。



その19につづく

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