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その17


     17



 湖の岸辺一帯は薄い霧に覆われた状態で、周囲は曇天の日のように薄暗い。そして、左右に広がっている鉛色の水をたたえた湖面の中空に、その青いドレスを着けた妖精は私たちを見下ろす恰好で浮かんでいた。背中には半透明の羽が広がり、小刻みに動いている。気のせいか、急に周りの空気が冷えてきたように感じる。


「ちっ……面倒な」


 魔理沙が舌打ちをする。


『……誰だい、あの子は?』


 肩の上で魔理沙に訊く。


「チルノっていう妖精だよ。実は昨日叩きのめした奴なんだ」


『釣り人を助けたっていう?』


「ああ。ここはけっこうでかい魚が釣れるってんで釣りに来る人がいるんだが、あいつの縄張りでもあるんで、気をつけないと襲われることがある。氷の妖精なんだが、空気中の水分を凍らせて氷の弾を撃ってくるんだ」


 と、ふたたび声が降ってきた。


「ちょっと、あたいを無視してしゃべってんじゃないよ。なんだい、そのちっこいのは? 魔法使いに妖精の知り合いがいたなんて初耳だね」


 妖精は可愛らしい顔に似合わない口調で毒づく。


「こいつは妖精じゃない」


 魔理沙が私の顔を振り返って言う。


「お前にいちいち説明するのは面倒だがから細かいことは省くが、こんなナリはしててもれっきとした人間さ。ま、そんなことはどうでもいい。ちょっと今日はお前と戦るのは遠慮させてほしんだがな。こいつを家族のところに連れてかなきゃならないんでね」


「はぁ? 冗談言ってんじゃないわよ? 昨日さんざんな目に遭わせてくれた癖に……そんな言い分、あたいには通用しないよ。どうしてもってんだったら、腕づくで通んなよ」


「ったく、理屈が通用しないバカは……」


 魔理沙の目にかすかに焦りが滲んだ。


『……魔理沙、もしかして』


 さきほどの荒業の影響が残っているのではないのか?


 すると彼女は私の心配を察したのか、軽く手を横に振った。


「大丈夫だ。このわたしがあんな妖精一匹ごときに負けやしないよ。ただ、ああいうのを相手に戦うときはちょっと手加減が面倒なんだ。あんまりダメージが大き過ぎると消滅しちまうからな」


『死んでしまう……ということか』


「死ぬっていうか、すぐ生まれ変わるんだけどな。あいつらは、わたしらとは生死の仕組みが違うんだよ、自然の一部だから。ただ、いったん消しちまうとしばらくはいなくなるんで、周りの妖精どもがいろいろ騒ぐ。そうすると例の吸血鬼あたりから文句がくることもあるしな。ほどほどに半殺しってのがベストなんだが、その調整が面倒なんだ……が」


 魔理沙は軽くため息をつくと、にやっとした。


「ま、これも自分がまいた種だからな……始末はつけるさ」


『…………』


 魔理沙は顔を上げ、前方をふさいでいる妖精に向かって言う。


「仕方ない。相手はしてやるが、こいつを巻き込みたくないから、ちょっと待ってろ。わざわざ引きとめたことをたっぷり後悔させてやる」


「はん! それはこっちのセリフだよ!」


 魔法使いを乗せた箒は湖岸の草むらの上に降り、魔理沙は私を抱き上げて地面に座らせた。


「のんびり見物でもしててくれ。すぐ片付けて来る」


『ほんとうに……大丈夫なのか?』


 魔理沙は親指を立ててみせた。


「この霧雨魔理沙が、どの程度の魔法使いなのかってのをお前にしっかりと見せてやるよ」



     **********



 ようやく涙が収まったものの、すこし疲れたようにテーブルに向かってうつむているアリスの向かい側に、椅子を引いて霊夢が腰を下ろした。


「……落ち着いた?」


「あ、うん……ごめんなさい、霊夢。バカな騒ぎ方しちゃって……おまけに、いろいろ余計なコトしちゃって」


 アリスの周りには人形たちが心配そうに寄り添っている。


「気にしないで。ま、あの子……チビのことは確かにいろいろとわたしも思うところはあってね。魔理沙の様子もちょっと変だなあぐらいには感じてたのよ。ただ、まさか掛け蒲団に移っちゃってたなんて思わなかったけど」


「ほんとは、わたしが正直に話した方がいい、ってちゃんと魔理沙に言えば良かったの。だけど、なんかその……」


「……嬉しかったんでしょ?」


「え……」


「本当に困ったときに、魔理沙があなたを頼りにしてくれたことが。そして、ふたりだけの秘密にして欲しいと言ってくれたことが」


「あの……ごめ」


「いいのよ、アリス」


 アリスの顔がまた少し泣きそうになるのを、霊夢は腕を伸ばし、相手の横髪をそっと押さえるようにしてなだめた。


「全然それは普通。っていうか、女の子らしい気持ちだと思う。逆に、わたしはそういうの、あんまり感じたことがなくてね……ある意味、うらやましいかも」


「……霊夢」


「魔理沙とは付き合いが長いけど、じゃあ、誰か他の知り合いと自分にとって何か違うのか? って訊かれるとね、わたしも言葉につまるの。結局、ただ知り合いとして過ごしたの時間が長いっていう、ただそれだけのことなのよね。もちろん、長いからこそ分かることもあるけど、全然気づいてないこともまだまだたくさんあると思う。今回のこともいろいろとね、あー、こういうところもあったのか、みたいに思うことはあった。でも、だからって、これからの魔理沙とのつき合い方が変わるかっていうと、たぶん変わらない」


「…………」


「でも……ほんと、大変よね、いろいろと。同情はするわ」


「……ありがとう」


 アリスは自分の横髪を優しく撫でている霊夢の手に自分の手を重ねた。


「霊夢が……霊夢みたいな人で、良かった」


「何変なこと言ってるのよ」


 霊夢が苦笑した。


「さて、それじゃそろそろ今度は向こうの面倒も見ないと……どこまで飛んでったもんだか、見当もつかないけど、チビが一緒だからたぶん見つけられると思う。あの子の気配はなんとなく分かるようになったから」


「わたしも行く!」


「待って」


 アリスが立ち上がろうとするのを、霊夢は押さえる。


「こういうのは順番に整理してったほうがいいよ。魔理沙もいきなりあなたの顔を見ると、どうしていいか分からなくなってまたジタバタしないとも限らないから。わたしは全然気にしてないってことをまず魔理沙に言って、そこらへんのやましく感じてるところを取っといた方が……」


 と、その言葉の途中で、窓の外から低い轟きが響き、窓ガラスがかすかにビリビリと振動した。周りにいた人形たちが、びっくりしたようにアリスに抱きつく。


「な、なに……?」


 アリスは外に顔を向ける。


「なんか……聞き覚えがある感じね」


 霊夢たちは建物の外へ出た。


 そして、中庭から音のした方角を見回しているうちに、今度は上空に光の線が走り、ふたたび音が響く。


「あれって……」


 呆然とした感じの表情をしているアリスの問いかけに、霊夢は小さくため息をついてうなずき、空を振り仰ぐ。


「間違いなく魔理沙ね。あれはたぶん湖の方……厄介な事になってなきゃいいけど」



その18につづく

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