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その15


 

     15



 朝から突然の訪問を受けたアリスはすこし驚いていたようだが、霊夢が用件の内容を告げると真剣な表情になり、私たちを地下の工房へと案内した。ここはいわば私がこの身体を与えられた場所だ。


「うーん……食欲、か」


 アリスは腕組みをして、作業台の上に座った私を見つめる。


「それは、もしかすると……ある種の進化なのかもしれないわよ」


「進化?」


 霊夢が反問する。


「ええ。つまり、魂が自ら霊的なエネルギーを取り込むための方法を獲得しようとしているのかもしれない。ただ、それにしても何かのきっかけがあるはずだけど……チビさん、最近そういう何か変わったことがなかった?」


『ええと……』


 私は魔理沙をちらりと見た。


「…………」


 魔理沙は顔を少ししかめる。


 と、霊夢が小さく息を吐いて言った。


「わたしたち、席をはずしましょう。その方がチビが話をしやすいと思う」


「ああ……ま、そうだな」


 どちらかというと霊夢は魔理沙に気を使ったのかもしれない。が、まあ私としてもありがたい措置ではあった。


 アリスはすこし不審そうな顔をしたが、二人が出て行くのを見送ってから問いかけてきた。


「何かあったのね?」


『実は……』


 私は昨夜、魔理沙がふざけ半分で行ったその行為について話をした。


 すると、アリスはなんとも複雑な表情をしつつ息を吐いた。


「……なるほどね。それは確かに関係があるかもしれない。ちょっとあなたの『中』の様子を探らせてね」


 アリスは私の服の前を開けると、小声で呪文を唱えながら指先で私の首筋から胸にかけてなぞるように触れていった。指先がうっすらと光を発し、その光のもつ暖かみがわたしの内側へと染み入ってゆくように感じられる。


「ああ……やっぱり何か『通路』のようなものができている感じね。その通路を経て外から力を吸い込もうとしている。つまりいままでより効率よく霊気を吸い込みやすくなったから、その分自覚できるほどに『食欲』が増した、ということね」


『では、どうすればいいんだろう?』


「霊気を直接吹き込んでもらえばいいのよ。この場合は霊夢にお願いするのが妥当でしょうね」


『それは、まさか……』


「そうよ。魔理沙がやったのと同じようにして、ね。これはわたしの想像だけど、その魔理沙が飲んだっていうレミリアからのお酒に何か仕掛けでもあったんじゃないのかという気がするわ。いくら魔理沙でも息を吹き込むだけで霊気が通る道を作れるような魔力を持っているとは思えないから……」


『ははあ……しかし、仮にそうだったとして、レミィはなぜそんなことを?』


「さあね。あの吸血鬼のお嬢様には運命を操る力があるっていう話だけど……何か先を見越していたのか、それともただの面白半分に仕掛けてみたのか。そのあたりは分からないわね」


『そうか……』


「ねえ、チビさん」


 アリスは私の肩に指を触れた。


「わたし、思うんだけど……例えば魔理沙があなたについて他に何か知っていて、それを隠しているっていうことはないかしら?」


『私について知っていて、隠していること……?』


「ええ……でなければ、魔理沙があなたにこだわるっていうか、興味をもつ理由が分からないの」


 魔理沙に性別について訊かれたことは黙っておいた方がいいような気がした。あれはあくまで彼女の推測であって、私自身の中でもはっきりしないことなのだから、それを私からアリスに告げるというのもおかしいだろう。


『どうだろう? 私自身は、それほど興味をもって見られているという気はしないが』


「そう? でも、どこか不自然な気がするんだけど。いくら酔っぱらっていたからって、そういうコトするなんて……」


『…………』


「あっ、いや、ヘンな意味で言ってるんじゃないのよ、誤解しないでね」


 アリスがあわてたような顔で手を振る。


「ただ、なんとなく魔理沙らしくないかな……と思ったの」


『この話と直接関わりがあるかどうか分からないが』


 私はアリスの疑念の方向を探るために、ひとつ工夫をしてみた。


『アリスは私の性別についてどう思う?』


「えっ!?」


 アリスは眼を丸くした。


「どういうこと? あなた、もしかして女の子じゃないの?」

『……はっきりしないんだ』


 どうやら、アリスは私が女だと思っていたらしい。


『自分自身に係ることはまったくといっていいほど憶えがないのでね……』


「……でも、そうね。あなたが男だとしたら、いろいろ可能性が出てくる。それと、今回の魔力の通路の件も分かる。もしかすると、レミリアは初めからあなたが男だと見抜いていたのかもしれない……。霊夢は知ってるの、それ?」


『いや、分からない……この件について話はしてないから。ただ、おそらく霊夢も私のことは女だと思っているだろう』


「そう考えるのが自然でしょうね。いずれにせよ、まずはあなたに起きているその現象を解決する方が先ね。霊夢たちを呼んでくるわ」


 霊夢と魔理沙が戻って来た。


「簡単に言うと、チビさんに霊夢が直に霊気を吹き込んでやれば問題は解決すると思うわ」


「霊気を吹き込むって……もしかして」


「そう。昨夜誰かさんがやったみたいにね」


 アリスは魔理沙に視線をちらりと向ける。


「……アレが原因だっていうのかよ」


 魔理沙は少しぶっきらぼうな調子で言う。


「さっきチビさんの身体を調べたら、前にはなかった霊的なエネルギーの通路ができていたから。それがはっきりしている以上は、他に考えにくいわ。あなたが送り込んだ霊気が一種のきっかけになったんだと思う」


「じゃあ……」


 霊夢は当惑したような顔つきになる。


「ええと、じゃああれ? この子と……して……息を吹き込めばいいの?」


「そう。わたしたちは席をはずしましょう、魔理沙」


「ああ……」


 魔理沙は伏し目がちになって外に出てゆく。アリスは霊夢に何か低くささやくと、魔理沙の後に続いて行った。


「……なんだか、妙なことになったわねえ」


『そうだな。しかし、これももしかすると魂の器としての進化なのかもしれない』


「生意気言っちゃって」


 霊夢はくすりと笑ったが、すぐにまじめな顔になった。


「それじゃあ、眼を閉じて頂戴」


『ああ……』


 私は多少緊張しつつ、眼を閉じた。


 霊夢の唇が触れ、息が吹き込まれるのを感じた。


 と……私の身体の中に、二つの流れが生じたように感じた。


 霊夢から送り込まれる息。そして、私が体全体で吸い込む何か。その何かは霊夢の息とは逆の方向に、つまり彼女の口に向かって流れてゆく。


「……ん、む?」


 霊夢がかすかに唸り声に似た音を洩らす。


 が、もう一度、息が吹き込まれる。そして、また私の体内に『流れ』が生まれる。


 吹き込まれる息。体内に渦巻く二つの流れ。それが何度、繰り返されただろうか。


 不思議な感覚が、造り物に過ぎないはずの私の身体の内側に満ちてきていた。それはまるで血が巡り、脈打っているかのようだった。


 霊夢の息遣いが、どこか荒い感じになってきていた。


 私はすこし心配になり、眼を閉じたまま問いかけた。


『霊夢、大丈夫か? 何か、苦しそうだ』


「……!」


 はっとしたような気配とともに、霊夢の唇が離れた。


 私が眼を開くと、霊夢は顔を引きはがすようにして遠ざけた。その頬は薄紅色に染まっていた。


「な……わたし」


 霊夢はひどく動転したような表情で私を見た。


『なんだ? 気分でも良くないか』


「そんなことは……ないけど。ええと、どうなの? あなたの方は……その」


『ああ、そういえば』


 あの空腹感に似たようなものはもう身体の中にはない。ただ、なにか妙に高揚した気分ではある。


『とりあえず、君の霊気で満たされたみたいだ。もう腹が減ってるような感じはしない』


「そう……それなら良かった」


『そっちはどうだ? 何か疲れとか、そういうのはないのか』


「うん、大丈夫。ちょっとなんか……お風呂に入ったときみたいに血の巡りが良くなってるような感じだけど」


『顔がけっこう赤いぞ』


「……ことわっときますけどね、別に緊張とか興奮とかしたわけじゃないのよ? ただ、息を繰り返し吹き込んでたら、なんかそんな感じになってきたの」


『ああ、分かっているさ』


 そういう方向にとられたくないという気持ちは分かる。ただ、この霊気を吹き込むという行為は私と霊夢の間になにか特有の相互作用を生じさせるのは確実なようだ。


「とりあえずアリスたちに結果を報告に行きましょうか」


 霊夢は私を抱き上げて、肩に乗せてくれた。

 私たちは工房から出て階段を上り、一階の居間に出た。


「あれ、ここにはいないわね」


『外だ。あそこ』


 私は中庭に面した窓の外に見えた魔理沙とアリスの姿を指差した。近くにアリスの人形が二体ほどいたが、なにかおろおろしているように見える。


「わざわざ外に出て立ち話なんて……」


 霊夢がそちらに向かおうと中庭への出入口のドアを開けかけた時、びっくりするような大声が聞こえてきた。


「あなた、最初から知ってたんでしょ! あの子が男だって! 知っていて、あんなことを……」


「違う、はっきり分かってたわけじゃない!」


 魔理沙の口調も少し荒れ気味だった。


「ただ、そうかもしれないとは思ってた、ぐらいだ」


「同じことよ。少しは霊夢と彼自身のことを考えてあげなさいよ。あの魂は霊夢に惹かれて来たんでしょう? 私たちには話せない、何か特別な事情があるのかもしれないじゃないの! それを……」


「そんなでかい声出すなって」


 霊夢がドアのノブを引きかけて硬直したままになっていたため、やむを得ず私は二人に向かって言った。


『私はまだ自分が男か女か思い出せないし、何者かということもはっきりしてない。この点は間違いない』


 魔理沙とアリスがびっくりしたようにこちらを振り向いた。


 と、次の瞬間、魔理沙が無言のままアリスを突き飛ばすようにして身体を翻し、箒にまたがった。


『待ってくれ!』


 同時に、私の身体は自分でもびっくりするぐらいの距離を跳躍して、霊夢の肩から魔理沙の背中へと飛び移った。


「!」

 霊夢が私を見た。私は彼女にうなずき返した。とりあえず魔理沙についていくからアリスを頼む、という想いを送ったつもりだった。ほんの一瞬のことだったが、彼女の眼はその想いを受け止めてくれたようにわずかに笑みをたたえた。


 いきなり猛烈な加速がきて、わたしは魔理沙の上着の後襟に必死にかじりついた。


 そしてしばらくの間、背中に私を張り付けた魔法使いを載せた箒はとてつもなくスリリングな軌道をとりながら森の中を駆け巡り続けたのだった……。



その16につづく

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