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その14


     14


 

 かまどにかけられた鍋の木蓋を開け、味噌汁の味見をした霊夢は側に立っていた私に顔を向けて言った。


「そろそろ、起こしてきてくれる?」


『……分かった』


 私は台所の床を横切り、居間を経て寝室に入った。そこには布団から両足をだらしなくはみ出させた魔理沙の寝姿があった。 


 彼女の頭のそばに歩み寄り、膝を折る。こういう場合、私の「声」は相手には届きにくいと考えるのが妥当だろうと思い、額の中央あたりを軽くぽんぽんと叩くことにする。何度か繰り返しているうちに、魔理沙は「んー……」と低いうなり声を発し、それから眼を開いた。そして、いきなりばっと身体を起こす。


「おわっ……なんだよ、おい」


『なんだと言われてもな……朝だから起こしに来ただけだが』


「ああ、そうか……」


 魔理沙はきょろきょろと周りを見回し、それからまた私の顔を見下ろした。寝乱れた金色の髪が両肩に広がっている。


「昨日……悪かったな。ちょっとふざけ過ぎちまった」


『うん? ああ、いや……』


 たぶんあの唐突な行為のことだろう。さすがに酔いが醒めると少し後悔が生じたのかもしれない。それが、たとえ人形相手だったとしても。


「チビ……ひとつ訊いておきたいんだが」


『なんだ』


「お前、もしかしてさ……男なんじゃないのか」


『…………』


 性別のことはいずれ、誰かに訊かれるのではないかという気がしていた。


「べつにこれといった理屈があるわけじゃないんだけどさ。何となくそんな気がしたんだ」


『……正直、自分でもはっきりとしていなかった部分だな。ただ、そう言われると、男だったのかもしれないなという気はする』


「そのあたりの記憶も、全然ないのか?」


『ない。ただ、最初に霊夢の身体で目覚めたときに、ひどく異様な感じがしたという覚えはある。あれはもしかしたら、女の身体であることへの違和感だったのかもしれない。だが、まだ確かなことは言えない、というのが本当のところだ』


「なるほどな……だが、霊夢はお前が女だと思ってるようだ。そこんところは押さえておいたほうがよさそうだぜ?」


『そう思わせておいた方が今は無難、か』


「たぶんな。たとえ人形に宿った魂とはいえ、ひとつ屋根の下で同居してるわけだからな。下手にそこらへんいじくってぎくしゃくするよりいいんじゃないのか」


 魔理沙は立ち上がって、裾長の下着をまとった自分の姿の見下ろして言う。


「ま、わたしは別にお前が男だろうが女だろうが、なにも問題はないから心配しなくていいぞ」


『でも、服装は整えてくれたほうが助かるな』


「わかったよ……顔洗ったらちゃんとする」


 魔理沙は廊下に出ると、台所の霊夢に声をかけて外に出て行った。



     ☆★



 居間で差し向かいで正座して朝食をとる霊夢と魔理沙。私は卓袱台の脇に座ってその様子を眺めている。なんとも不可思議な雰囲気ではあった。とくに、いわゆる西洋の魔法使いの服装をした魔理沙が木の椀で味噌汁をすすったり、沢庵漬けをぽりぽりやっていたりするのを観ていると、ひどく現実離れしているように思える。


 だが、そんな私の内なる感想をよそに、巫女と魔法使いはごくのんびりとしたやりとりを交わしている。


「今朝は漬け物の品数がにぎやかじゃんか」


「魔理沙のおかげで、こないだ里でいろいろ買い込んだからね」


「ふうん……この茄子とかはなかなかいい感じかな」


 魔理沙は箸を巧みに操って鮮やかな色に使った小さな茄子を口に入れる。ぱりぱりと小気味よい感じの音が響く。


「あ、それからね。昨日のあのお酒、レミリアから貰ったやつ。あれの残りは竹の水筒に詰めといたから、持ってって」


「なんだ霊夢、お前いらないのか?」


「あれはなんだか香りとかキツ過ぎて……それにわたしもちょっと舐めてみたけどものすごく強いみたいじゃない。あれじゃ酒精そのものを飲んでるような感じだもの。だからあなたに上げる」


「まあ、くれるんだったらありがたくもらってはおくが……」


 二人の話を聞いているうちに、私はふと奇妙な感覚が身体の中に拡がってくるのを感じた。腹のあたりに何か違和感があるのだ。


 それはありえない感覚だ、という思いがあった。私の身体の構造からして、そんなことは起き得ない……。


「……どうした、チビ」


 魔理沙が私の方に眼を向けた。


『うん?』


「なんか考え込んでるような感じがしたからさ……」


「へえ……何、それって魔法使いとしての鍛錬が成せる技? わたし、そういうの分からないなぁ、あんまり」


 と霊夢が疑わしげな表情で魔理沙を見る。


「チビの身体はヒトの生身じゃないから、その分、気配の変化みたいなものを感じさせるところがあるからな」


 魔理沙はこともなげに言う。 


「ただ、霊夢にとってはチビは自分の一部みたいなもんだから、かえって分かりにくいんだろ」


「ふうん、そんなもんなのかなあ」


 まあこの際、感じていることは言ってしまった方が良さそうだ。


『……いや、実は今、その生身じゃない私にはあり得ないはずのことが起きているような気がしてな』


「なんだ、それって?」


 魔理沙は眼を上げる。


 霊夢もこちらに顔を向ける。


『腹が……減っているような気がするんだ』


「「ええええっ?」」


 二人が同時に声を上げる。


『本当にそうなのかはよく分からない。ただ、この感じを言葉に置き換えると、それがいちばん近いように思う』


「ど、どういうことなの、これ……」


 霊夢が訊くが、魔理沙も首をひねる。


「さあて、分からないな。しばらく様子を見て、変わらないようだったら、とりあえず専門家に……アリスに訊いてみるしかないだろうな。わたしが連れて行ってやるよ」


「今回はわたしもついてく」


 と霊夢。


「なんだか、赤ん坊が病気にでもなったような感じねえ」


『……面目ない』


 結局しばらく時間を経ても、この「空腹感」のようなものは強くなってゆくばかりだったので、私は霊夢と魔理沙とともにアリスの家へと向かうことになったのだった。



その15につづく

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