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その13



     13



 私が博麗神社に住みついて数日が過ぎた。住むと言っても、要は私は霊夢のそばにいて、ときどき言葉を交わしたりするだけで、とくにこれといってやることもない状態だった。ただ、そうして一緒に暮らしている限りにおいては、以前紅魔館で起きたような意識の途切れというようなことは起きず、その点ではあの小柄な魔法使い、パチュリーの言っていたこと


(私はいわば霊夢の霊力を吸って生きているということ)は正しかったようだ。


 霊夢が庭などに出ているときはとりあえず肩の上に乗っかるようにし、建物の中にいるときはお互いに眼の届く場所に座る。初めのうちは霊夢は私の存在をけっこう意識していたようだが、そのうちにさほど気にしなくなってきた。ただ、いちおう彼女なりに私を『かまう』ときと『かまわない』ときの切り替えをしているらしいと分かったので、私としてもそれに合わせるように心がけるようにした。こうなると猫とその飼い主の関係に似ている。


 そんなある日の昼下がり、拝殿の前にメイド服姿の妖精たちが半透明の翼を羽ばたかせて何人か飛んで来た。気づいた私が霊夢を呼ぶと、彼女たちは霊夢に挨拶し、紅魔館からの使いでやって来たと言った。


「レミリア様が、先日霊夢様にいろいろとご心配をおかけしたので、そのお詫びにと……」


 彼女たちは霊夢の前に荷物を置いた。野菜や果物などの入った籠や、貯蔵品が入っているらしい木箱などが並ぶ。


「まあ……ありがとう。わざわざ気を使ってもらって申し訳なかったってレミリアに伝えて頂戴」


 妖精たちは、丁寧に挨拶をして去って行った。


『心配をかけたって……例のあれか? 私の件か?』


「そういうことでしょうね。でも、そこまで気を使うことないのに……っていうか、そもそもあれはレミリアの責任ってわけでもないし」


『初めにパチュリーと話をしておけば防げたかも、ということかな』


「まあ、せっかくだから頂けるものは頂いておくけど。あら……これ何かしら」


 霊夢は拝殿の回廊に並べられた荷物の中から木箱を取り上げた。


「うわ、重い……」


 蓋を開けてみると、クッションが敷かれた上にガラス製の瓶があり、その中には琥珀色の液体が満たされていた。


『これは……酒だな』


「お酒なの? こんな色したお酒なんて……あんまり見たことない」


『いわゆる洋酒だよ。それも、蒸溜酒だ』


 瓶を覗き込んでいる私たちの上に、ふっと影がさした。


「ブランデーか。すげえな、幻想郷でそんなもんにお目にかかれるとはね」


「……魔理沙」


 見上げると、黒のドレスに白のエプロンをつけ、リボンのついた大きなつばの黒帽子をかぶった魔法使いの少女が眼の前の空中に浮かんでいた。


「よう。久しぶりっと」


 魔理沙は箒から降りてふわりとドレスのスカートを揺らしながら着地すると、霊夢に向かって縄を通した大きな魚を突き出した。


「これ、土産な。さっき妖精に襲われてた釣り人のおっさんから貰ったんだ……追っ払ってくれた礼だって。今日はこれで一杯やろうぜ」



     ☆★



 日が暮れた後、霊夢と魔理沙そして私は母屋の縁側でささやかな宴を楽しんだ。もちろん、私自身は人形に宿る身の上なので、飲食そのものはできないが、それでも雰囲気を楽しむことはできる。


 魔理沙が白い陶製の杯に注がれた酒を干して言う。


「そういえば、パチュリーから聞いたが、このあいだ紅魔館に行ったときにチビの調子がおかしくなったんだって? いまは大丈夫なのか」


「ああ、今のところは問題ないみたいよ。わたしと一緒にいればね。話じゃ、わたしの霊気でもって魂を維持してるってことらしいわ」


『感覚と運動能力を与えてもらった分、それにエネルギーが必要らしい』


「ははあ、なるほどねー。しかし、それだと始終霊夢にくっついてなくちゃいけないわけか。せっかく自力で動き回れるのに」


『まあ今のところはそう不便だとは思わないが……霊夢には面倒をかける形になっている』


「わたしは面倒ってことはないわよ、別に」


 霊夢は酒を杯に注ぎながら言う。


「なんならここらの連中と戦うときだって背中にしょっときゃ済むことだしね」


「ならいっそ、使い魔みたいな役回りにするわけにはいかないのか? お前の場合だと、式神って言う方が近いか」


「それはちょっと……だいたい、この子自身どういう経緯でここに流れ着いたのかも分からない状態なのに、わたしが勝手にそんな風に扱うのもどうかと思うわよ」


『私はべつにかまわない。何か役に立てることがあるなら、言って欲しいが』


「ほら、チビもこう言ってるぞ?」


 魔理沙は霊夢との間に座っていた私を抱き上げると、膝の上に乗せた。


「チビだって、何かしら仕事らしきものがあったほうがいいんじゃないかって気がするぜ? いまのままだと、身体は得たものの、結局ただ考えているだけの存在だからな。言い方は悪いが、病人みたいなもんだ。それって案外辛いんじゃないのか?」


「……魔理沙、あんたやけにチビにこだわるわねぇ?」


 霊夢は魔理沙の膝に乗った私をちらりと見る。


「そんなにこの子に興味があるわけ?」


「面白いじゃないか、こういう存在自体が。それに性格的にも、わたしらの周りにいる連中とはまたひと味違っててさ」


『そんなにわたしは独特か?』


「あ、そういえば……魔理沙、今日レミリアもらった洋酒、あれ飲んでみる?」


「おお、あのブランデーか? いいな」


 霊夢がいったん家の中に引っ込む。


「まあ、ここんところ幻想郷には大がかりな異変もないし……ちょっと退屈だったってこともあるかもしれないけどな」


『……異変というのは?』


「この幻想郷にはいろんな妖怪の類がいるって話は前もしただろ? そういうのでも特に強力なやつがときどき変なことをたくらむんだよ。その結果、五月になっても春が来ないで雪が降ってたり、月がいつまで経っても沈まないで夜が開けなかったり、幻想郷中に赤い霧が広がって、太陽の光が全然届かなくなったり……そういう大規模な異変が起こることがある。で……」


 魔理沙は木箱を持って出て来た霊夢のほうを振り返った。


「あの巫女さんとか、場合によっちゃわたしとかが出張って行って、異変の大元になってる妖怪をやっつけに行くのさ……こんな顔してるが、この女は強くてね。周り中が敵だらけの状況でも顔色も変えずに相手を一撃で叩きのめすんだ」


『ははあ……』


「何よそれ。誉められてるって感じがしないわね」


 霊夢は魔理沙のそばに木箱を置き、ふたを開ける。魔理沙はそこから琥珀色の液体が入った瓶を取り出し、栓を抜いた。


「この香り……やっぱりブランデーだな。じゃあちょっと味見をさせてもらうか」


 魔理沙は杯を何度か振って濁り酒の雫を落とすと、さらに袖口で杯を拭き、慎重な手つきで瓶から液体を注いだ。


「うわ、すごい匂いねえ……レミリアも何を考えてこんなものよこしたんだか」


 霊夢はすこし顔をしかめる。


「レミリアか……あいつも最初はただの聞き分けの無いガキって感じだったんだがな。霊夢にやられた後は逆に懐いてるもんな」


「どうかしらね。あの子のことはわたしは未だによく分かんないわ」


「一目置かれてるのは確かだろ。人間にもたまにはこういうのがいる、みたいな感じでさ」


 魔理沙は杯を傾けて琥珀色の液体をゆっくりと干す。


「んっ……ふぅ。うん、なかなか味はいいぜ」


「なにしろ500年生きてる吸血鬼だもんねぇ。世の中とか周りのことをどういう風に見てるのか想像つかない」


「生きてる長さでいえばもっと桁違いなのがいるじゃないか、例えば……」


 ふたりのやりとりを聞いていると、やはり私にとってはここは一種の異界なのだな、と感じられた。だからこそ、人形に宿る魂という形をとらざるを得ないのかもしれない。だが、だとしたらいったいどんな理由で何処からやってきたというのだろう……。


 考え込んでいると、頭をぽんと軽く叩かれた。


「どうした、チビ」


『ああ……?』


「もしかして寂しいのか? 幻想郷で前にあったことをいろいろ聞かされたってお前自身に関わりがあることじゃないからな……」


 魔理沙は私を膝の上で立たせる。その顔は酔いが回ったのか、少しとろんとした表情になっていた。


「でもま、お前との思い出はこれから作ればいいのさ……例えばだな」


 と、いきなり魔理沙の顔が近づいてきた。


『……!』


 柔らかな唇が、私の鼻の下に触れる。


「ちょっと魔理沙、なにやってんの……?」


 あきれたような霊夢の声。


 と、熱い息が私の中に吹き込まれるような感じがした……。


「ちょっと、こら!」


 軽い衝撃。


 魔理沙の顔が離れ、その後ろから霊夢の顔が現れる。


「まったく、酔っぱらいが何してるのよ……」


「いいじゃないか、かーいい女の子にキスしてもらうなんて一生モンの思い出だぜ」


「何言ってるの、女の子同士のキスなんてろくな思い出にならないわ」


『…………』


 霊夢は私の身体を魔理沙から引きはがすと、自分の膝の上においた。


 魔理沙がぼんやりとこちらを見る。


「……何よ?」


「いや、うん……そうか、女同士は問題があるかな」


「おおありよ。変な癖がついちゃったらどうするのよ」


「ま、そんな心配はないと思うがな……」


 魔理沙は私をちらりと見て言った。


「おいチビ、なんか一言ぐらい感想言えよ。この世界に来てからこっち、こんな色っぽい体験は初めてだろ?」


『突然だったから、驚きが先だったよ』


 私はやっとの思いで答えた。実はあの息の感触が、なんとなくまだ身体の中に残っている感じがしていたが、それはあえて言わないことにした。


 結局、魔理沙はそのあとは割と大人しい態度で飲み続け、いつの間にかつぶれていた。


「何なんだか、まったく……」


 霊夢はぶつぶつ言いながら魔理沙を寝室に運んでゆき、月が西に傾く頃に私たちは床に就いた。



その14につづく

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