その12
12
翌日、朝のお務めと食事を終えた霊夢は外に出かけると言い出した。
「もちろん、あなたも一緒に来るのよ」
『それはかまわないが……どこに行くんだ?』
「あなたの正体の手がかりをつかむには、とりあえず外の世界に詳しそうな人に話を聞くのがいいと思うの。で、知り合いにそういう人がひとりいるから当たってみようと思って」
『……もしかして、また妖怪の類か?』
「半分当たりだけど、半分ははずれね。まあ、会ってみれば分かるわ」
霊夢はわたしを背中に乗せて神社の建物から外に出ると、空中へと飛び立った。
神社を囲む森が眼下から遠ざかる。やがて、人の住まいが点在している里の上空を越え、鬱蒼とした感じの森へと近づいてゆく。
「見えてきたわよ……」
霊夢が指差す方向に、古ぼけた感じの建物が見えてきた。東洋風とも西洋風ともつかない、無国籍な雰囲気の家だった。森の縁にあたる位置にぽつんと建っていて、周りには他に家はない。
『看板みたいなものが見えるが……何かの店なのか?』
「いちおうはね。道具屋って言ってわかるかしら。まあ、中古のガラクタを集めてる趣味人とでも言った方が実態に近いかもしれないわね」
霊夢はその建物の入口の前に降り立ち、扉を開けて中をのぞきこんだ。
「こんにちは……霖之助さん、いる?」
その声に応じるように、奥から主人らしき男性が姿を現した。
眼鏡をかけていて、まだ若さを感じさせる張りのある顔つきをしている。東洋風の独特の服装を着けているが、そのデザインは建物と同じでどの民族文化に属するものか見当がつかない。
「いら……ああ、君か。どうしたんだい、こんな早くに。珍しいね」
「今日は霖之助さんに面白いものを見せてあげに来たのよ。ほら……背中に張り付いてちゃ分からないから、こっちに出てきなさいよ」
霊夢にうながされ、私は背中から移動して霊夢の肩に腰を降ろした。
「おおっ!?」
男性は眼鏡をずり上げ、あらためて私を見つめる。
「これはカラクリ人形……の類じゃないな。もしかして、生きてるのか?」
「いちおう、人の魂を持っているの。それも、どうやら外の世界の魂なんじゃないかと……」
「ほうほうほうほう、そいつは実に興味深い」
「……それでね」
霊夢は私に向かって手を伸ばそうとする男性を押しとどめて言う。
「この子が言うには、自分に関する記憶はあやふやなんだけど、元の世界のことは、何か見せられれば思い出すかもしれないんですって。だから、あなたが集めてる外の世界のガラクタのたぐいを見せてあげて欲しいのよ。そうすると、この子が何か知ってることを思い出すかもしれないし……それって、霖之助さんにとってもけっこう興味のあることじゃないかと思って」
なるほど、ようやくこの店に連れてこられた意味が分かってきた。
「そういうことか……しかしこの人形、よくできてるな。君にそっくりだ。ここまで精巧なつくりは、あの人形遣いのアリスでも無理かもしれない」
「……霖之助さんはこんな感じの人形を今まで見たことはない?」
「ないね。ただ、素材の感じからして幻想郷で作られたものではないという気はするな……あくまで印象だがね」
「ま、まずはお互いに自己紹介ね。チビ……この人はこの香霖堂の主人、森近霖之助さんよ。わたしのわりと古くからの知り合い。ちなみに魔理沙ともつきあいは長いわ」
「なにしろ、たくさんツケで売らせてもらっているからね、二人には」
霖之助氏はくっくっくと笑いを洩らす。
「ある意味お得意様ではあるな」
『初めまして、霖之助さん。私はチビ霊夢だ。いろいろとあって、この人形に居つくことになった』
「おお、声みたいに聞こえるな。念話を聞かせる仕組みがあるということは、魔法使いもからんでるな?」
「とりあえず、この子の『生まれ』にからんでるのは、レミリア、パチュリー、魔理沙、アリスの四人よ」
「それって、幻想郷の有名どころの魔法使いはみんなかんでるってことじゃないのか……?」
「ま、簡単に説明するとね……」
霊夢がこれまでの経緯をざっと霖之助氏に話した。
「ははあ……神霊や亡霊の類とも違うようだな、話を聞いていると。しかし、なにかそれなりに互いに縁のある存在なのかもしれないな。ま、分かった。つまり当面はこのチビ霊夢さんの魂の源を探ることがひとつの課題になっているというわけだね。いいだろう。早速それじゃ、最近手に入れたものを見てもらおうかな」
「……じゃあ、わたしはすこし店の中を見させてもらうから」
霊夢は私を店のカウンターのような場所に置くと、店の奥へと姿を消した。
霖之助氏はさっそく棚からなにやら箱を下ろして、私の前に置いた。
「たとえばこれなんだがね……何だか分かるかい」
彼が私の眼の前に取り出して見せたものは、プラスチックに封じられた薄いチップ状のものだった。
『それは……』
と、なんとなく言葉が浮かぶ。
『メモリーカードだと思うが』
「ほう、なるほど。で、それは何に使うものだい?」
『情報をそこに電気的に書き込んで蓄えておくんだ。いったん書き込むとその情報は随時読み出すこともできるし、また新たに上書きすることもできるはずだ』
「なるほど、素晴らしい。それで、具体的にはどうやって使えばいいのかな?」
『それは……カードを接続できる装置がないとな。このカードの形状に合った差込口をもつ装置がないと使えないだろう』
「装置というと、コンピューターの類か?」
『そうだな。まあ専用の読み書き装置があればそれでもいいが』
「ちなみに、君はコンピューターの使い方って分かるのか?」
『……どうだろうな。そちらもまず現物を見せてもらったほうがいいかもしれない』
私と霖之助さんはしばらくの間、お互いに話をしながらさまざまな装置をいじったりしていたが、私としては自分自身の手がかりになるようなことはあまり見つけられなかった。
もっとも、霖之助さんからしてみると、私のような者が言う半端なことにもけっこう貴重な情報が混じっていたらしい。
「どう? お互いになにか得るところはあった?」
店の奥から戻ってきた霊夢がそう問いかけると、霖之助さんは笑顔を浮かべて言った。
「うん、いや……悪くないよ。わたしとしても、いろいろと外の世界の道具については新たな手がかりになるようなことを聞くことが出来たし。ただ、やはりチビ霊夢さんの記憶が断片的らしいから、なかなか決定的なことはね……それと、やはり自分自身に近いことについてはまだ思い出せないようだな」
「そう……」
「ただ、かつて外の世界にいたことがあったというのはどうやら間違いなさそうだ。わたしがこれまで調べたことと、チビさんが言っていることと内容にあまりブレがないからね」
なるほど、そのあたりも確かめていてくれたわけか。
『わざわざありがとう、霖之助さん』
「いや何、君との話はわたし自身とても興味深かったからね。礼には及ばない。ところで霊夢?」
「……なによ」
「巫女服ってのはモノの隠し場所には向いていないって前から言ってるはずだがね?」
「何のことかしら……」
『…………』
よく見ると、霊夢の服の腹の当たりがぽっくりと膨らんでいる。そこには明らかになにか厚みのあるものが入っている。本だろうか?
「ま、棚卸しをしてみれば、何がなくなってるかなんてすぐ分かることだし、かまいはしないがね。ツケの残高に振り替えておけば済むことだ。おおかた、ちょっと引っ込み思案な魔法使いに何がしかの心遣いを、というところだろう?」
「……分かったわよ、ツケにしておいて」
霊夢が鼻を鳴らし、くるっと背を向ける。
「さあチビ、そろそろ帰るわよ」
「毎度あり。それじゃあ、チビさん。また機会があったらいつでも来てくれたまえ」
『ありがとう、霖之助さん』
霖之助氏と指と手で握手を交わし、私は霊夢の肩に飛び乗った。
「他の連中にもよろしく」
店主の声を背に、霊夢と私は香霖堂の前から空中へと飛び立った。
『……なかなか懐の深そうな人物じゃないか』
「そう? まあ、わたしとか魔理沙は昔からのつき合いだし、気心は知れてるけど、普通の人から見たら変わり者っぽい感じだと思うのよね……見かけはあんなだけど、あれで半人半妖なのよ。つまり人と妖怪のハーフなの」
『ははあ……だが、今まで会った中ではいちばんまともっぽい人物に思えたな』
「ちょっと、それどういう意味よ? わたしも含めて他はまともじゃないっていうの?」
『まともっぽいという言い方は適当じゃなかったかな、まあバランスがいいというか……』
「なお悪いわ。わたしの性格はアンバランスだってわけ?」
『それだけ個性的だということさ。あまり後ろ向きにとるのは良くないぞ……ところで、この後どこかに寄るのか』
霊夢の飛行軌道は神社に戻る方向ではなく、さらに森の奥へと向かっている。
「アリスのところに行くのよ。これだけあなたが世話になっておいて、わたしが何の挨拶も無しってわけにもいかないでしょ?」
『ああ……まあ、そうか』
「正直、どうしてそういう話の流れになったのか、いまひとつわたしもつかめないところがあるんだけど……あなたがこうしていられるのはやっぱりアリスのおかげでしょうからね」
『……そうだな』
本当は魔理沙のちょっとした失敗が間にはさまっているわけだが……それに関しては口止めされている。
『いろいろと気を使わせてしまって、すまないな』
「別にそれ自体はたいしたことじゃないから、気にしないで。あなた自身もまだどういう巡り合わせでこうなったのかつかめない状況なんだしね」
そう……そのあたりをどうにかしなくてはいけないわけだが、今はまずもうすこし自力で活動できるようにするにはどうしたらいいかが先決だろう。順繰りに片付けていかなくてはなるまい。
その13につづく