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その11



     11



 霊夢が帰ってすこししてから食事の用意がされ、わたしはレミィの晩餐につきあいながら話を続けることになった。ただ、椅子に座ったままではお互いに顔が見えないだろうというので、私は咲夜さんの手を借りてテーブルの上に座らせてもらった。


「こんな感じでよろしいですか?」


『ああ……ありがとう。まだちょっとこの身体になれてない感じなのでね、お手数をかけた』


「いいえ、どういたしまして」


 咲夜さんは柔らかく微笑むと、ふたたびレミィの脇に控える。


「悪いわね、わたしだけ食事をしながらという形になってしまって」


 レミィは上品な手つきでスープを飲みながら言う。


『ああ、いや。こちらこそ、こんな足を投げ出した恰好で失礼するよ』


「ふふ……面白いわね」


 レミィがくすりと笑う。


『ん、何が?』


「なんだかこうしてあなたと話していると、けっこう昔から知り合いだったような気さえしてくるのよ。同じよそ者同士ということで気があうのかしらね」


『……よそ者? 貴女が?』


「ええ。わたしももうずいぶん長く生きているのだけれど、この幻想郷に来たのはつい最近のことなのよ。まあ、最近といっても、それなりの年月は経っているけれどね」


『そうなのか……』


 考えてみれば、この幻想郷は日本のどこかにあるようだから、いかにも西洋人という外見の彼女はやはり外から流れついた人種なのだろう。


「まあ、わたし自身のことはともかくとして、すこし霊夢のことについて話をしておきましょうか。あなたもこれからのことを考える上でそのあたりの情報は必要でしょう?」


『そうだな。私が聞いたのは彼女があの神社で結界を監視しているということぐらいで、あとはよく知らない』


「結界の監視もそれなりに重要でしょうけどね。でも、もっと本質的なことがあるの。簡単に言えば、あの子はこの幻想郷の中心にいる存在なのよ」


 私はすこし驚いた。


『それは……統治者ということか?』


「統治者というのとはすこし違うわね。この幻想郷にはそういう強い政治的権力をもった者はいないのよ……ああ、ありがとう」


 レミィはメイドが運んで来たサラダを受け取ると、小さな手でフォークを器用に操り、口に入れる。


「……そもそも、この幻想郷は人ならぬモノがうようよしている世界で、人間はむしろ少数派といってもいいくらい。しかも力の強い妖怪とかは自己主張が強いし、他者の言うことなんて聞かない。だから、そんな状況で人の統治者なんて現れようがないの。ただ、霊夢は人間の中ではすこし例外的な存在でね。特殊な才能をもって生まれ、それを磨いていろいろな術が使えるようになったのよ。そして、人ならぬモノに対しても対等あるいはそれ以上の立場で相手をすることができるようになった。そして、なにかトラブルが起きた場合にはその現場に出張っていって、そのトラブルを起こした張本人……たいていは強大な力をもった人外だけど、そいつを懲らしめて事態を解決する、というのが霊夢の役回りなの。ま、中にはけっこうきつい事件もあったみたいだけど」


『ははあ……』


 それが魔理沙の言っていた『生き死ににかかわるような戦い』だったのだろうか?


「ふふ、信じられない? でも、かく言うわたしも、実はいろいろあって、霊夢にお仕置きされたクチなのよ。あのときはかなり派手にやっちゃったけどね、お互い」


『……だが、いまの霊夢や貴女がたの態度を見ていると、そんなことがあったなんて全然想像もつかないが』


「まあ、それは霊夢のあの性格のせいもあるでしょうね。あの子はいったん事が終わってしまったらあとはもうこだわりを残さないの。最初はわたしもかなりとまどったわ。そういう気質の人間ってあんまりわたしの周りにはいなかったから……でも、腹の中になにもないってことが分かってからは相応の付き合いをさせてもらっているわ」


『そうか……なるほどな』


 どうやら想像以上に霊夢はこの世界で独特の位置にいるようだ。


「お嬢様、お飲物のおかわりはいかがですか」


「ああ、いただくわ……そういえば、咲夜。今朝頼んだ例のモノは?」


「あ、はい。パチュリー様と相談をしまして……」


 五百年も生きた吸血鬼を相手に「お仕置き」をしたなんていうこと自体、あの雰囲気からは想像もつかないが、魔理沙の言うように戦いが日常茶飯事ということであれば、本人からするとさほどのことではないのかもしれないが……。


 それにしても……。


『……うん?』


 なんだか、おかしいな。急に頭の中が……。


「あら? どうしたの、チビ?」


 レミィの声がなんとなく、遠い。


『いや、それが……』


 ああ、眠い。

 なんだか、引き込まれる……ようだ。

 …………。



     **********



 図書館から呼び出されたパチュリー・ノーレッジは動かなくなってしまったチビ霊夢の状態を確かめ終わると落ち着いた口調で言った。


「大丈夫。魂はまだ宿っている。ただ、見聞きする力を与えられたので、霊力を費やしてしまったのね」


「そう……よかった」


 レミリアは息を吐いた。


「一時はどうなるかと思ったわ」


「たぶん、この子は周りから活動に必要な霊的なエネルギーを自分の力で吸い込むことがまだ巧くできないんでしょう」


 パチュリーはチビ霊夢の頭をそっと撫でた。


「とりあえず霊夢のそばにいれば、依代のもつ性質からして彼女の霊力を無理なく取り込むことができると思うわ」


「そう」


 レミリアはうなずいた。


「それなら、すぐ霊夢のところに届けた方がいいわね?」


「そうね、その方が確実」


「じゃあ、わたしが行くわ。いちばん足が速いのはわたしだもの」


 レミリアはチビ霊夢を抱き上げた。


「あっ、お嬢様……」


「咲夜、あとはよろしくね」


 その次の瞬間には、もうレミリアの姿は部屋からかき消えていた。


「ああ、もう……あの方は思い立つとすぐだから……」


 ため息をつく咲夜にパチュリーが声をかける。


「わたしがついていく。むこうで状況を確かめておいたほうがいい」


「そうですか。申し訳ありません……」


 パチュリーは建物の外に出ると、足下に魔法陣を出現させ、空中へと浮遊した。


「たぶん行きはレミリアにはすぐには追いつけないでしょうけど、帰りは一緒に帰ってくるから。心配しないで、待っていて」


「はい……よろしくお願いいたします」


 咲夜が見送る中、パチュリーを載せた魔法陣は星がきらめく夜空の奥へと見る間に吸い込まれて行った。



     ***********



『んっ……あれ』


「あ、良かった、気がついたのね?」


『レミィ? どうしたんだ、これは』


 私はどうやらレミィの胸に抱かれた状態にあるようだ。顔を上げると、レミィのあごが見える。


「空の上よ……もうすぐ博麗神社に着くわ。あなた、さっき意識を失ったのよ。パチェの見立てだと、霊夢と離れ過ぎたのが良くなかったみたい」


『それで……神社に?』


「ええ。まあ、もうすぐ着くから……着いたときにまたちゃんと説明するわ。どうやらパチェも後からついて来てるみたいだし」


『つまり、また迷惑をかけてしまったということか』


「そういうことを言わないの。それより、ほっとしたわ。パチェは魂はちゃんと留まっているとは言ってたけど、息をしてるわけじゃないし、見た限りじゃどうなっているのか分からないんだから」


 やがて下降してゆく感じが加わり始めたかと思うと、軽い振動に似た衝撃があった。


「さあ、着いたわ……あら」


 私が身体をよじって振り返ると、拝殿の前に白い寝間着姿の霊夢が立っていた。


「どうしたの、レミリア。急にひとりで……」


「あなたこそ、そんな恰好で境内に出てきてるじゃないの。もしかして、何か予感でもした?」


 レミィは霊夢の前に歩み寄ってゆくと、私を彼女に向かって差し出した。


「いずれにしても、どうやら当面はあなたたちは離れられない運命のようよ」


「え? どういうこと」


 すると、そこへ光る円盤のようなものに乗った人物が降りて来た。


「あら、パチュリーまで……?」


 霊夢は眼を見開いて三日月の飾りがはいった帽子の女の子を見つめる。


「夜中に押しかけて申し訳なかったけど……急いだほうがよさそうだったから。この人形に入った魂は、霊夢、あなたの霊力によって生かされているの。あなたの身体に同居していたときは直接霊力を取り込むことができたのでしょうけど、こうして離れた身体に入ってしまっていると取り込みがしづらくなるみたい。だから、とりあえず普段は一緒にいたほうがいいと思う」


「ああ……そういうこと」


 霊夢は私の身体をレミリアから受け取りながら、ややぼんやりとした口調でうなずいた。


「まあ、いつまでも霊夢のそばにくっついているのが不便だっていうなら、また相談に乗るけど」


 レミィはくすりと笑うと、背中の羽を軽くはばたかせてふたたび空中に浮き上がる。


「それじゃチビ、またそのうちにね」


『ああ……』


 レミィは私たちに向かって手を振ると、あっさり空に飛び立って行ってしまった。


「あ……」


 霊夢はあっけにとられたままその後姿を見送る。


 と、パチュリーが歩み寄って来て言う。


「霊力の取り込みについては私もすこし調べておくから。そのうちアリスとも話す機会があると思う。とにかく今のところはできるだけお互いが近くにいれば問題ない」


「ごめんね、また手間をかけさせちゃって……わざわざ、ありがとう」


「お礼はレミィに言って」


 口調は相変わらずそっけない感じだったが、今回はパチェリーは柔らかい笑みを見せ、小さく手を振ってからふたたび魔方陣に乗って空中へと飛翔して行った。


「やれやれ……」


 霊夢は私を抱き直すと拝殿に向かって歩き始めた。


「まだなんかよく分からないけど……なに、あなた向こうで具合でも悪くなったの?」

『意識を失ったらしい。で、レミィが私をここまで運んで来てくれたということらしいな……』


「レミィ? あんた、いつの間にあの子とそんな風に呼び合う仲になったの?」


『ああ、まあ……わりと気安い感じになってしまったかな。もしかして、問題があるか?』


「べつに問題ってことはないけどね……」


 霊夢は拝殿から母屋に回り、寝室に入った。


 そして、私を抱いたまま寝床へともぐりこんでゆく。


『えーと……いいのか?』


「何が?」


『いや、このままだとその……添い寝という形になってしまうが』


「できるだけ近くにいたほうがいいっていうんだから、念のためよ。まったく、世話の焼ける子だわ」


『……いつの間に私は子供扱いされるようになってしまったんだ?』


「ナリが子供なんだからしかたがないでしょ? それとも、あなた自分の年とか思い出せた?」


『いや……残念ながら』


「だったら、見かけを優先したってかまわないでしょ? それじゃ、おやすみ」


『……おやすみ』


 お互いこんな状況で寝つけるものだろうかと思ったが、意外にも時をおかずに眠ってしまったようだった。



その12につづく

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