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その10



     10



 夕暮れ近く、魔法の森の一隅にあるアリスの家をふたたび魔理沙が訪れていた。


 明かりを灯した部屋で、二人はテーブルをはさんで話をしている。


「で、そのへんの説明はちゃんとしたわけね」


「ああ。ま、なんとなく人形に気配みたいなもんを感じたから念のためにと思ってアリスのところに持ってったら以下略って感じでな」


「ふうん……それで霊夢は納得した?」


 アリスが魔理沙のカップにおかわりのお茶を注ぎながら訊ねる。


「まあ、納得はしてたと思うぜ……ただ、こっちが話してるうちに、なんていうのか、手品のネタをバラしちまったときのような、ちょっと気ぃ抜けたような感じの顔になってったけどな。最初、チビが動いて口きけるのが分かってめちゃくちゃびっくりしてたみたいだったから、その反動もあったんだろうが。ああ、それと」


 魔理沙はにやりとした。


「チビ霊夢っていうネーミングについちゃ霊夢はやっぱちょっとお気に召さなかったみたいだな」


「安直過ぎたからじゃない?」


「そういうのとは違うと思うが……なんとなく自分が知らない間に全部片付いちまってスネてる、みたいな感じかな。なんか、ちょっと微妙な空気ではあった」


「へえ、なんか珍しいわね。霊夢ってわりとスネるとかそういうのとは縁がないような性格だと思っていたけど」


「そうなんだよなあ……この件に関しちゃ、霊夢のいままでと違う面を見せられてる気はする」


「あら、それはそっくり今のあなたにもあてはまるような気がするわよ? 」


 アリスはくすくすと笑って言う。


「そうか? ま、今回はいろいろと反省点もあるが」


 魔理沙は鼻の頭を指先で撫でた。確かに、どうも自分でもよくつかめないような感情がもやもやと残っているような気もする。


(妙な気分だぜ)


「はい、どうぞ」


「ああ、サンキュ」


 魔理沙はアリスからカップを受け取ると、お茶をすすりながら窓の外の空を見上げた。森の向こうに広がる空はようやく赤く染まりつつあった。



     **********



「なんにせよ、無事に魂が移ったわけね。とりあえずこれでひと安心ね」


 古風なチェアにくつろいだ姿勢で腰掛けている少女はそう言うと、笑みを浮かべた。ピンク色のドレスを着けた彼女の背には、黒い翼が揺れている。


「……いろいろとありがとう、レミリア」


 テーブルをはさんで対面している霊夢が神妙な顔つきで言う。


「礼を言われるほどのことではないわ。あなたはこの幻想郷にとって大事な人なのだし、わたし個人としては、勝手に後見役を気取っているぐらいのつもりはあるわよ。まあそんなこと言うとあの隙間妖怪あたりが文句つけてきそうだけど」


「ははは……」


 霊夢は困ったように笑う。


「それにしても、魔理沙も案外と親切というか、気が回るところがあるのね。わざわざ念のためにアリスのところに持っていって魂の状態を確かめに行って、最後にはこの人形を人間と同じぐらいのものにしてくれたわけだものね」


「そうね……わたしもそう言っちゃなんだけど、すこし意外だった」


「もちろんアリスの人形使いとしての技術があってこそでしょうけれど、魔理沙が持ち込んだというところが鍵になったのは確かでしょうね……」


 紅魔館の主、レミリア・スカーレット。こうしてあらためて見ると、たしかにただの少女という感じではない。ふわっとした感じの帽子を銀色の髪の上に被り、フリルで飾られたドレスを着けた可愛らしい姿ではあるが、なにか独特の気品というか、迫力のようなものを感じさせる。以前霊夢の中にいたときは霊夢自身の気分に影響されていたのか、あまりそういう風には感じなかったのだが。


 ただ、私自身の「身体」が事実上縮んでしまったという影響もあることはあるのだろう。こうして椅子の上に載せてもらっていても、テーブル越しに相手を見上げる恰好になってしまっている。


 彼女の脇には例によってあのエプロンドレスの女性、十六夜咲夜さんが立っていて、いくぶん視線を下げ気味にしたまま控えている。それこそ人形のように微動だにしていない。


「それでね……この子のことなんだけど、どうしたらいいかしら」


 霊夢がためらいがちな口調で訊く。


「どうしたらって?」


「いちおうあなたからの預かりものなわけだし……いったん返した方がいいのかなって思って」


「え? ああ……そうね」


 レミリアはすこし首を傾げる。


「でも、霊夢としてはどうしたいの? べつにいいのよ、預けた形にすると言っただけなんだし、そのままそっちにいたって」


「わたしは別に……どっちでもいいっていうか」


 霊夢がちらりとわたしを見る。


「まあ、本人の意向もまだ聞いてはいないけど」


 …………。


「……ふうん、そうなの」


 レミリアはかすかに口元に笑みを浮かべ、こちらに顔を向ける。


「なんだっけ、チビ霊夢? あなたはどうなの?」


『正直、私もどうしたものか分からない。まだ周りのことについては何も分からない状況だしな』


「そう……じゃあ、とりあえず今夜はわたしがこの子を預かりましょう。せっかくだから、すこし訊きたいこともあるしね。霊夢としても考えがまとまらないところもあるんでしょ?」


「うん……まあ、そうね。ちょっと自分でも気持ちの面ではっきりしないところがある感じだから」


「今夜は神社に戻ってゆっくり休みなさい。いろいろあって疲れたでしょうからね。ここに泊まっていってもらってもいいけど、自分の家のほうが落ち着くでしょう?」


「ええ、そうさせてもらうわ。また明日伺うから」


「そう。それじゃあ、そのときにまた」


 ふたりは椅子から降りて軽く握手を交わした。


 それから、霊夢は私の頭に手を置いて言った。


「それじゃ、その……また来るから」


「ああ。気をつけてな」


「うん……じゃあ」


 霊夢はややぎこちない笑みを浮かべ、小さく手を振って私から離れた。


「咲夜、門まで霊夢を送ってあげて」


 レミリアが言うと、咲夜さんは一礼して霊夢にうなずきかけ、一緒に部屋を出て行った。


 ドアが閉まると、レミリアはにやりと笑みを浮かべると、椅子に座っている私のそばにやってきた。


「なかなか面白いことになったものねえ……ねえ、チビ霊夢?」


「チビでいい。呼びにくいだろう」


「そう? じゃあそうさせてもらうわ、チビ。わたしもレミィでいいわよ。あなたみたいなちっこいのにレミリアって呼ばれるのもなんかヘンな感じだから」


『そうか? じゃあ、レミィ。あらためて礼を言う』


 わたしは椅子の上で立ち上がり、お辞儀をした。


『私にこの身体を提供してくれたのは貴女だからな。まだ自分が何者かもわからない身だが、いずれなんらかの形で報いることができたら、と願っている』


「それはいいのよ。わたしはただ面白いことが好きなだけ」


 レミィはわりと屈託の無い表情を見せる。


「ところで、さっそく訊きたいんだけど……チビ、あなたと霊夢との間で何かあったわけ?」


『何か……とは?』


「とぼけなくてもいいの。あなたは霊夢に惹かれてやって来た魂なわけでしょ? しかも結界を超えて来たのかもしれないっていうじゃない。だったら、とりあえずは霊夢の住まいであり結界の境目でもある博麗神社にいたほうがいいっていう理屈になるはずじゃないの」


『……まあ、そうなるかな』


「ところが、あなたはさっきわたしの質問に対して、どうしたものか分からないって答えた」


『…………』


「あそこで神社にいさせて欲しいって言えば、霊夢も嫌とは言わなかったでしょう。それに、霊夢だってすこしおかしいわよ。話の流れでいけば当分の間はあなたを神社に置いておくっていうのが自然でしょ」


『そうなのかな……』


「そうよ。だから、もしかすると二人の間がすこしぎくしゃくしてるのかな、という印象を持ったの」


『ああ……なるほどな。いや、実は……』



     **********



 南の空にはすでに白く輝く月が浮かんでいた。その光が湖側の門に通じる道を並んで歩く霊夢と咲夜の姿をうっすらと浮かび上がらせている。


「要するに、すごい勘違いだったわけよ」


 霊夢は苦笑しながら言う。


「てっきり、わたしの呼びかけに答えてチビが目覚めたんだと思ったの。だから、ちょっと妙に感動しちゃって……そしたら、魔理沙が起きてきて、経緯を話してくれたわけよ。で、アリスの協力があってこそのことだったって分かって。だからちょっとなんていうの……」


「肩すかしを食らった感じがした?」


「うん、まあ……っていうか、自分の思い込みがちょっと照れくさくて、ばつが悪いというか。それで、向こうもなんとなくそういうこっちの気分を感じ取ったらしいのね。だからなんと言うのか……お互いにどこか遠慮し合うような、へんな感じになったのよ」


「……分かります」


 咲夜は微笑む。


「でも、あれですね。そういう意味では、あの人形の中に宿ったかたは、とても細やかな心を持ってらっしゃるんですね。お声を聞いた限りではちっちゃい女の子のような声なので、ちょっと印象が違いますけれども」


「ああ、咲夜にはそういう感じに聞こえるの? やっぱり個人差があるのね」


「霊夢様にはどんな風に?」


「そうね……わたしはなんていうのか、中性的な感じ、かな。声の質としてはわたしに近い感じがするんだけど。喩えるなら、魔理沙がもう少し落ち着いてしゃべったらあんな風になるのかもしれない。結局、それぞれが頭の中であの子の思念を適当に声に変換してるようなものだから、ふだん聞き慣れている声に近い感じになっちゃうのかもしれないわね」


「ああ、なるほど……」


「そういえば、悪かったわね。今朝里で会った件、まだ内緒にしてくれてるんでしょ?」


「ええ、もちろん」


「まあ今となっては別にいいんだけど……でも、やっぱりあの後もいろいろと妙なが起きたから、わざわざ話すのもかえって心配させるわね」


「なにかあったんですか?」


「帰り道、藍が参道で待ち伏せしてたのよ」


「八雲藍……ですか?」


「そう。あの九尾の狐よ」


 霊夢はやや顔をしかめる。


「なんだか妙な理屈をいろいろとこねて、わたしと一戦交えたいって言ってきてね。しょうがないから相手したけど……あ、もちろん勝ったけどね。でも、久々に派手にやったから……たぶんあのおかげで、妙に気分が高ぶっちゃったんだわ」


「裏があるんでしょうか? 紫様がまた何か……」


 咲夜はかすかに眉を曇らせる。


「どうかしら? せいぜい、ちょっと様子を見てこい、ぐらいのものだと思うけど。あの一筋縄じゃいかないおばちゃんが何を考えてるかなんて、この程度のことで忖度してもしょうがないしね。いずれにしても、紫に大きな動きがあれば、そのときにはもっと周りでいろいろと兆しがあるでしょ」


「そうですね……」


 そんな話をしているうちに、彼女たちは門の前に到着した。近くに立っていた門番の紅美鈴が、少しあわてたように二人に向かって頭を下げる。


「それじゃあ、またね。あの子のこと、頼むわ。レミリアにもよろしく」


「はい。ですが、もしよろしければ、美鈴に途中まで送らせますが……?」


「ああ、いいのよ、お気遣い無く。もし湖の上で藍にばったり、なんてことがあったとしてもどうってことないし。これでも戦いに対する備えは常にあるわ。じゃあ」


 霊夢はそう言うと、咲夜に向かって軽く会釈をし、一瞬の空気を切る音を残してあっという間に夜空へと飛び立っていった。


「…………」


 咲夜はしばらくその光点が向かって行った先を見つめていたが、やがて、優雅にエプロンドレスの裾をふくらませて身体を翻し、屋敷へと戻って行った。



その11につづく

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