その1(まえがきを含む)
この小説は、同人サークル「上海アリス幻樂団」が制作している弾幕シューティングゲーム「東方Project」シリーズの一連の作品を原作とした二次創作小説です。作品の内容に関しては原作および原作者には直接の関わりは一切ありませんのでご注意願います。
はじめに:東方傀儡異聞の連載を始めるにあたって
この東方傀儡異聞は、同人サークル「上海アリス幻樂団」(主宰:ZUN氏)が生み出した弾幕シューティングゲーム「東方Project」の一連の作品がもつ世界観に準拠した二次創作小説です。
登場する主要キャラクターは一人を除いてすべてこのゲームのキャラクターをベースに描いています。ただし、二次創作ですので世界観にしてもキャラクターにしてもその人間関係についてもわたしの個人的な解釈が入り込んでいます。
できるだけ基本的なイメージからははずれないように努力していますが、「東方Project」のファンから見ると違和感がある表現などもあるかもしれません。その点はなにとぞご容赦下さい。
なお、わたしは個人的にはこの手のストーリー創作に関してはどちらかというとリアルめの方向でやっており、またパロディ要素などもほとんど入れていません。これはそういうのが嫌いだというのではなく、自分では巧くできないために回避しているというだけのことです。この点もご了承下さい。
また、「東方Project」の世界観について知識をもたないかたでも楽しめるように心がけて書いたつもりですので、ゲームをやったことがない方も、ぜひお試しになっていただければと思います。ちなみに私自身はシューティングの経験がまったくなかったのですが、とりあえず「東方紅魔郷」を苦戦しつつプレイ中です。
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東方傀儡異聞~御霊宿りし巫女の器
碓井央
1
「……誰?」という声がいきなり頭の中に響いて眼が覚めた。
「なによ……なんなの? なんで、わたしの中にいるの?」
……なんで、と言われても。
「うわっ……なにそれ。いや、いやいやいやちょっと待って。わたしは誰? わたしは……わたしは霊夢。博麗霊夢。幻想郷の博麗神社の巫女……だったわよね?」
ふうん、そうなのか。
「やっぱり、いる……わたしと別のなにかが……あなた、誰よ。名乗りなさい」
いや、そう言われても。
「ああ、もう!」
突然、身体が勝手に起き上がり、視界が開く。
部屋の壁、ふすま、畳。そしていままで私が横たわっていたらしい布団が見える。
「違うの。これはあなたの身体じゃなくて、わたし。わたしの身体。あなたはたぶん外からわたしの身体の中に入ってきた。これは分かる?」
ああ……なんとなく分かる。
つまり、あれか。私は魂だけの存在というわけか。
「そう。つまり、わたしはあなたに……いやその前に、あなた名前は?」
……分からない。
というか、ここはどこなんだろう? まずそこから教えてもらえないだろうか。
「幻想郷よ。さっき言ったでしょう」
身体が立ち上がり、動き出した。
「ああ……ちょっと待って。悪いんだけど、少しの間『言葉で考えないで』くれるかしら。なんだかね、あなたが何かモノを考えると、わたしはこうして口に出さないとうまく物事が考えられないの。それってものすごく効率が悪いから、ちょっとの間だけ『言葉を出す』のを停めていられるかしら?」
分かった。やってみる。
…………。
……よし、大丈夫みたいね。それじゃ、とりあえずどうしようか……とにかくこの状況を解決する方法を見つけなくちゃ。まったく、他所の異変を解決するのがわたしの商売だってのに、自分にこんなことが起こるなんて……。
えーと、まず布団をあげて、顔洗って……それから着替えるか。
☆★
さて……そしたら、あれね。やっぱり、誰かに相談しないとだめか。これはわたし一人じゃどうにもならないものね。魔理沙とか、あそこらへんじゃ無理があるし……いちばん手っ取り早そうなのはパチュリーか。あの子は、生粋の魔女だし。とにかくあの本の虫なら、とりあえず情報はたくさん持っていそうだものね。
よし、紅魔館に行ってみましょう。レミリアは寝た頃でしょうけど、まあ咲夜になんとかしてもらえばいいわ。
「ええと、なんだ……その、わたしの中のひと。とりあえず、もういいわよ。その……何か考えても」
……そうか、助かる。
何も想わないでいると、自分が消えてゆくような気がしないでもなくてね。
「あなた、割と落ち着いているのね」
自分の身体がないわけだからな。心だけの存在には動揺とか、感情とか、そういうものはないのかもしれない。
「ま、おかげでとりあえず支度も済んだし……いまから此処を出て紅魔館というところに行くわ。正直言うとね、わたしひとりでこの状況をどうにかするのはどうも無理っぽいの。なにしろ、このままだと自分の考えがまとまらないから。だから、知り合いに事情を説明して、周りからなんとかしてもらうしかない」
なるほど。
「それじゃ、行くわよ」
身体が建物から出て境内に降り立つ。
と、突然、視界が垂直に移動した。いったい、これは……?
「飛んでるのよ。下はこうよ」
頭が動き、下が見える。拝殿らしき建物の屋根、参道、鳥居。俯瞰の情景。
つまり、ここは空中ということか。
「そういうこと」
巫女って……空を飛べるのか。
「わたしはね。一応、そういう能力を持っているから。ところで、あなたはこの幻想郷のことを何も知らないのね?」
ああ……でもあれか、ここはなんというのか、その……『地球』なのか?
「地球……? ああ、もちろんそうよ。おそらくあなたがかつて居たところといちおうは地続きの世界よ。だいたい、考えてもみなさい、お互いに言葉が通じているじゃないの。たぶん、あなたは外の世界から来た魂なのかもしれないわね」
外の世界?
「ええ。幻想郷には強い結界が張られていて、外とは簡単には出入りができないようになっているの。あの神社はその境界、幻想郷の東の端に在ってね……わたしにはその境界を監視するという役目もあるのよ」
これから行く紅魔館というのは?
「簡単に言うと、吸血鬼の女の子が住んでいるお屋敷」
吸血鬼……人の血を吸って生きるというアレか。
「ええ。もうかれこれ500年ぐらい生きてるらしいわ。まあ見た目はとてもそんな感じじゃないんだけどね……」
知り合いっていうのはその吸血鬼?
「そう。まあ、今回用があるのはそこの地下にある図書館の管理人よ。知識だけはものすごい量を持ってるから、とりあえずなにか手がかりぐらいはつかめると思うの」
図書館があるのか……よほど大きな屋敷なんだな。
「まあ、ちょっとしたお城並みの設備ではあるわね。わたしのところとは大違い」
下の風景が次第に変わってゆき、深い森がみるみるうちに広がってくる。どうやら、相当な速さで飛んでいるらしい。
なんだか……霧が出てきたな。
「このあたりは『霧の湖』の真上だから。紅魔館はこの湖を超えた向こうにあるのよ。ただ、方向がつかみにくいのが難点なんだけど」
大丈夫なのか?
「まあ、いつもだいたい勘で行けてるから」
…………。
「なによ、信用できないの?」
いや、どちらにしても君にお任せするしかないし……迷惑をかけているのはこっちのようだから。
「……この際正直に言うと、この先、あなたにとってはあんまりいいコトが起きないかもしれない。わたし的には、なんとかあなたにわたしの身体の中から出て行って欲しいと思ってるわけだから」
まあ覚悟はしている。一つの肉体に二つの魂が同居するわけにはいかないだろうからな。たぶん、成仏し損なって迷いこんでしまったんだろう。さっさと追い出してもらった方が、お互いのためだ。
「ずいぶん潔いのね。それにしても、あなた自身のことは何も憶えていないの?」
憶えていないというか……なんと言ったらいいのかな。自分にとって『近い』ことは曖昧なんだ。逆に、『遠い』ことはなんとなく分かるような気がする。たとえば、住んでいた土地とかね。こういう自然の豊かなところではなくて、やたら建物がごちゃごちゃしたところにいたような気がするよ。
ただ、細かいことになるとどうもよく分からないが。何か知っているものを見れば、それが何かは説明できるような気もするがね。見せられた文字は読めるが、自分では文字を書くことはできない、というような……そんな感じだ。
「なるほどね……ただ、単なる死者の霊という感じではないのよねえ……だいたい、それならあの神社の中に入って来れるはずがないもの」
そうなのか?
「ええ。あの神社の建物自体にもかなり強力な結界が張ってあるから。まして、わたしの身体そのものに入って来たなんて、まさに驚天動地の事態よ」
そう言う割には、さっきよりはだいぶ落ち着いてきたみたいだな。
「わたし? まあ、こうやって話をしてる分にはね……一応方針も立ったし」
ところで……前の方に、何か来たみたいだぞ。
「え? ああ……どうやら向こうからお迎えが来たみたいね。好都合だわ」
薄くなってきた霧の向こうから、緑色の服を着けた女の子が姿を現した。空中に浮いているところを見ると、彼女もどうやら飛行能力があるらしい。
「あれ……霊夢さん、ですか?」
「悪かったわね、美鈴。こんな朝早くに出張らせちゃって」
「いえ、それは仕事だからいいんですが……お嬢様に御用ですか」
「たぶんレミリアはもう休んでるでしょうから、悪いけれど咲夜に取り次いでもらえるかしら。ちょっと火急の事情があってね……どうしても助けてもらいたいことがあるの」
「わ、分かりました。どうぞ、ついて来て下さい」
「ありがとう」
……彼女は?
「紅魔館の門番よ。屋敷の警備係というところね」
「はい? 霊夢さん、なにか?」
飛行しながら先導してくれていた美鈴という女の子が、けげんな顔つきで振り返る。
「ああ、いや。ごめんなさい、独り言よ」
どうやら、君が先方に事情の説明を終わるまではまたしばらくは考えを『停め』ておいたほうがよさそうだな。
「そうね……できればそうしたもらったほうが助かるわ」
その2へ続く