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二十五重の塔  作者: quiet
16/24

16 開放



「は? このエレベーター、パネルねえじゃん」

「そんなわけなくない?」


 誰が行くか、という話になり、おれと窓架が選ばれた。

 正確に言うなら、誰が残るかが先に決まって、決まらなかった奴らが探索に出ることになった。


 婆さんも容体が落ち着いたとはいえ、倒れたばっかりだ。いかにも心配そうにしていた百羽が、まず最初にあのコンビニの奥の部屋に残ることを決めた。次に「何かあったとき婆さんを担げる奴が一人はいた方がいいだろう」と、あずきが残ることになった。で、あぶれたのがおれと窓架。婆さんの部屋と薬を探して二人旅。


 その最初で、早速躓いた。


 エレベーターに乗り込んだのに、動かし方がわからない。


 何せ、二十五階建ての建物だ。階段を一階一階上っていくなんて、考えただけでげんなりする。とりあえず一階からエレベーターに乗って二十五階に飛んで、上から徐々に降りてくるのがいいんじゃないか。二人でそう決めた。


 そのエレベーターのある場所を探すだけだって、普段ろくに使いもしないから、結構骨が折れたのに。


「でもないだろ。普通ここにあるもんなんじゃねーの」

「そうだけど。……そうだけど」


 普通なら、ここに行き先を決めるための階数パネルがある。

 そこに、何もない。ただ壁があるだけ。窓架は未練がましく、そのあたりを爪でカリカリやっている。何かの蓋がされているだけで、上手くパカッとやればパネルが出てくるって言うならそれに越したことはないが、多分、そんなことはない。


 一旦、外に出た。

 呼び出せたってことは使えるってことなんじゃないのか? その呼び出しボタンに何か秘密があるのか。それともどこかへの直通のエレベーターになっていて、パネルが要らないのか。


 この状態で扉が閉まって、窓架だけ上に連れ去られてったら面白いよな、とか思ってたら、


「なんか今、ムカつくこと考えてるでしょ」

「いや、全然。世界平和について考えてた」

「玲が真面目な顔してるときってろくなことない」


 失礼なことを考えるだけではなく、直接言われた。


 窓架が外に出てくる。外に出た途端に、扉が閉まる。

 中のエレベーターが、どこかに行く気配はない。


「何これ」

「わかんねー。上の階に住んでる奴だけ使えるとかなんかな」

「不便な建物。ボロいし」


 な、とおれは同意して、


「そもそもこんなボロい建物の高層エレベーターなんて怖くて乗ってらんねーよな! 時代は階段だろ、行こうぜ!」

「けっ、もうこんな場所来ねえよ!」


 チンピラの物真似を二人で披露してから、渋々階段に向かうことにする。

 で、四階で階段が途切れたことに気付く。


「……すっごい嫌な予感がしてるんだけど」

「どんな予感だ?」

「〈塔〉が実は建設途中の欠陥住宅で、四階まで作って飽きて、上のところはハリボテで中にすら入れないっていう予感」


 まさか、とおれはそれを笑い飛ばした。だって、工事する以上は誰かしらがそこに出入りしなくちゃいけないんだから。わざわざ作って塞がない限りはそんなことにはならないだろ。


 これが作られた時代のことを思い出す。

 大混乱、直前。


「……まあ、もうちょっと調べてみようぜ」


 嫌な予感を共有しつつも、おれたちは階段を探してみることにした。


 にしても歩き出してすぐに、望み薄だっていうことにも勘付いてきた。なぜといって、そもそもおれたちが使っている部屋より先は、床に埃が目立つからだ。誰が立ち入った形跡もない。いくつかの部屋を通り過ぎるときにドアノブに触ってみると、手が汚れた。窓架が無言でそれをおれの腕になすってくる。おれもなすり返す。「セクハラ」と厳しい苦言が飛び、おれは世の理不尽について考えさせられる。


 階段は、なかった。

 代わりに、すごいものを見た。


「欠陥住宅?」

「いや、」


 なんだこりゃ、とおれたちは目を疑う。

 四階の、おれたちがいつも使う階段の、ちょうど対角線くらいの場所だ。


 壁が、崩落していた。


「元々こういうデザインって可能性もある」

「どんなデザインだ。……爆発? このへん、瓦礫が焦げてる」


 大穴が開いていて、瓦礫も転がっている。窓架の言う通り、その転がってる瓦礫の中には焦げ目のついたものもあって、自然に壊れたとか、そういう感じもしない。何か、意図的に壊された跡のように見える。


 その瓦礫を登っていけば、上の階まで行けそうだった。


「登ってみる?」

 窓架が言う。


 普通に考えれば、あの婆さんがわざわざこんなルートを取らなくちゃいけないような部屋に住んでいるわけがない。しかし、あの動かなかったエレベーターのこともある。他に探す当てがあるわけでもない。


「登るか」

 そう決まった。





 居住区じゃないぞ、というのが最初に思ったことだった。


 五階、六階くらいはまだおれたちも「ファミリータイプか?」と話すくらいだった。けれど、七階くらいからだいぶ様子が違う。廊下の幅が妙に広くなっていたし、外から見て想像できる間取りの感じが、明らかにおれたちの住んでいる四階みたいな形とは違う。どちらかというと役所がある三階に似ていて、つまり、人が住んでいるんじゃなくて、何らかの施設が詰まっている感じがする。


 その上、妙に――


「荒れてない?」


 古臭いのとは、かなり印象が違う。


 足跡が残っているわけじゃないが、扉や壁のそこかしこに傷が残っている。一部は新しくなっていて、それがかえって他の場所の朽ちた印象を強めている。


 窓もなければ、電気も点かなかった。

 おれたちは、携帯のライトを片手に、辺りを照らしながら歩いている。


「どうする。暗闇からバーンッて化け物が出てきたら」

「玲を盾にして、残機が一減る」


 残機扱いされながらも、結構ちゃんと、警戒は本物だった。

 何せ、残っている傷が何とも半端じゃない。熊の群れでも押し寄せてきたのか、それとも暴徒が武器を持って詰めかけてきたのか。ありそうなのは、おれたちが知らない混乱期に本当にここに暴動があったとかで、おれの頭の中ではどんどんと想像が膨らんでくる。訪れた食糧危機、〈塔〉の中で行われた生存競争、各階の住人たちはそれぞれチームを組み、血で血を洗う抗争を……


 十二階。

 音が、急にでかくなった。


「何の音? これ」

「〈塔〉が変形しようとしてるな。ロボットとして」


 真面目にやれ、と背中をどつかれる。

 が、満更冗談ってわけじゃなかった。十階にいるぐらいから、すでに俺たちの耳には届いていた。何らかの低い音が、ぶんぶんとおれたちの肌を揺らしていた。十一階でよりくっきりして、十二階になると水平に届く。


 歩いていくと、大きな扉がある。

 触ろうとしたとき、爪が当たって、ガン、と音が鳴った。


 鉄扉だ。


「……開けてみるか?」

「……みますか」


 絶対、婆さんの部屋ではない。

 が、おれたちは好奇心に負けて、その重たい扉を開いた。


 ライトで照らした先には、機械の群れが見えた。


「……工場?」


 ありえない、という気がする。


 重たそうな工作機械が、暗闇の中でごうんごうんと動いている。扉を開けた瞬間に音はさらにでかくなって、今の呟きだって、おれの隣にいる窓架の耳にまで届いたかすらわからない。部屋の中は冬にしては微妙に暖かく、少し上の方を照らしてみれば、もしかしたらこの部屋は上の階まで吹き抜けになっているのかもしれない。妙に高い。パイプが複雑に張り巡らされて、とてもじゃないが迂闊には入り込めそうにもない。


 扉を閉める。

 まだ耳に、じんじんと揺れるような心地が残ったまま、


「ボイラー室」

 と窓架が呟く。


「こんなにでかいか?」

「……あのさ、変なこと言っていい?」

「どうぞ」

「コンビニの商品が搬入されてるところって、見たことある?」


 数秒遅れて、窓架が何を言いたいのかがわかった。


「ここで作ってるって?」


 んなわけないんだけど、という顔を窓架はした。


 けれど、その一言をきっかけにおれはじわじわとそんな気がし始めた。ありえない気もするが、そういえばそもそも、この〈塔〉はコンパクトシティ構想を通り越してコンパクトタワーを作り上げたっていうのが触れ込みだ。学校と役所と食料品店と住居が一緒の建物に押し込められていて、そのライフラインの供給源だけはよそに頼むなんてことが――


「いや、ありえないだろ」

「なんで?」

「だってそりゃ、ここが工場になってたとしても、よそから材料運んでこなかったら製品もできねーだろ。無から何かが生まれるわけじゃねーぞ」


 数秒、窓架は沈黙していた。

 それから口元を押さえて、妙に上品な仕草で、


「そっか。確かに。なんでそんなこと忘れてたんだろ」

 と言う。


 もう一度扉を開けて、中に入って確かめてみるだけの好奇心はおれたちにはなかった。

 たまに、テレビの再放送で工場見学の映像が流れたりする。そこでは大抵の場合、レポーターはヘルメットを被って、新品の作業服を着て、専門家の付き添いと共に工場の中を歩く。おれたちはヘルメットを被ってもいないし、新品の作業服も着てないし、専門家の付き添いもない。危ない。


 後にして、さらに階段を登る。

 いちいちフロアが変わるたびにうろちょろ歩いていたものだから、ちょっとした遠足の気分だった。喉が渇いてくる。水筒でも持ってくればよかった、と話し合う。階段の途中で座り込んで、だけど明かりも何もないから落ち着かなくて、若さに任せてまたすぐに歩き出す。


 多分、二十三階くらいだと思う。

 急に、視界が開けた。


「お、」

 ライトを消したのは、要らなくなったからだ。


 その階は、ちゃんと電気が点いていた。そして、今までの部屋と違って扉がない――空間のパーテーションが存在しない。


 全体に、青色と白色で構成されたような、清潔な印象の空間。

 研究所っぽい、と思った。


「薬って、そういう?」


 呟く窓架と、顔を見合わせる。

 さっきのことを思い出す。工場みたいな音と、暗闇の中で動く機械。もしかしてここで全部作ってるのかな。そんなわけはないんだけど。


 そんなわけはないんだけど。


「まあでも、住んでるって感じの部屋じゃねーよな」


 それはそう、と窓架も頷いてくれた。

 さっきの工場みたいな区画もそうだったが、こっちはこっちで踏み入りがたいものがある。おれたちが入っていったことによって雑菌とかそういうのが混ざってバイオハザードでも起こったら困る。そんなZ級映画みたいな想像に背中を押されて、階段に戻る。


 もう一段、上る。

 今度は、急に見慣れた場所になった。


 無言のまま、おれと窓架は顔を見合わせる。二十四階まで登ってきた甲斐が、ようやくここに現れたと思った。


 おれちの住んでいる四階に、よく似ていた。

 居住フロアだ、と思った。


「手分けする?」

「いや、発見の感動を分かち合おうぜ」


 実際、四階の中でもおれたちが全然使っていない範囲と比べれば、こっちの方が古びていないくらいだった。高級ホテルとかと同じで、高層の方が待遇が良くなっているのかもしれない。床が汚れている感じも特にはなくて、というかそもそも、一つ下の階もそうだったけれど、急に傷がなくなった。補修されたのか、それともそもそも傷がつくような出来事がここでは起こらなかったのかは、よくわからない。


 ドアノブを握っても、汚れたりしなかった。

 回らないかと思ったが、回った。


「……事務所?」


 がっかりしなかったと言えば、嘘になる。

 思っていたのと、中の間取りはかなり違った。


 おれたちが住んでいる部屋みたいに、中に入って玄関で、風呂とトイレに続く扉が横にあって、リビングに行くにはもう少し奥行きを……という感じじゃない。普通に、開けたらすぐに部屋。


 それで、色んなものが積んである。

 この部屋は、たとえば普通に段ボール。


 一旦、他の部屋も見て回ることにした。


 色々だった。たとえば、何かの書類が積み上がっている部屋もある。さっきの段ボールの部屋みたいに、何か得体の知れないものが倉庫みたいに詰め込まれてる部屋もある。一番驚いたのは、どうも三、四部屋をぶち抜いて作ったみたいで、SF映画で見たサーバールームみたいにいくつもの機械が城みたいに鎮座している部屋もあった。


「もう一階上か?」


 おれが一応、気休めにそう呟いたとき、窓架はかなりげんなりしていた顔をしていた。そりゃそうだった。ここまで登ってきて、ようやくここだと思ったところも空振りに終わりそうで、意気消沈しないわけがない。もう一階上だって、どうせそういう場所なんだろうなという気がしてくる。


 しかしおれたちも、百羽とあずきに留守番させてまでここまで来ている以上、半端なところで帰るつもりはなかった。だからその階だって諦めないで、最後の部屋の扉まで開いて、確かめた。


 最後まで、何の変哲もない部屋だった。

 というより、今までで一番だったかもしれない。殺風景な、窓のない部屋。机と椅子があって、机の上に一台のパソコンがあって、それ以外は何もない。


 と思いきや、


「あれ」

 窓架が指を差した。


 机の横に、カレンダーがかけてあった。ただのカレンダーじゃない。確か、ニュースの再放送で見たことがある。お薬カレンダーとかいうやつ。カレンダーの各日付ごとにポケットがついていて、その中にその日の分の薬が入ってるってやつ。今日は二月の十三日だから、大体半分が飲み終わっている。


 その下。

 白いケースが机に置かれていて、そこから何かの袋が頭を覗かせている。


 それは、コンビニの奥でおれたちが見つけた薬の袋と、よく似ていた。


「っしゃ!」

「クリア!」


 おれたちは、満面の笑みになった。

 散々歩かされたが、これで目的を達成できたのとできなかったのでは、天地の差がある。歩いてきたのが報われた。おれたちはひとしきり手を打ち合って喜ぶ。


 それから、ほとんど同時に、その部屋に踏み込む。




 思い出した。




 たとえば、パソコンを操作しているときに、過度の負荷をかけるとギュインギュインと中身が音を立てることがあると思う。おれはあれが、単純に中でエンジンみたいなものが回っているからなのか、それとも過熱してきたのを冷却するためにファンが回っているだけなのか、よく知らない。でも、そういう場面に実際に遭遇したことがあるから、そういう風に今の自分を喩えることができる。


 脳が、

 負荷に耐えかねて、寿命を縮ませそうなくらい、


 見えている。聞こえている。匂って、感じて、ものすごい速度で浮かび上がって、そういう全部が、配列し直されていく。これは過去なのか? それとも、それ以外の何か? 脳が困惑している。何をどこに入れたらいいのかわからなくなって、きっと、新しい箱を用意している。時系列順に、今蘇る全てを、その箱の中に押し込めていく。


 最初は、図書館だった。

 旅をしている、とその女は言った。何となく奥行きが見通せなくて、不思議な雰囲気がした。話しているうちに、結構打ち解けた。向こうも多分そう思っていて、でも、あずきが来た。言った。こいつは――と。それで、次は、


 教室に。

 ずっと前から知っているんだって、思い込んでいた。思い込んでいただけじゃなかったのかもしれない。繰り返していた。三人の教室が四人になって、それを自然なことだと思って、何度も受け入れていた。何度も何度も何度も。だけど、その女は決して元の形を変えたわけじゃない。元々の形が、不意に顔を出す。身体が変わる。人間じゃないところが出てくる。そのたびに自分でも困惑していて、なんでそんなことになるんだよって傍から見ると思うけど、


 最後、

 階段で、割れた窓ガラスに、


 おれも、



 肘が、軽く当たった。

 うたたねから覚めたみたいに、無理やり意識が動いた。頭がぼうっとする。反射的に、肘が当たった先を見る。


 窓架と目が合う。

 ばちん、とそれで、目が覚めた。


 おれたちは、前後左右を見失ってぶつかり合う。いまだに身体がふらふらしてるし、何をやっていいかわからない。それでも思い出す。目的。薬。


 取りに来たんだ。


 取って、大慌てで部屋を出た。


 大してでかくもない部屋の扉を、子どもみたいに二人で引っ張る。ばたん、と思い切り拒絶するみたいな音がする。眩暈がして、おれは薬の袋を片手に壁に凭れ掛かる。窓架はそれどころじゃない。壁を背にして、へたり込む。


 しばらく、呼吸の音だけを交わし合う。


「――私たち、」

 それから窓架が、言った。


「人間じゃなかったの?」



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