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二十五重の塔  作者: quiet
15/24

15 事件



「〈塔〉って最新式っていうけど、絶対嘘だよね。寒いし、ぼろっちいし」

 と百羽が言う寒くてぼろっちい部屋は、おれの部屋だった。


 寒くてぼろっちい部屋に戻ってきて、コートを脱ぐ。百羽は持って帰ってきた冬服を、なぜかおれの部屋に置く。おれは暖房を入れる。手を洗う。うがいをする。手を拭く。


 ぎゅっ、ともう一度手を握られる。


「……なんすか、これは。国南さん」

「寂しいのかと思って」


 国南家の実家を出てから――というか、出る前から、ずっとこの調子だった。


 今日、急に冬が来た。別に珍しいことじゃなくて、昔はどうだったか知らないが、最近のこの国の季節はずっとそんな感じだ。寝苦しいぜと冷房をかけてみたり、毛布も何も被らないでベッドの上で大の字になって寝ていると、ある日「凍死する!」と叫んで起きる朝が来る。それが今日のことで、おれは部屋の中から冬服を急いで引っ張り出して、一方百羽はといえば毎年律儀に衣替えをするタイプで、しかも保管場所はここからそれなりに歩く実家と来て、だから、付き添いでおれも一緒にそこまで行った。


 で、今はいかにも「ふふふ」な顔で百羽に手を握られて、見上げられている。

 弱みも握られている。


「冬はねえ。理由もなく寂しくなっちゃうよねえ。わたしもそういうときあるよ」


 頭も撫でられている。

 おれは両瞼を閉じるか迷い、迷った果てに「いやこれも通じなかったら終わりだ」という怖じ気から、何もしないことを選んだ。


 そのままこたつまで移動させられる。座らされる。勝手に電源を点けられて、身体を温められる。

 がさごそと、百羽は冬服の入った袋を漁り始めて、


「じゃーん」


 何かおかしな高揚を見せながら、カーディガンを顔の下に合わせる。


「どう? 似合う?」


 おれの頭の中には選択肢が浮かぶ。


 一、似合うよ。可愛いね。

 二、去年も着てただろ。一昨年も。

 三、


「これ何が始まった?」

「楽しいファッションショー」

「なんで」

「だって玲ちゃん、元気ないから」


 元気は、なくはない。

 単純に、戸惑っているだけだ。


 ついさっき、国南家の天井裏を覗き込んでおれは、急に涙を流し始めた。その理由が、全くわからない。考えられる可能性としては、天井裏の埃がすごすぎたか、あのとき目が合った蛇が有毒ガスを散布してたかして、おれの眼球がビーッビーッと緊急警報を発令、とんでもない量の涙を流すことで表面に付着したそれを洗い流そうとしたのではないかというものがあるが、それを百羽に話してみたところ、反応はこう。


「うんうん」

 生暖かい目で。


 実際、百羽の言うところもわからなくはなかった。冬になると、というか年に二回の季節の変わり目は、身体が気温の変化に慣れないのもあって、風邪気味になったり、何となく頭がぼーっとしてきたりする。百羽とあずきは比較的こういうのがへっちゃららしいが、窓架はこういうのが全然ダメで、おれもそこまでではないが、そこそこ苦手な方だから。


 弱ってるんだと思われて、気を遣われている。

 まあ、大切にされていると思えば、悪いことでもないのかもしれない。


「あ、ねえこれどう? 多分お母さんのだと思うんだけどさ、全然着れそうじゃない?」

「いいんじゃん。さっきの毛玉だらけのセーターよりは」

「余計なこと言わなくていいの」

「毛玉取れよ」

「毛玉取ったらぺらぺらになっちゃうでしょ。繊維が減るんだから」

「セクシーじゃん」


 百羽の手が持ち上がる。

 こら、とそれが振り下ろされて、頭にやわらかい感触が残る。


 ま、とおれは思う。

 悪くない。





「玲ちゃん、美味しいでちゅか~?」


 前言撤回。

 そのまま三時間、部屋に居座られている。


 いつになったら部屋に戻るんだろうと思っていたら、帰らないまま夜の七時まで来た。夕食まで一緒に囲む羽目になっていた。そのうち気が済むだろうと大人しく流していたらどんどん百羽はエスカレートし、もうすっかりおれのことを赤ちゃんか小動物みたいなものだと思い込んでいる。


 しかも、その「美味しいでちゅか」と訊かれているカレーは、ついさっきおれが作ったものだ。


「……百羽」

「ん?」

「なんかそっちもおかしくなってるぞ」


 おれが泣いていたのと同じようなことが起こってるんじゃないか、という気がしてきた。


 つまり、おれの方は涙が止まらなくなっていたけれど、百羽は百羽で猫かわいがりが止まらなくなっているんじゃないかということを、おれは理路整然と話した。にやにやしながら百羽はそれを聞いていた。おれの頭の中には選択肢が浮かんでいる。


 一、窓架を呼んで「何この空間きもちわる」と言ってもらう。

 二、あずきを呼んで「俺だって可愛いぞ」と対抗してもらう。

 三、


「……まあいいや」


 諦める。


 おれは、百羽の方から目を逸らしてテレビを点けた。もうそろそろ「でも心配してもらってるんだから」という気持ちがなくなってきた。百羽は普通に楽しんでいるだけだ。おれが弱っているのを。


〈塔〉のテレビに映る番組は、全部が再放送だ。ニュース。食リポ。スポーツ。

 アニメ。


 懐かしいな、とそこで手を止めた。


「あ、玲ちゃん。ダメだよ食べてるときにテレビは」

「なんで」

「わたしが『ダメだよ食べてるときにテレビは』って言いたくなっちゃうから」


 たまにホームドラマの再放送でそういう場面を見たりするが、おれはあのセリフの意味がわからない。そして百羽もわかってない。ただ、この部屋の中でホームドラマを再現しようとしている。勘弁してほしい。実の母親にだってここまで母親面をされたことはない――


『母さん! おれ今日晩飯外で食ってくる!』

『ちょっと! ……もう。最近あの子、何やってるんだか』


「――百羽」

「おかわり?」

「おれたちの親って、今どこにいるんだっけ」


 きょとん、とした顔を百羽は見せた。

 さっきまでの、あの変な空気がどこかに行った気がする。もしくは、その変な空気の核心部分に触れたような気がする。もやもやとした霧の中に、首を突っ込んだような気分になる。


 今観ているテレビでは、ほんの一瞬の間で済まされたシーンだった。


 子ども向けのアニメだから、何となく話の流れは想像がつく。この後、この主人公っぽい男の子は、何かの事件に関わるんだろう。バトルしたり、推理したり、何のジャンルだかわからないから――いやでも、そうだ、このアニメは確か『みらすく』って名前で――本当のところ何をするのかはわからないけれど。その事件を解決して、家に帰って、「やっぱり家は落ち着くぜ」とか、そういうことを言うんじゃないか。


 おれたちの家は、ここだけど。

 おれたちの親は、どこにいるんだっけ。


「それは……あれ?」


 あずきとか、窓架とか。

 二人の顔を思い浮かべる。あの二人の家族の話も、そういえば一度も聞いたことがなかった気がする。百羽とも、これだけいつも一緒にいるのに。実家に物を取りに行くときだって、あの獣道を一人じゃ危ないからって、いつも付き添ってるのに。家族のかの字も聞いたことがない。


 そもそも。

 おれたちは、どうしてここにいるんだったっけ。


 インターフォンが鳴った。


 おれはびっくりする。肩を揺らす。百羽も同じだった。ちょっと顔を見合わせる。立ち上がる。


 二人でモニターを見る。

 誰も映っていない。


「玲。中にいるのはわかってるんだぞ」


 玄関の前から、知った声がする。

 ふっと息を吐いて、おれはさっさとそっちに向かった。


「なんで包囲した警察なんだよ……そんでなんで半袖なんだよ」

「寒くないの?」

「寒い。冬服が見つからなくてな。借りにきた」

「まあいいけど……窓架は?」

「暖房壊れてる。点かない」

「うわ、かわいそ」

「直す? あ、わたしの部屋?」

「そう。とりあえず今日泊めて」


 あずきと窓架だった。


 おれは、早速あずきのためにオーバーサイズの上着を見繕ってやる。早速あずきがこちらで着替えていく。言う。「ありがとう。大切にする」「いや冬服見つけたら返せや」一方で百羽は窓架に「今こっちでご飯食べちゃってるから、先入ってて」と鍵を渡す。鍵を受け取りながらも、窓架は部屋の奥を覗き込んで「へえ……」と完全にカレーを食べる目になっている。あずきもこっちを見ている。


「わかったよ。食ってけ」

 とおれは言うしかない。


 この恩は一生忘れないだとか、ごちだとか、そういうことを言いながらふたりが部屋に入ってくる。懐かしいなこのアニメ、とあずきが言う。懐かしいんだこのアニメ、と窓架が言う。おれはカレーをもう一度火にかける。明日の分にするつもりだった米を分けて、レンジに詰める。その間に百羽がおれたちの食べかけの皿を、四人掛けのときのいつもの配置に移動させてくれる。


 もう一度、おれの頭に疑問が浮かぶ。


 おれたちは、どうしてここにいるんだったっけ。

 まあいっか、と鍋をかき混ぜながら、おれは思った。


 今が幸せなら、何だって。





 それからしばらくは、なんてことのない日々が続いた。

 波乱といえば、まずは教室のストーブがぶっ壊れていたことが発覚したこと。これには穂ノ倉窓架さんが、


「死ぬわ」


 と大変なお怒りで、しかし素人エンジニアの志杖玲くんでは何となくの間に合わせの修理はできても、不完全燃焼で教室に有毒ガスが滞留して全員死んだときの責任が全く取れない。担任に直訴して、一週間後くらいには新しいものを入れてもらった。何となく、ずっとあったもののような気がしていたから、寂しくも思う。


 次に、央都推薦の話が出た。


 第一候補は志杖玲くんだった。が、特に央都まで行って学びたいこともない。お断り。その後他の三人にも打診が行ったのかはよく知らないが、この件について国南百羽さんはこうコメントした。


「わたしは行かないよ。玲ちゃんが寂しくなっちゃうでしょ」


 そこまで言うならと目を瞑ってみると、「キス待ちすな」とちゃんとチョップが飛んできた。安心するやら、何とも言えないやら。


 後はまあ、強いて挙げるなら〈塔〉の周りが動物園になっているくらい。急に来た冬に驚いた野生動物たちが、暖を取りにきたのか、灯りに吸い寄せられてきたのか、それともいよいよおれたちの住処を奪いにきたのか、時折は声を響かせながら、〈塔〉の周辺をうろつく気配がある。この件について、おれと一緒に調査に出ていた芳尋堂あずきさんはこういう推理を披露した。


「あの声……キリンじゃないか?」


 ちなみに、キリンの鳴き声を聞いたことはないそうである。


 という具合に、本当に、大したことは一つも起こらなかった。全ての日々は流れていくばかり。今日は昨日の続きで、明日は今日の続き。そういう暮らしばかりの中で、おれたちはあと一年と少しの学生生活を、のんびりと楽しんでいた。


 それでもある日、事件は起こった。





「なんで作りもしなければ渡しもしない奴らが材料の買い出しについてくるんだ?」

「リクエスト」

「リクエスト」

「リクエスト」


 異様な息の合い方を見せるクラスメイト三人を引き連れて、コンビニにいる。

 二月十三日のことだ。


〈塔〉には大して娯楽がない。強いて言うなら図書館と、テレビの再放送くらい。おれは一応教科書を読んだり参考書を片手に問題集を解いたりするのも娯楽の一つとして数えているが、他の三人からは特に認められたことがない。おかしな奴だと思われている。


 というわけで、おれたちのシーズン行事への参加率はそこそこに高い。

 たとえば、バレンタインデーとか。


「わたしホワイトチョコがいいな~」

「俺は何でもいいぞ。強いて言うならクッキーかな」

「私は手間がかかったやつ。手間賃分得するから」

「こんにちは、ホワイトチョコさん、クッキーさん、手間がかかったやつさん」


 作る人と貰う人の比率がおかしく、一対三。

 しかも図々しいことにこいつら、ただ貰うだけでは飽き足らず、何が欲しいとかこれがいいとか、そういうことを言いながら買い出しにまでついてきた。


 まあでも、「こんなの要らない」って言われるよりはマシか。


 ついでに買い物カゴに今日の晩飯も詰めていたら、「チョコの隣にそういうの置かないで」と百羽に苦言を呈された。なんで、と訊くと「ロマンチックじゃない」と言ってくる。いつも自炊してるのと同じキッチンでチョコが製造されるのはいいのかと訊くと、「製造って言わないで」「あとそれは……目を瞑る」とのことだった。気にせず豆板醤をカゴに放り入れると、「うあー」とのこと。


「麻婆豆腐もいいな」

「一理ある」

「じゃあそっちの二人は明日のバレンタインは麻婆豆腐な」


 後は会計。

 いつものようにセルフレジに立つ。珍しく窓架が手伝ってくれた。あずきはいつも袋を大きく広げて待ってくれている。珍しく、百羽が何もしない。


 きょろきょろと辺りを見回して、


「おばあちゃん、いないね」

 と言った。


 誰のことを言っているのかは、すぐにわかった。コンビニにはいつも、店番の婆さんが座っている。いつ見ても寝ていて、ライオンとかコアラの仲間なのではないかという説がおれの中で濃い。


 そういえば最近、その婆さんを見ない。


「でもおでんとかは出てんだろ。シフト変わったんじゃね」

「でも、ポテト出てないよ。からあげも」


 そういうことか、と思った。

 腹ペコらしい。しかしチョコの隣に普通の食べ物が並べられることを嫌がった手前、一緒のカゴに総菜を詰め込むわけにもいかず、ここで色々頼む算段をしていたんだろう。


 しょうがない。


「すみませーん」

「うわあぁっ。いいから、そんな」

「腹減ってんだろ?」

「減ってないっ」


 普段は平気で人前で腹をぐーぐー鳴らしているくせに、妙なところにこだわりがあるらしかった。が、人は空腹では生きられない。もう一度呼び掛けてみる。


 出てこない。


「いないのか」

「いても寝てるでしょ、あの婆さん」


 あずきと窓架も、同じ方を見る。しかし、とあずきは続けて、


「そう言われたらおれもからあげポテトが食いたくなってきたな。…………」

「なんすかその視線は、芳尋堂さん」


 作ってくれないかと、と悪びれもせずに言う。いいんじゃない、と無責任に窓架も続けて、


「どうせ、勝手に取って勝手に食ってるだけなんだし。勝手にホットスナック作って勝手に食べて勝手に払っちゃえばいいじゃん。向こうも仕事の手間が省けて喜ぶでしょ」


 秩序というものをどれだけ軽視していればこんな言葉が出てくるのか、おれは不思議でならないが、実態としてはまさにそのとおり。


「しゃーねえなあ」


 ちょっと見て、いけそうだったらやってやろうと思った。

 あの婆さんなら、そんなに気にすることもないだろう。いや、起きてるところを見たことがないから、単なる想像だけど。一旦精算は終えてしまう。カウンターの中にいきなり入り込むのはハードルが高いから、こっち側から向こうを覗き込んでみる。


 がたん、と音がした。

 カウンターの奥の扉の、さらに奥の方から。


「やっぱいんのかな」


 婆さん以外の誰という気もしなかった。すみません、ともう一度呼び掛けてみる。

 返事はない。


「…………」

「おい」


 百羽が、無言のまま動き出した。


 さっきまでの逡巡がどこへやらだった。カウンターの奥に入っていって、一秒の躊躇もなく扉を開ける。自分の家でも闊歩してるのかというくらいの堂々ぶりで、全ての扉を開けていく。


「――おばあちゃんっ」

 ただならぬ声を上げるから、おれも慌てて追いかけた。



 婆さんが、床に倒れていた。



 寝てるだけかもしれない、という安易な期待はすぐに捨てることになる。こたつがあるのに、その中に入っていない。畳に突っ伏している。湯呑が倒れてそのままになってる。百羽が呼び掛けている。


「動かすな!」

 おれは叫んで、その隣に座り込む。


「他の二人は薬漁っとけ、そのへんの棚!」


 呼吸と脈拍を確認する。どっちもあるが、脈拍のテンポがおかしい。頭から出血してる様子もないし、打撲痕みたいなものも見当たらない。心臓発作か何かか?


「婆さん、薬! 薬飲んでんのか!」


 幸いなことに、うっすらと婆さんの目は開いている。これ、と窓架が見つけて袋をぶん投げてくる。百羽がそれを受け取って、


「ど、どれ! おばあちゃん、薬どれ!」


 目の前に掲げるけれど、目がどれくらいきっちり働いてるかわからない。おれはでかい声でその薬の特徴を言う。カプセルのと、黄色いのと、丸っこい白いのと、ヤバイ丸っこい白いのが二つあるカタカナの名前を読み上げるしかない婆さんが薬の種類までちゃんと覚えてなかったら終わり――


 指差した。


「水!」


 と、そのときあずきがちょうど湯呑の中身を捨てて水道水を持ってきてくれる。飲ませる。二度三度、咳き込みはした。呼吸が楽になりそうな体勢を取らせる。これでダメだったら流石に手術なんかできないぞ、と固唾を飲んで見守る。


 婆さんがの呼吸が落ち着き始める。

 緊張から解き放たれて、おれたちは息を吐いた。





「狭心症がニトログリセリンだろ? んじゃこれ何なんだよ」


 婆さんを寝かせたままの部屋で、ようやく多少は落ち着けた。


 だからおれは、薬のシートを手に取る。残念ながら、薬の説明書は見当たらなかった。だから、わけのわからないカタカナの羅列が印字されたこのシートだけが手がかり。


 婆さんは眠っている。

 寝息は穏やかだが、目覚める気配はない。さっきの病気のせいなのか、それとも元々おれたちが見ていた居眠りのアレと同じ状態なのか。医者でもないから、判断はつかない。


 百羽が、心配そうにその顔を覗き込んでいた。


「さあ。私たちに訊かれても」

「というかそれ、シートが少なくないか」


 そうなんだよな、とあずきの言葉におれは頷いた。


 婆さんが指を差して、飲ませて、それでどうにか症状を収めてくれたらしいこの錠剤。残りの数が三粒で、いまいち心もとない。どのくらいの頻度で飲むものなのか。このまま婆さんが眠ったままだとしたら、他の無数の薬も飲ませられない。日常的にこのへんを服用してるとしたら、当然婆さんの容体は飲んでいない間は悪化していくわけで、この緊急用の薬が必要になる可能性もその分高くなる。


「しまってねえの?」

「ない。と思うけど。薬はここにまとめて入ってたみたいだし」

「案外コンビニに置いてあるんじゃないのか?」


 あずきの一言で、まさかと思っておれたちはコンビニの中を探索した。

 まさかそんなことはなかった。コンビニに置いてあるのは、いかにも市販品ですというような薬だけで、こういう専門性の高そうな医薬品は置いてない。


 となると、


「婆さんの部屋にストックがあるかどうかか」

「この人ってここに住んでんの?」


 他にどこに住むんだよこんなとこの、と言えば、確かに、と窓架も頷く。

 でも、この婆さんをおれたちは、コンビニの他で見たことがなくて、


「上かも」

 と、百羽が言った。


 視線が天井を向く。多分みんな、思い返している。自分たちの住んでいる四階で、他に人が住んでそうな部屋はない。となると、もっと上。


「五階より上か?」



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