I will always be with you.
僕がその人と初めて出会ったのは5つになった誕生日の夜だった。
沢山のご馳走に甘いケーキ。抱えきれないほどのプレゼントに会う人会う人から送られる祝いの言葉。
全てがキラキラしているかのようなとびきり素敵な一日はあっという間に過ぎ去った。
パーティが終わり客人が帰って、夜の支度を終え寝台に寝かしつけられても興奮は冷めなくて、苦笑したメイドが早くお休みになるんですよ、と部屋から去っていっても目は冴えたまま。
その日の晩は満月で窓からは煌々と輝くまん丸の月が見下ろしていた。
月明かりは「まだこの特別な一日を終わらせるには早いよ!」と訴えるかのようで、ドキドキと高鳴った胸はますます目をぱっちりさせていく。
ついには寝台に寝転んでいることに飽きて、もぞもぞと僕は起き上がった。
ベッドサイドの机には、父さまからの贈り物が置いてある。宝箱みたいな形をしたそれはオルゴールで、僕の「かあさま」のものだという。
「かあさま」は僕がまだ赤ちゃんの頃にお空へ行ってしまったのだと父さまは寂しそうに言っていた。
ネジを回して、ポロンポロンとなるオルーゴールを眺めていたら窓の向こうで、だれかが動いた気がしたんだ。僕の部屋は二階で、窓の向こうに誰かがいるはずがない。
それなのにその時の僕は不思議と確信に近いものをもっていた。
「かあさま……?」
かあさまはお空にいるんだから、お空だって飛べるだろう。それに今日は僕の誕生日。
「かあさま」がお祝いに来てくれたって何もおかしいことはないじゃないか!
椅子を引きずって窓際に置いた僕は、その上に飛び乗ると背伸びする。窓は重くてぴくりともしない。だから開くように思いっきり押した。
「きゃあっ!?」
思わずびくっと体が震える。
ゴンっという窓に何か当たる音と一緒に小さい、だけれど間違いなく女の人の悲鳴が聞こえた。
「……」
思いっきり押してしまったから、ぶつかったしまったのかもしれない。怒られ……るだろうか。おそるおそる外を覗き込んだ僕は息を呑んだ。
開け放たれた窓の向こう。月の満ちた空の上。
闇に呑まれたような黒い髪に、お月様みたいな金色の瞳。そこには、額を赤く腫らした綺麗な女の人が箒に腰掛けて浮いていた。
「……かあ、さま?」
この人が、僕の「かあさま」?
「……人にものを聞く前にまずはいうことがあるんじゃないかしら」
にこりと笑って自分の額を指差したその人に僕はハッとした。この笑い方は、父さまが怒った時と同じ笑い方……!
「ご、ごめんなさい……!」
慌てて謝ると、その人は瞳を細めた。今度は、柔らかい優しい笑みだ。それからその人は僕と同じように謝った。
「こちらこそごめんなさい。気ままに空中散歩していたとはいえ、こんなところにいた私が悪かったわ」
大人なのにその人の謝り方は丁寧だった。
家庭教師の先生みたいに偉そうじゃなくて、そうか、こんな人が父さまがいつも目指すようにいう“りっぱなひと”なのかなと思った。
「それから、私はあなたの母親じゃないわよ少年」
「えっ!」
がーん!と衝撃が走る。
「かあさまじゃないんだ……」
「……そうショックを受けることじゃないんじゃないのかしら。私は魔女よ?母親が魔女だなんて嫌でしょう」
少し呆れたようにするその人に、僕は首をふるふると振った。
「今日は僕のたんじょうびだから、かあさまが会いにきてくれたと思ったのに……」
「……」
「それに、あなたはきれいだし、“りっぱなひと“だし、お空もとべるんでしょう?僕、かあさまがいるならそんなすてきなかあさまがいいな。そしたら父さまにもじまんするのに……」
きょとん、とその人は目を瞬かせた。
「父様に自慢するの?」
「うん、僕のかあさまはこんなにすごいんだよ!って教えてあげるんだ」
パチパチと目を瞬かせて、それからその人は吹き出した。くしゃりと顔を歪めて、くすくすと可笑しそうに笑う。
「ふふっ、きっと父様笑っちゃうわね」
「??」
「おばかさんねぇ、魔女が母親で喜ぶなんて。あー、おかしい」
その人は笑い続けたあと、はー、と息をついてこちらを見た。
「笑わせてくれたお礼に、誕生日のお祝いをあげましょう。少年、何かひとつあなたの願いを叶えてあげる」
「ほんと!?」
「えぇ、魔女に二言はないわ。お菓子を山ほど?それともおもちゃをたくさん?何がいい?」
お願い事。なんでも。
「おかしもおもちゃもいらないよ。ただ、僕の“かあさま“に会ってみたい」
笑みを浮かべていたその人は、僕の言葉に困ったように眉を下げた。
「……あなたの母親は、どうなっているの?」
「僕が赤ちゃんの時に、お空に行っちゃったんだって」
「そう。……悪いわね、流石の私にもあなたの母親に会わせるのは難しそうだわ」
がっかりした。“かあさま“に会えると思ったのに。でも、寂しげに微笑するその人に、なんだか悪いことをしたような気分になる。だから慌てて僕は首を振った。
「いいの!無理ならいいんだよ!」
その人がとても悲しそうな顔をしたから、僕はいっぱい考えて、なんと、とてもいい案が浮かんだ。
「僕、またあなたに会いたいな!」
「えっ?」
「それならいいでしょう!?」
この素敵な人に、また会えたら。
そうだ、それがいい!なんて名案なんだろう!
ワクワクしてそういえば、その人はまた驚いたように目を瞬かせた。
「私に?」
「うん!」
「……本当におかしな子」
どこか呆れたように呟いたその人は、ふっと笑った。
「いいでしょう、それならまた来年、あなたの誕生日の晩」
白くて温かい手が僕の頬を撫でる。
ふわりと、優しい花の香りがした。微笑んだその人の指の先から光が溢れ出す。
「優しき子に祝福を。あなたの母親もきっと喜んでいることでしょう」
その指先が空を指したとたん、チカリと光が瞬いた。
「う、わぁ……!」
数えきれないほどの流れ星が空を駆け抜けていく。まん丸の月の横を、キラキラと飛んでいく。
キラキラ、キラキラ。見たこともないくらい沢山の星の瞬きは、とってもとっても綺麗だった。
気がつけば僕はいつのまにかベットの上で、窓からは朝日が昇っていた。小鳥のさえずりもメイドたちの気配も、全てがいつも通りで昨晩のことは夢だったのではないかと思うほど普通だった。
だけれど次の瞬間には、胸が高揚で満ちた。だって手のひらの中には、夢でないのだと言うかのように見たこともないような綺麗でキラキラした星のかけらみたいな水晶が握らされていたのだから。
それからその人は毎年僕の誕生日の晩にだけ、気まぐれに姿を現わすようになった。
「6歳になったんだよ!」
「まさか約束を覚えているとは……。おめでとう、背が伸びたわね」
「7歳になったんだ!あと馬に一人で乗れるようになったんだよ!」
「あら凄い。あとお誕生日おめでとう」
「8歳に……うわぁ!?」
「毎年同じでも芸がないでしょう?驚いた?魔女のびっくり箱」
周りの大人たちとは違う、のびのびと自由で気ままなその人の空気は不思議と心地よくて、誕生日の晩の夜更かしは楽しみのうちの一つになっていた。
段々と魔女というものの世間での扱いを理解していくにつれても、その人の訪れが楽しみなことに変わりはなかった。何より、僕の中でその人と世間で言われる「魔女」の間にはとても大きな差があって、僕の周りにはその人よりずっと「魔女」らしい人間があふれていた。
だからその人を「魔女」だとはどうしても思えなかったのかもしれない。
父の再婚話が持ち上がったのは12になる年だったと思う。相手は優しげな女性で、母を亡くして長いのだからいい加減独り身は寂しいだろう、もう幼い子供でもないのだから父親の幸せを思ってやれと周りの人間はみな口を揃えた。
父の幸せを願っていないわけじゃない。だけれどどうしても心から笑うのが難しい。
12の誕生日は再婚話ばかりする親戚たちに客人、そしてその女性がいて、少し息苦しかった。
「あなたが……本当に僕の母上だったらよかったのに」
そんなことを零したのは多分、少し気弱になっていたからだ。その人は少し目をみはると小さく溜息をついて僕の頭をぽんと撫でた。
「魔女の子供だなんて碌なことがないわよ」
「……あなたは立派な人だ」
「相変わらずおかしな子。でもそれは世間では少数派どころか異端なのよ」
口を弾き結んだ僕に、その人は諭すように微笑んだ。
「あなたの父親に話をしてみなさいな。大丈夫、きっとあなたの父親は他の人達みたいに話を聞かなかったりしないわ」
「……ほんとに?」
「えぇ。この私が保証してあげる」
「ダメだったら」
「えぇ……?」
困ったように眉根をしかめたその人は、少し考え込んでから“魔女“らしくニヤッと笑った。
「もしダメだったらあなたをこの屋敷から攫ってやりましょう。再婚話なんて吹き飛ぶわよ」
「え」
「あなたの周りの人間があなたの意見を聞かないのならあなたも周りの意見を聞く必要なんてないわ。だってこれはあなたの人生。あなたが幸せになるための人生なのだから」
その晩、その人は僕が眠るまでそばにいてくれた。
「ねぇ……来年も来てくれる?」
僕がその人の服の裾を握ると、その人はほんと少し驚いたようにして、それから微笑んだ。
「そうね、どうしようかしら」
「ええっ!」
思わず体を起こしかけた僕を、その人は抑えつける。
「嘘よ。ちゃんと来年も来てあげるわ。だから寝なさい」
「再来年も?そのまた先も?」
しつこく聞く僕に、ほんの少し呆れたように見下ろしてから、その人は頬杖をついた。
「再来年も、そのまた先も。——あなたが大人になるまで、この魔女があなたを見守ってあげる」
「約束だよ」
「えぇ、約束。さぁ、お子様はもう寝る時間よ」
幼い子供のような扱いに僕はムッとしたけれど、とん、とん、と優しく胸元を叩く手に何故かとても力が抜けて、その人に文句を言う暇もなく夢の中に落ちた。
次の朝、常日頃は忙しく屋敷を留守にすることも多い父が珍しく屋敷にいた。
意を決してもやもやと定まらない胸の内を打ち明けてみれば父は目を丸くして、それから優しく微笑んだ。それから父と、久しぶりにゆっくり話をした。
父は僕に母親がいる方がいいと親戚から言われ続けていたらしい。
それで、この先色々と僕のためにも母親がいる方がいいのではないかと悩んでいたという。
だから、いらないと言った。僕には父がいれば十分だと。そしたら父はくしゃりと顔を歪めて笑ったのだ。
「助かった、お前の母親以外愛せそうにもなくて困っていたのだ」と。
父の再婚話は流れ、いつもの日常が戻った。
僕は年齢を重ねていき、その間も僕とその人の年に一度の付き合いは続いた。
そのうち、僕も妻を迎えることになった。
心優しく、しかし芯の通った美しい人で何度も乞いやっと頷いてもらえた結婚だった。
「お義母さまのお墓に挨拶させてほしいの」
妻になる人の言葉に、僕は初めてその事実に気がついた。
今までの人生で一度たりとも、母の墓を参ったことがなかったのだ。
困惑する彼女に僕も混乱して、どういうことかと父に疑問を投げかけた。
父は、遠いんだよと微笑んだ。
——いや、そんなことあるか?
遠くても遠くなくても、母以外愛せないからと再婚を断るような父が、僕を今まで連れて行かなかったなんてありえるのか?
遠かろうが詳しい所在地を話せ、と詰め寄ると父は苦し紛れというように“空にまいた”と言った。
つまり、墓はないと。
はじめと言っていることが違う。
しかもなんだ、空って。海でも森でも川でもなく、よりによって、空なんて。撒いても直後に自分に降りかかってくるじゃないか。
「お義父さまが信用できないなら、当時のことを知る方に聞いてみたら?」
「うちの親戚なら頼りにはならないと思うよ。なにせ会うたびに父の再婚を急かして僕に縁談を持ってきたような人たちだ」
彼女の提案にそれでも聞かないよりは、と僕たちは揃って親類に母のことを尋ねにあたった。
——とんでもない女だった
——いなくなってせいせいしている
——この家にふさわしい女ではなかった
僕より先に彼女の方が痺れを切らし、あっという間に捜索は打ち切られたが。
「なんて失礼な人たち! あなたのお母様をあんな風に侮辱するなんて!」
ぷりぷりを怒る彼女を愛おしいなぁと抱き寄せると、彼女も素直にすり寄ってくる。
可愛い、とほっこりしていればまだ怒りの治らないらしい彼女が勢いよく僕を見上げた。
「次よ! 次! 今度はお義母さまの近しい方をあたりましょう!」
僕は目を瞬いた。母の、近しい人?
「…………会ったことがない」
いや、そもそも存在するのか?
僕の返答に、彼女は困惑したように眉を寄せる。
「ねぇ、私、親戚の方の話を聞いていて思ったのだけれど……あなたのお母様は、本当に亡くなられているの?」
そう首を傾げた彼女に、愕然とした。
母の墓はない。母の親類も会ったことがない。知っているのは身分のあまり高くない人だったこと、僕が赤ん坊の時に亡くなったことだけ。
だけれど、もしかしたらそれすら違うのかもしれない。
「まずお葬式の話がひとつも出てこなかったのよね。病気で亡くなられたと聞いているけれど、話に上がるのは元気な頃のものばかり。最期の話になると、みんな突然曖昧になるの。とんでもない女だった! なんて言って、どんな風にとんでもなかったのか聞くと何故かそれを忘れていて、でも忘れていることに初めて気がついたと驚いていた人までいたわ。……ねぇこれを、不自然以外になんというの?」
そう、その通りだ。
「まるで、何かに化かされているみたい」
彼女の言葉に、僕は息を呑んだ。
「——結婚するのですってね」
「どこで知ったの?」
「魔女はなんでも知っているのよ」
バルコニーに一人佇む僕の前にどこからともなく現れたその人が笑う。階下では友人たちの騒ぎ声が響き、楽隊の奏でる賑やかな曲の音が遠くに聞こえていた。
「あんなに小さかったのに気がついたらこんなに大きくなっちゃって」
「ありがとう。でもまだまだだ。こないだだって父さんに怒られてさ」
「初めは誰しも失敗するものよ。失敗して学んでいけばいいの」
初めて会った時から何一つ変わらぬその人は、側から見たら僕と同じくらいの歳に見えるのだろう。いや、もしかしたら僕より年下に見えるかもしれない。初めはうんと年上に見えたけれど、彼女は思っていたよりずっと若かった。
「奥さんは可愛い?」
「凄く」
「力強い即答で驚いたわ。……でも良かった」
大切にするのよ、なんて微笑んだその人に僕は頷く。妻を大切にするのは当然のことだ。そう語ってみせれば、その人は吹き出した。失礼な。くすくすと笑い続けるその人に僕はなんでもないことのように口を開く。
「東洋の童話に、鳥の話があるらしい」
「とり?」
「男に助けられた鳥は恩返しのために人間に化けて結婚するのだけど、正体がバレて姿を消してしまうんだ」
「あら、そうなの」
その人は聞いているのか聞いていないのかよくわからない返事をする。だから僕も気にせず先を続けた。
「正体がバレたところで立ち去る必要なんてあったのかな。きっと男はそんなことを望んでなかった」
例えば妻が鳥だったとして、僕は立ち去ることなど望まないだろう。正体がなんであれ、そばにいることを望むはずだ。しかしその人は笑った。
「望んでいたかは、別に関係ないのよ」
「初めからそう決まっていたということ?」
「そう、この世には決まりがあるから」
「じゃあ、なんで別れがあると分かっていたのに近づいたのかな。鳥は悲しくなかったのかな」
僕の言葉に、その人はほんの一瞬瞼を閉じた。
「私はその鳥じゃないから、本当のところなんて分からないけれど。きっと、それでもそばに居たかったのでしょう」
「……後悔はしていない?」
「例え終わりのある関係だったとしても、その一瞬を共に過ごせたことを幸福に思うことこそあれど後悔なんて欠片もしないわ。……きっとね」
その人は笑った。僕と同じ、少し釣り上がった金の瞳が月夜に輝く。
「お誕生日おめでとう。——立派な大人になったわね」
その言葉に、ハッと顔を上げた。
「…………僕は、もう大人?」
「結婚する子が何を言っているの。じきに子供もできて、父親になるのでしょう?」
「そんなの……まだ先の話だよ。大人なんて、全然——」
その人は苦笑して、僕の頰を撫でる。
「立派になったわ。よく頑張った。……あんなに小さな赤ん坊だったのに、時の流れってあっという間」
魔女の出番は、もうおしまい。
小さな呟きと同時に、一陣の風が吹いた。
「奥さんと仲良くするのよ」
「——まって……!!」
「可愛い子。私はいつまでも、あなたを見守っているわ」
数えきれないほどの流れ星が空を駆け抜けていく。まん丸の月の横を、キラキラと飛んでいく。
キラキラ、キラキラ。
「——おや、こんなところでどうした?」
誰もいない空を見上げて立ちすくむ僕に、皺の増えた父が顔を出す。
「ほら、お客様がお待ちだよ。主役がこんなところで……どうしたんだ、柄にもなく泣いて。え?おいおい、やめてくれよこの歳になって抱きつくなんて……照れるだろう」
その人はそれきり、姿を見せることはなかった。
次の年も、また次の年も。……そして、何年もの時は過ぎて。
「おとうさま!」
「おや、どうしたんだいお寝坊さん」
いつもより遅くに起き上がってきた娘は、目をキラキラとさせて、僕に駆け寄ってくる。
「昨日の誕生日は楽しかった?」
「とっても!!もうお姉さんだから泣かないのよ!」
「凄いじゃないか」
ひょいっと小さな体を抱き上げれば、いつのまにこんなに大きくなったのだろう。ずっしりとした重みに、成長を感じて口元が緩む。
「——あのね、おとうさま、あのね……!」
何が楽しいのか目をキラキラと輝かせた娘に「うん?」と顔を覗き込めば、娘はくすくすと笑った。
「ううん!やっぱり秘密!!」
はしゃぐ娘の手のひらから、ころりと何かが落ちる。コロコロと床に転がったのは、石、だろうか。
「み、みた!?」
娘は慌てたようにそれを拾い上げると手のひらで覆い隠して、焦った顔で僕を見上げる。
「ううん、何も見ていないよ。一体どんな宝物だい?」
娘を抱き上げた僕に、娘は少し逡巡してから、コソコソと声を顰めた。
「あのね、ほんとは、秘密よ?でもお父様にはとくべつに見せてあげる」
「わぁ、嬉しいな。なんだい?」
娘がふくふくとした小さな手のひらを開いて、隠された宝物を見せてくれた。
キラキラした星のかけらみたいな水晶。
まるであの日の夜空の流れ星を埋め込んだかのように輝くそれに、僕は思わず息を呑む。
「素敵でしょ!」
「……うん、素敵だ」
見せてくれてありがとう、と娘の頬にキスを落とす。
「素敵な誕生日祝いだね」
「うん!」
「でも、夜更かしはあまりしてはいけないよ」
僕が娘を床に下ろすと、娘はぎくりと肩を揺らして、しらっと視線を逸らす。
「し、してないよ。私。…………でも、ちょっとだけ、ダメ?」
「そうだなぁ」
窓の外からは、穏やかな陽の光が差し込んでいる。
「お誕生日の夜くらいは、少しくらいならいいかもな」
どこからか、あの人の笑い声が聞こえたような気がした。