二人の準備
クリスが孤児院で生活しているというのは、どうやら本当だったらしい。
別に疑っていた訳ではないけれど、孤児院でクリスを見た記憶がなかったから、こんなに目立つ容姿の子を覚えていない自分が少し不思議だったのだ。
この国の孤児院は、城門を出てから徒歩十五分ほどの場所にある。私も聖女の勤めとして、何度か顔を出したことがあった。
勤めといっても平和な国の孤児院で私がする事なんてほとんどなく、顔を見せて院長や子供たちの話を少し聞く程度の事である。聖女らしい行いといえば、ウイルス性の病気が流行った時期に治療薬を作って渡したことくらいだろうか。それ以外に聖女らしい事は何一つしていない。
しかし、それだけでもしっかりと私を信頼してくれているのだろう。クリスを旅に連れていきたいという私の急な申し出に対して、異を唱える職員は誰一人いなかった。
引き取りたいと言ってるお金持ちの変態がいるのに大丈夫だろうかと思ったが、その件に関してはクリスのハッタリだったらしい。
院長に「自分の容姿の良さを自覚しているようで、クリスは客人が来ている時はあまり姿を晒さないんですよ。見た目だけで引き取りたいと言ってくる大人が苦手らしくて、シンジュ様がクリスを気に入ってくれたのならこちらとしても安心です」と言われて発覚した。
「まあ、嘘も方便ってやつですね。でも僕の事をいやらしい目で見る変態が結構いるのは本当なので安心してください」
悪びれる事も無く、いけしゃあしゃあと私に耳打ちしてきたクリスは本当に心臓が強いと思う。
「聖女様がそうおっしゃるなら直ぐに手続きします」と慌ただしく色々な準備をしている院長の手前、やっぱりやめますとは言えないけれど、嘘をついた事に対してあとで少しお説教するくらいは許されるだろうか。
「はい。もちろん大丈夫ですよ」
私の脳内の問いかけにクリスが返事をしたので、やっぱりお説教は無しにします。意味がなさすぎる。
そんな一方的な会話をしている間にも手続きは進み、適正調査も何もなくあっさり私にクリスが引き渡された。
そして現在。
大聖堂内にある私の私室に、旅立ちの準備をするため二人で戻ってきたところである。
「ね? 簡単だったでしょう?」
必要最低限の私物を入れた鞄を一旦床におき、客人用の椅子に掛けたクリスがそう口にする。
「簡単すぎて、逆に心配になってきたけれど」
「シンジュ様からの申し出ですからね。反対するような人はいませんよ」
「そう……なの?」
聖女という肩書を信頼しているのか、私を慕ってくれているのか微妙なラインである。
二年間この世界で生活していて思ったことだが、聖女と名乗るだけでこの国の人は私への警戒心を簡単に解いてしまうのだ。
聖女の修行の一環として色々勉強してきたけれど、聖女という役職がそこまで信頼されるものだとは思えなかった。私がそう感じてしまうのは、単に文化の違いなのだろうか。
魔王がいなければ魔物もいない。しかし動物とは違う生き物は存在している、中途半端にファンタジーなこの世界。
この世界で魔力を持って生まれてくる人間は、おおよそ100人に1人の割合だと言われている。
その中でも特に強い魔力を持ち、魔法を使って人々の生活を豊かにする職業が魔法使いだ。
魔法使いと言ってもみんながみんな万能な訳ではなく、空を飛べたり水を操ったりと、その性質は人によって異なる。魔力を消費しながら長い呪文を詠唱することで使える魔法もあるけれど、やっぱり得手不得手はあるし、一人の魔法使いが出来る事はそう多くはない。
聖女も同じく、魔法使いという職業に分類される。
強い魔力を持ち、癒しや浄化といった珍しい魔法を使える魔法使いが聖女と呼ばれているのだ。
私は聖女という存在をエロ同人で知ったので、聖女=回復役を任され且つ凌辱される存在という偏った認識をしていたのだが、この世界の文献にそのような事は載っていなかった。全年齢が読む書物とするために陵辱云々はわざと記録されていないだけかもしれないが、とりあえずこの世界の聖女は単純に回復役という訳ではないらしい。
そもそも魔王がいないのだから、回復役など必要ないのだろう。
人が生きていく以上病気や怪我は避けられないけれど、その場合も聖女より調薬師を頼る方が手っ取り早い。聖女と呼ばれる者が生まれる事は本当に稀のようだし、いつ出てくるか分からない聖女を待つくらいなら、薬や医療の研究をしようとなるのは自然な流れだろう。
そうなってくると、聖女にしかできないことなんて本当に少ないのだ。
一応悪いものを寄せ付けないように結界を張るのが今の私の仕事だけど、平和な世でこんなことをしていて意味があるのかもよく分からない。
その程度の肩書きでしかないのに、世の中の聖女に対する信頼は絶大だ。一種の宗教のようなものなのだろうか。
「まあ貴重な力を持っていることには違いありませんし、使える肩書きでラッキーと思って利用すればいいじゃないですか」
相変わらず私が脳内で零した疑問に回答するクリスに呆れながらも、諦め半分で「そうね」と返事をする。
少し気楽すぎる考え方かもしれないが、差別されるような肩書きじゃなくて良かった程度に思っておけばいいのかもしれない。医療が発達したとはいえ、即座に治癒できる魔法が使えて便利なことに違いはないのだ。
「考えていても仕方ないことはとりあえず置いておくとして、明日の旅立ちに向けてまずは準備を進めましょうか」
まずは旅路の説明をするため、司祭様からもらった地図を卓上に広げる。
クリスにもこれから向かう場所の説明をして、必要なものを決めてから二人で買い物に出掛けた方がいいだろう。
目的地となる四箇所に印のついている地図を見せながら、これが今回の修行ルートだよと説明する。
「まずはここに向かいます」
司祭様が私にしてくれたのと同じように、一番最初の目的地の説明として、地図の右下に書かれた星印を指差した。




