表情のない天使
ふわっとしていて柔らかそうな明るいブロンドの髪と、蜂蜜のような色をした瞳。大きな目を縁取る睫毛は長くて、大袈裟ではなく天使のような男の子が目の前に立っていた。
立っているどころか、そんな天使が私に向かって話し掛けているのだ。人間は可愛いものに敵わない。
「シンジュ様、お耳を貸していただけますか?」
「ええ、もちろん。なぁに?」
膝を折って顔を近付けると、その小さな唇が私の耳元に寄る。
声までしっかり可愛いなあとニコニコしながら耳を傾けると、彼はとんでもない台詞を小さな声で紡ぎ始めた。
「……私の名前はシンジュ=プラート。ユシエル大陸の北西にあるルビリアという国で聖女をしています。今しているお祈りも聖女の役割の一つ。この国に邪悪なものが寄りつかないように、聖女が」
「は……?」
「聖女が祈りを捧げて結界を張るのです。ルビリアはそこまで大きな国ではありませんが、自然に溢れた平和な国。今日もいつもと同じ、何事も起こらず平和な」
「待って待って待って待って! 本当、な、なに……え、だって今のって……」
完全に私が毎朝頭の中で唱えているモノローグである。
そう、頭の中で唱えているだけで、一切外部に漏らしたことのない独り言なのだ。
なんでそれをこの子が知っているの。
慌てて制止にかかった私を、金色の瞳がじっと見つめる。
最初からずっと無表情だとは思っていたけれど、この表情は軽蔑からくるものなのだろうか。
いや、今言われたのはただの私の自己紹介部分だし、そこを知られているだけなら何の問題もないけれど。
「シンジュ様、二人きりでお話したい事があるのでお部屋に入れてください」
何の問題もない……。とはいえ、こんなに疑わしい状態で追い返す訳にもいかない。
どんな話をされるのか分からないが、周りに人がいない場所の方が私にとっても好都合である。
(まだ何も指摘されてないんだから、変な態度にならないように気をつけないと)
私と二人きりになろうとしている辺り、私の危ない妄想までは知らないのかもしれない。
ほんの僅かな希望を抱きながら男の子を部屋に入れ、そのまま扉を閉めた。
決して可愛いショタを監禁する気はないので、誰か見ていた人がいたとしても勘違いしないで欲しい。話を聞いたら無事に帰します。
「それで、話っていうのは……」
「シンジュ様は修行の旅に出るんですよね。僕も一緒に行きたいです」
「へ……?」
扉を閉じて直ぐ、想像もしていなかった話を切り出されて思わず首を傾げてしまう。
そもそも私は、まだ司祭様ぐらいにしか旅立つ話をしていないはずなのだけど。え、やっぱりこの子なにか見えてる?
「はい。お察しの通り、僕は生まれた時から人の頭の中が読めます」
「もしかして今のは脳内の私との会話なの?」
「あ、自己紹介が遅れましたね。僕はクリス=マイリド。人の頭の中を読む力があるだけの、どこにでもいる普通の少年です」
そう言いながら両手でピースサインを作ってこちらに向けてくるクリスという名の少年。
動きと声はこんなにも軽い調子なのに、どうしてずっと真顔のままなんだろうか。作り物みたいに顔が整っているからそう思ってしまうだけかもしれないが、なんだか本当にお人形さんのように感じてしまう。あ、もちろん悪い意味ではなく良い意味で!
「フォローしてくれてありがとうございます。褒めてくれて嬉しいです」
やはり私の頭の中の台詞と会話しているらしい。
誤解されないようにフォローをいれておいてよかった。全てが筒抜けの状況は何も良くはないけれど。
「力の代償なのか生まれ持っての病気なのかは分かりませんが、表情が一切変わらないみたいなんです。こんな僕のことを気味悪く思う人も大勢いました」
「そんな……」
「でも顔に出ないだけで喜怒哀楽はちゃんとあります。今も内心ニコニコなので心配しないでください」
そう言いながらクリスはビシッと親指を立てる。
今までもこうやって、表情に出せない分をハンドサインで補ってきたのだろうか。確かに分かりやすい。
「とりあえず本題に戻りますが」
「え? ああ、そうね」
「旅に出るなら一緒に行きたいです。ちゃんと役に立てると思います」
「……その、私の妄想を知られているから正直に話すけど、聖女としての修行の旅は建前で私の目的は別のことよ? 危険な場所に足を踏み入れる必要があったら迷わずそうするでしょうし、こんな自分勝手な旅にあなたのような子を巻き込めないわ」
これでも一応、分別のある大人の女性なのだ。本人が希望しているからといって、簡単に連れて行くわけにはいかない。
そんなに簡単にいくとは思ってないけれど、性に乱れた旅になる可能性だってあるのだ。未成年がいても良い環境ではない。
「シンジュ様の目的は知っています。分かった上でお願いしているので、気にしなくても大丈夫ですよ」
「気にしない大人は異常者よ。事情を分かっているからって、そんな軽い気持ちで連れていけない」
「それを本心で言ってるところが信頼できるなって思います」
信頼してくれるのは嬉しいし有難いけど……! と頭を抱えていると、「どういたしまして」と言われてしまった。頭の中を読んで勝手に会話するの、本当に本当にやめてほしい。
「まあ聞いてください。シンジュ様の目的達成のためには僕がいた方が絶対に心強いと思いますよ。今からプレゼンしますね」
「はい……?」
「僕が一緒だと、下心持ってシンジュ様に近付く奴がいたらすぐに分かります。いい感じの危ない目に遭うように色々とお膳立てもしますよ。今まで色々と見てきたので、シンジュ様が興奮するシチュエーションや好みの男性のタイプもある程度把握してると思いますし」
「それはとても心強いけどちょっと本当に待っていただける? 未成年にそんな妄想を見せてしまった罪悪感で死にそう……」
「シンジュ様に出会う前から、もっと汚い妄想や不快極まりない本性を沢山見てきていますから気にしないでください。その汚い性欲を僕に向けてくる変態もいましたし」
淡々と言ってのけるけど、その力のせいで嫌な思いをしてきたことも多いだろう。
人の本性を簡単に見抜けるのは便利かもしれないけれど、望んでもないのに嫌な情報を見続けてしまうのは苦痛だ。
暗いニュースばかり聞き続けたら気分だって暗くなる。
まあ、私も彼に対して嫌なものを見せていた事に変わりはないのだけど。
「シンジュ様の妄想は色々と面白かったので大丈夫ですよ。他人に対しての攻撃性が低かったのもポイント高いです」
「本当に恥ずかしいから私が脳内で流してる独り言と会話しないで……。でもフォローしてくれてありがとう……」
私の妄想や野望を知っていて好意的に解釈してくれるのは嬉しい。
だからといって、一緒に旅に出ましょうとは言えないけれど。
「どうしても駄目ですか? 僕はこの事をバラされたくなければってシンジュ様を脅すこともできますけど」
「それは確かに困るけど、でもそれ以上にあなたのような子供を連れて行くなんて……。ご両親も心配するでしょう?」
「両親には幼い頃捨てられて孤児院で育ちました。聖女様が引き取りたいと言ってくださったら施設の人は誰も反対しませんよ」
「でも私は……」
「僕のことを引き取りたいって言ってるお金持ちがいるんです。表向きは良い人なんですけど、僕の事を性的に見てくる五十代男性」
「は……?」
「シンジュ様が良い人で良かったです。助けてくれるんですよね?」
返事をする前に言い切られて、やられたなぁと思った。
そんな変態に渡すなんてとんでもないと、そう思った瞬間に悟られてしまったのだろう。
こうなると、もう断れる気がしない。
「それじゃあ早速、院に挨拶に行きましょう」
決定事項のように言われて、暫く間を空けてから観念して「そうだね」と頷く。
司祭様といいクリスといい、特殊能力のある人は聖女よりもよっぽど脅威なんじゃないだろうか。




