ピトの村
ルビリアを出てから四日後の昼、シンジュとクリスはようやくピトに到着した。
山を越える必要があったけれど、人が普通に進める程度には山道の整備がされていたし、休める場所を見つけたらしっかり休んで出発していたので大きな問題がない旅路であったとは思う。
それでもたくさん歩けば足が疲れるのは当然のことで、僅か四日で着く場所を最初の目的地にしようと提案してくれたクリスには頭が上がらない。パルコを目指して歩いていたら、これの三倍近い距離を歩くことになっていたはずだ。
道中で聖女の助けが必要そうな人と出会うこともなかったので、魔力は自分とクリスの回復のために使った。そうでもしないと、ずっと歩き続ける移動というのは本当に苦行だったのだ。
普段ここまで筋肉を駆使する事がなかったから足が重たく、回復や癒しの魔法が使える自分を初めて便利だなと思った。二年間必死に魔法の使い方を学んでおいて、本当に良かったと心の底から思う。
旅立つ前にクリスが声を掛けてくれていなかったら、今頃どうなっていたのだろうか。元々は一人で国を出る予定だったけれど、その場合もっと苦しい旅の始まりになっていた気がする。
移動のほとんどが山道で、そうそう景色が変わらなかったのも苦しいと感じた一因だ。クリスと話しながらの移動だったから耐えられたけれど、一人だったらどこかでもっと長い休憩を挟んでいたかもしれない。パーティーの存在って大切だ。
ほんの数日歩き続けただけでこれだけの事を思ったのだ。体力をあまり消費しない移動手段を序盤に確保をすることの大切さを身に染みて感じた。
ピトに行こうと提案してくれてありがとうクリス。
今は疲れてしまって喋る気力もないのだけれど、「どういたしまして」とクリスは返事をくれたので、私が頭の中で繰り返し述べているお礼の言葉はちゃんとクリスに届いているのだろう。
クリスの能力なのに私が便利に使って申し訳ない。でも本当に助かってる。ありがとうクリス。
「この能力に対してお礼を言う人ってあんまりいないんですけど、シンジュ様がそう思ってくれるなら僕も気持ちが楽です。これからもどうぞ便利に使ってくださいね」
「ええ。クリスがそう言ってくれると、私も気持ちが楽になる。疲れている時は変な妄想を見せてしまうこともないでしょうし、今後もどうぞよろしくね」
そんな事を言いつつ、最初の目的地であるピトに足を踏み入れる。
とりあえず今日の宿を確保してから、早速チモキラのブリーダーを探しに行きたいところだけど。
「……人、見当たらないわね」
宿の場所を訊ねたいのに、外を歩いている人が見当たらない。
確かに小さな村だけど、こんなにも人がいないとどうしても違和感を覚えてしまう。
ルビリアとは全然雰囲気が違う村だけど、田舎とはどこもこんな感じなんだろうか。小さな住居がまばらに建っていて、庭に洗濯物を干している家だって見える。誰かが生活している雰囲気はあるのに、外に出ている人が一人もいないなんて異常に感じてしまう。
寝たきりの老人しか住んでいない村だったらどうしよう。聖女の力は、老いからくる不調にも効果はあるのだろうか。
そんなことを考えながら人を探して村の奥へと歩いていくと、家なのかよく分からない大きなテントのような建物に突き当たる。
幸運なことにそのテントの入り口からちょうど人が出てきたので、「あ、第一村人発見」と思わず声を上げてしまった。
テントから出た瞬間に「第一村人だ!」という大声が聞こえたら、普通の人間は多かれ少なかれびっくりするものだろう。出てきたばかりのその人も例に漏れず、ビクッと肩を揺らしてから私の方に視線を向けた。
ようやく人を見つけることが出来て嬉しかったとはいえ、不審な行動で怖がらせてしまって大変申し訳ない。
「す、すみません。大きな声を出してしまって……」
「え? あっ……! もしかして村を訪ねてきたお客様ですか?」
この村の住人ではないし、一応お客様になるのだろうか。
なんだか急に嬉しそうな表情に変わったし、客ですと名乗った方が歓迎してもらえるのかもしれない。
「は、はい……。一応そうですけど……」
「ピトにわざわざ来るってことは目的はチモキラですよね! お好きな子をお売りするので是非見ていってください!」
「え? あの……」
確かに目的はチモキラだけど、まだ返事なんてしていない。
それでもそんな事は関係ないのか、さあさあどうぞと言う男性に手を引かれ、テントの中に半ば無理やり引き摺り込まれる形になった。
そんな私のあとに続いて、クリスも一緒にテントの中へと入る。
小さなサーカスが出来そうなくらいには広い室内であるのに、中にいる人はみんな一箇所に固まっていた。
村の住人全員がいるわけではないのだろうが、十数人の大人が集まっていて、この中の誰がブリーダーなのか分からない。
しかし、ここでチモキラを飼育していることは確かなのだろう。
人が集まっている一箇所のすぐ後ろ。数十匹のふわふわと浮く丸い生き物が、一つの檻の中にまとめて収められていた。




