現世にサヨナラを告げる
私───園田真珠は、どうやら二十四歳という若さで、己の人生に終止符を打ってしまったようです。
自分の人生を思い返すと、やり残したことばっかりだなぁと思ってしまう。
ああ神様。人の生というものは、こんなにも簡単に幕を閉じたりするものなんですね。
人並みに健康で、大きな病気や事故に遭った事もなかったので知りませんでした。
最後の記憶は、真っ白の可愛いネコチャンだけ。
トラックに轢かれそうになっていた猫を助けようと自ら道路に突っ込み、そこからの記憶が全くない。
ぶつかった衝撃は辛うじて覚えているので、恐らく死んだのだろう。今走馬灯のようなものが見えているし。
後悔はしていないけれど、もっと他に良い方法があったのではないかと反省はしている。
まあ、この反省が今後の人生で活かされることはないけれど。なんせ終わってしまったので。笑うしかない。笑えない。
頭の中を猛スピードで駆けていく思い出は平凡だけど楽しいものばかりで、家族や友人を泣かせてしまうのかと思うと悲しくなる。
奇跡的に生き返ったりはしないだろうかと考えるけど、生き返ったところでもう元の生活には戻れないだろうし、そのくらいならこのまま目覚めない方が幸せなのだろうか。
いつぞやにバズっていた動画で見たことがあるけど、トラックに突っ込まれた軽自動車の映像は悲惨だった。
あの動画を見たからこそ言える。生身の人間があの衝撃に耐えられるわけがない。
諦めて再度目を閉じると、まぶたの裏に浮かぶ走馬灯が更に鮮明なものに変わる。
就職を機に一人暮らしを始めたけれど、もっとたくさん実家に帰ればよかった。本当に親不孝だ。親の顔よりスマホの待受を見た回数の方が格段に多い。
友達とコラボカフェ行くって話をしてたのも、もう行けないなぁ。ランダムグッズ上限まで買うつもりだったけど、それさえも出来ないや。
それにしても最後に思い出す好きな人の顔が二次元っていうのも切ない。
普通に優しい家族に恵まれて、一緒に遊ぶ気の合う友達がいた。
不幸な生き様だったとは決して思わないけれど、もし叶うなら人生で一度くらいは男の人と付き合ったりしたかったな。学生の時に彼氏ができないと、その後の人生は奥手になって色々詰む。
興味がなかった訳じゃないのに、それどころか人並み以上に興味があったのに、男性経験皆無で死んでしまうなんて悔しい。
楽しかった思い出を胸に抱え、言っても仕方ない後悔を並べていると少しずつ意識が沈んでいく。
なんか、死ぬってこういう感覚なのかな。
そんな事を思いながら意識を手放し、人生にサヨナラを告げた。
サヨナラを告げたはずだった。
どのくらい、意識のない中を彷徨っていたのかは分からない。しかし不思議なことに、一度なくなったはずの手足の感覚が少しずつ戻ってくる。
ゆっくりと瞼に力を入れると視界に光が入り、急な眩しさを感じて頭痛がした。
眩しさに慣れてようやく景色を認識できるようになるが、そんな私の目に真っ先に飛び込んできたのは、随分とメルヘンな格好をした見知らぬ男性だった。
「き、奇跡だ……! お告げの通り、本当に目覚めたぞ!」
目の前の男性が興奮を隠せないとでも言いたげに声を上げたあと、「ああ、本当に良かった」と小声で溢して鼻を啜る。
嬉しそうにしているところ本当に申し訳ないけれど、全く状況が飲み込めない。
どなたかは存じ上げないけれど、声の感じからしてもこの男性は私の父親に近い年齢だろう。その割に着ているものがコスプレのようで、失礼ながら少し引いてしまう。
なんというか、高校時代に文化祭の劇で、村人Aだった島津くんが着ていた服みたいだ。
「直ぐに司祭様にお伝えしなければ。神の力を授かったシンジュは、今日からこの国の聖女だ!」
「……は?」
「良かったな、シンジュ。神の祝福は本当にあった」
涙目の男性に手を握られ、シンジュと呼ばれたのが自分であると初めて認識する。
本当に何。どうしてこうなった。
色々と聞きたいことがあるのに、しばらく声を出していなかったせいだろうか。喉が干乾びているようで、うまく声を出すことができない。
辛うじて出すことが出来た「は?」という私の声は、驚くほどに枯れていた。
そんな何も分からない私をベッドに残したまま、慌ただしく周囲にいた人達が動く。
会話の流れから分かった情報は、最初に目に入った男性が私の父親である事と、私の兄にあたる人が司祭様を呼びに行っているという事だけだ。
司祭様って本当に何だとそんなことを思う間もなく、今度は聖職者の衣装を身に纏った長い白髭のお爺さんが杖をつきながら登場するのだから、自分の中の常識を疑った方がいいような気がしてくる。
信じ難い光景に頭が痛むけれど、周囲の人から私に対して悪意が向けられている様子は全くない。それどころか愛情のようなものが伝わってくるのだから、きっと悪いようにはされないだろう。
自分の安全が確保されている状況に安堵し、ゆっくりと自分の置かれた状況を観察する。
目の前に立つ人物はもちろんのこと、窓の外の景色も家の中にある物も、どことなくのどかでレトロというか、見たことがあるのに馴染みのない不思議な感覚だった。
髪色や目の色から見て、ここにいる全員が恐らく日本人ではないだろう。それなのに言葉はちゃんと理解できるのだから、どういう仕組みなのか分からない。
部屋の中には暖炉があるし、その横には不自然すぎる木製の宝箱が置いてある。こだわりのインテリアなのだとしたらセンスが尖りすぎだ。これはこれで面白くて私は好きだけど、テーマパーク感があるのは否めない。
窓から外を見ると、すぐ近くで牛の飼育をしている事が分かったが、ここの家業なのだろうか。
空飛ぶ馬でもいたら本当にファンタジーな世界だと断定できるのに、中途半端に現実寄りで受け取り方が難しい。
外国のようだとも思うけれど、卒業旅行で行ったヨーロッパともどこか違う。上手く言えないけれど、パーティを組んで冒険するロールプレイングゲームの最初の町のような、そういう世界観に近い。
そういえば、聖女がどうとか最初に言われたな。
信じがたい光景に夢である可能性も頭におきつつ、もし現実だったらと考えて笑ってしまいそうになる。
初めて見る世界に対して、恐怖よりも好奇心が勝った。
こんな風に思うのは呑気すぎるだろうか。だけど生前最後の記憶が正しいのであれば私の肉体は無事ではないだろうし、現実に戻るよりも楽しいのではないかと思ってしまう。
トラック事故でこうなるのって、確かによく聞く設定だ。




