缶コーヒーほっと
放課後、私こと笠田琴音は、廊下を足早に歩いていた。
ガラガラピシャ
「せんせー、今日もよろしくお願いします!」
「……またお前か」
数学準備室の片付け切らない机に肘をついて、次の日の授業の準備の為資料を読み込んでいた私のお目当ての人は、眉間に皺を寄せてこちらを向く。
「言ったでしょー? 卒業までは、『毎回来ますよ』って」
私は迷惑そうなその人に、なるべく可愛く見えるよう、微笑んだ。
※ ※
出会いは約三年前の春。
桜散る頃、未来の展望に胸躍らせて高校へ入学してきた私は、壇上に並ぶ先生達の中からある人を見つけると、思わず視線が釘付けになってしまった。
所謂、一目惚れってやつね。
けどたくさん観察するうちに、ぶっきらぼうだけど生徒には優しく接しているところだとか、授業内容をなるべく分かりやすく噛み砕こうとしているところだとかが見えてきて。
その姿勢が大好きになるのには、時間はかからなかった。
※ ※
「それに、『また』来るのは大歓迎じゃないの? 生徒が勉強熱心なんだよ? 良いじゃん」
「動機が不純そうだから、言っただけだが?」
「ひどーい、せんせーのことが大好きなののど・こ・が! 不純なのよ、純真なオトメゴコロなのにぃ」
何度目だろう? せんせーはこのやりとりに、もう声は出さずに肩をすくめた。
「それに、ちゃんと貢ぎ物も持ってきてるんだよ?」
私はそう言うと、ブラックとカフェオレの缶コーヒーをせんせーの前に取り出して机に置く。
「前にも言っただろ、受け取れん」
言われるのは予想済みだったので、手早くプルタブを立てた。
「もう空いちゃった。あーもったいないなぁ、私ブラック飲っめなーい」
せんせーの目はキョトンとした後、少し笑いを含んで眇められる。
「しょうがない。きても良いけどもう品物は持ってくるなよ?」
「せんせーが週一のこの時間に、文句言わなくなったらね」
授業に関する質問受付は週一回、大切な時間だから印象に残る為なら何だってやると決めていた。
卒業まで、残り二ヶ月を切っている。
「何だって、こんなむさ苦しい所で勉強するのが好きなんだ?」
わかってる癖に、そんな事を聞いてくるせんせーは、ほんと『大人』だ。
「べっつにぃー? 何だって良いじゃん。……今は」
私は勝手にせんせーと私の缶コーヒーを乾杯させた。
目から気持ちが零れてしまわないように、しっかりと笑顔を作りながらあっかんべをする。
卒業したら、きっと彼に「完敗だ」って私、言わせちゃうんだから。