わたくしは悪役令嬢、アンジェリカ・クラインドール*前編
悪役令嬢モノを書いてみたくて。
基本に忠実に(?)私が作るとこうなるッス。
まるで血のようなワインがグラスの中でゆらゆらと揺れる。
白と桃色の淡いドレスには白ワインより赤ワインが映えるわね。
淡々とそんなことを思いながら、彼女の位置を確認すべく静かに視線を動かした。
「きゃぁっ……!」
彼女の悲鳴を皮切りに始まる舞台。
わたくしは冷ややかな笑みを浮かべて、彼女―――マリー・アネット男爵令嬢を見下した。
「あら、ごめんなさい? とても大人しいドレスを着ていらっしゃるせいかそこに人がいらっしゃるなんてわかりませんでしたの。……でも、きちんと見ればかなり古風で個性のあるドレスを着てらっしゃるのね」
ぼんやりとした流行おくれのダサいドレス。
言葉の意図を読み取った周囲の令嬢がクスクスと笑う。
嘲笑う者2割、興味津々な者5割、また始まったのかと飽きれる者3割……と言ったところか。
頭から胸元のドレスにかけて赤いワインを被ったマリーは涙目で、それでも泣くことを我慢して震えている。それはまるで気弱な小動物のようで、守ってあげたくなるような姿だった。
「……どうして、こんなことをするんですかっ……?」
涙をこぼさない様に目に力を入れながらマリーはわたくしを見た。
うるんだ瞳はエメラルドのようで、そこにはわたくしに対する怒りも恨みもうかがえない。
さすがね。
マリー・アネット。
―――『あなたは天使のような人だから』―――
どんなに嫌がらせをしても、怪我をしても、その心を曇らせることはない。
マリー・アネット。
腹が立つくらいその言葉が似あうのは彼女だ。
「まあ! まるでわたくしがわざとあなたに何かしたようではありませんこと? これだから庶民生まれの方はいけませんわ。被害妄想が天元突破してらっしゃるんですもの。特待枠で入学できるほど成績優秀な方だと思っていましたのに噂通り裏口から入学されたのかしら?」
「ッ……! そんなこと、してません! 私に悪いところがあるならなおします! だからっ……もう、こんなことはやめてください……!」
後半からは一目を気にしてか、わたくしにしか聞こえないように声を落とす。
さて、そろそろね。
ほら来たわ。
「なんの騒ぎだ!」
パーティ会場にやってきて早々、騒ぎに駆けつけた王太子殿下―――もといわたくしの婚約者アルフレッド・コレクティアが現状を精査する。
わたくしとマリーの二人が対峙し、ほかの貴族たちは半径三メートルほど離れたところで様子をみている状況。
空のワイングラスを手にしたわたくしと、頭からワインをかぶりドレスに赤いシミを作っているマリー。
「アルフレッド様、これは違うんです……! 私がぶつかってしまって……!」
マリーの言葉を聞くも、アルフレッドは鋭いまなざしでわたくしを睨んだ。
嘘は許さない。怒りに満ちたそんな目だ。
彼女が現れる前までは、優しい瞳でわたくしだけを見ていてくれたのに……
あの優しい瞳はもう、わたくしを映さない。
シクシクと痛む心を奥深くの箱に押し込んで、わたくしはにっこりと微笑んだ。
「身の程を弁えない発情期の雌猫を躾けて差し上げようと思いまして。けれどダメですわね……所詮は獣、といったところかしら? 話が通じないんですの」
それよりもあちらで踊りましょう?と視線でダンスホールに誘えば、アルフレッドの目に侮蔑が混じった。
「話にならないな」
アルフレッドがマリーに手を差し伸べようとした時、わたくしは彼女の頬を引っぱたいていた。
「そういうところですわ! この泥棒猫!」
「おい! いい加減にしろよ……クラインドール公爵令嬢!」
守るように宝物を隠すようにアルフレッドはマリーの前に出た。
アンジェリカ。
名前を呼ばれなくなってそろそろ一年か。
それがわたくしと彼の心の距離なのだろう。
そんな女々しいことを考えながらも、後には引けないのだと胸を張る。
愛しい人から向けられる冷たいまなざしに幾度となく心を引き裂かれようと、彼の後ろから心配そうにこちらを見ているマリーを見れば、その心は燃え上がる。
わたくしは、負けない。
愛がある限り、わたくしは自分の行いを改める気はない。
「アルフレッド様、なぜですの!? あなたはわたくしの婚約者でしょう!? わたくしを優先してくださいませ! そんな下賤な娘よりも! 公爵令嬢であるわたくしを! 婚約者であるわたくしを! マリー・アネット! あなたが嫌いですわ! 大嫌いですわ! あの時、乙女を散らされていればよかったのに―――」
マリーが目を見開いて、傷ついた顔をした。
アルフレッドはそんな彼女を腕の中に囲い、大丈夫だ、と声をかけている。
やがて弱々しく抱かれていたマリーの、アルフレッドの腕を握る手に力が入ったように見えた。
彼女の中で、わたくしへの認識が変わったのだろう。
そして、それはアルフレッドも同じだったようだ。
「……ようやく尻尾を出したか、クラインドール公爵令嬢」
それは、ゾっとするくらい冷たい声だった。
周囲の貴族たちの何人かが、顔を青くするくらいには。
感情を表に出すなんて貴族としていかがなものかしら?と現実逃避しながら、筆頭で感情を表に出しているわたくしがアルフレッドを睨んだ。
わたくしの愛おしい人。
そして憎い人。
マリー・アネットは禁断の果実を口にしてしまった心優しい、少女。
試練の果てに王子様と結ばれる物語の主人公。
そして、わたくしは……
「―――アンジェリカ・クラインドール公爵令嬢! マリー・アネット男爵令嬢に対する数々の嫌がらせ、さらには人を雇い彼女を殺そうとした罪で、貴女を断罪する! またこの時より私との婚約を破棄させてもらう!」
……わたくしは、悪役令嬢。
醜い嫉妬に狂い、ヒロインを陥れようとする犯罪者。
ドレスの下に隠した短剣を、そっと抜いた。
マリーゴールドの細工が施された美しい短剣が、鈍く光る。
ざわり、と会場が揺れた気がした。
かまわず、刃の切っ先をアルフレッドに向けた。
「手に入らぬのなら、死んでくださいませ」
さすがにそこまでするとは思っていなかったらしく、アルフレッドは驚きで目を見開いていた。
わたくしが一歩動こうとした瞬間、背中に熱い一閃が走った。
同時にどこからか現れた騎士がアルフレッドの前に立ち剣を抜いた。
王太子の命を狙ったのだ。
その場で殺されるのは当たり前のことだった。
一撃で首を跳ねなかったのは苦しめるための意図だろうか。
倒れた床の上でそんなことを思う。
朦朧とし始めた意識の中で、マリー・アネットを探す。
目があった。
彼女は泣いていた。
泣きながら、なんで、どうして、と呟いているようだ。
「……ま…りー……」
そんな彼女に、とっておきの呪詛を贈ろう。
「……わ…た…くし……ぶ……ま……」
―――わたくしの分まで、幸せになりなさい。
書き慣れていないので誤字あったらすみません。
アルファポリスで先行して完結してます。