表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ホラー短編集  作者: AAA
1/2

怪談1 廃校のトイレ

俺は昔俳優をやってたんだ。今は引退したんだけどね。まあ、どうして引退したかって言うのは本題じゃないから割愛するとして、俳優としてあるドラマの撮影をしていた時に起こった出来事なんだけど。

その時は学園青春モノのドラマの撮影をしていて、そこがな、片田舎の、取り壊し前の廃校が撮影スタジオだったんだよな。正直結構ボロくて、作品の雰囲気にはあまり合ってない気がしたんだけど、監督がどうしてもここがいいって聞かなかったらしいんだ。

まあ、俺はただの俳優だし、何でこんな場所なんだろうなあと思いつつも普通に仕事をしてたわけ。他の連中もそうだった。別に逆らってもいいことないしな。

その日は、結構重要なシーンの撮影だったんだ。ヒロインと主人公が体育館で口論していて、俺が演じる友人がそれを必死に止めるっていう、物語の佳境にあたるカット。だからって言うのもあるんだろうけど、その日はやたら監督が張り切ってて、何リテイクも貰う羽目になってな。結局撮影が終わったころにはすっかり外が暗くなってた。もし時間帯の関係ない体育館じゃなかったら、明日に持ち越しになってたかもなあと思ってホッとしてたんだけど。ただでさえ、結構撮影押してたから。

毎回撮影は現地解散でバスもなかった。だから歩きで俺も帰ろうと思ったんだけど、急にめちゃくちゃ腹が痛くなってさ。そこ、駅から徒歩5分ぐらいの場所だったんだけど、何せ田舎なもんだから、その間にコンビニとかないし、これはとても耐えられねえと思って、その廃校で済まそうと思って中のトイレ、一階な、に行ったわけ。あ、許可は貰ったぜ、一応。

それでトイレの個室からな、出ようと思ったんだけど、鏡になんか落書きがしてあったわけ。ああ、入ってった時は割と限界で、鏡なんか見てなかったんだけど。でも、おかしいじゃん?仮にも撮影現場なわけで、そんなとこにこんなデカデカと落書きしてあるなんて。スタッフの誰かがイタズラしたんかな、って疑ったけど、そんなことする奴いんのかな、なんて色々考えながらそれを見たわけ。そしたらそこには、

『ください』

とだけ書いてあって、その下にメールアドレスが書いてあったんだよ。赤い口紅で。・・・ああ、そうなんだよ。そこ男子トイレなんだよ。なのに口紅で書かれてたわけ。それでさ、夜の廃校ってやっぱり不気味だろ?それも相俟って、怖くなっちまってさ。俺、早足でそこから出てった訳よ。

そんで家に帰って、シャワー浴びて寝て、その時のことはすっかり忘れてたわけ。ああ怖かったなあ、ぐらいで。暫く撮影日も先だったし、その日までにはもう完全にそんなこと忘れてたわけよ。そもそも、メールアドレスが書いてあっただけだったし、口紅を持ち出した変な野郎のイタズラだったんだろうな、ってもう自分の中では解決してたんだよ。

そのことを思い出したのは、そのあとの撮影かな。昼間にな、撮影アシスタントのひとりとトイレに行ったわけよ。それは普通にトイレのためにな。その時は職員室での撮影があったから、一階のトイレを使ったんだけど。トイレ行ったら、その落書き消えてたわけ。だから、ああ、誰か消したのかなーぐらいにしか思わなかった。そもそもここ撮影スタジオとして使ってる場所だし、そりゃあ見かけたら消すよなって、特に疑問に思わなかったし、そいつも、まあ深く話を聞いてたわけじゃなかったから、フーンって感じで、どうでも良さそうだった。

で、その次の日なんだけど。その日も撮影で、一緒にトイレに行った撮影アシスタント――Aとでもしておこうかな。そのAがさ、引き笑いしながら言うわけよ。

「趣味悪いぜ」って。

何のことだよ、って言ったら、とぼけんなよって返してきて。しばらく話を聞いてたんだけど、そいつも夜に見たらしいんだよ。

口紅で書かれたメールアドレス。

嘘だろ、って言って一階のトイレに行ったんだけど、当然、消えてるわけ。そのメールアドレス。その話したのって、Aだけだからさ。Aのイタズラだと思うわけじゃん、俺は。でもAからしたら、俺がイタズラでこっそり書いて、消したんだろって言ってきたの。そもそも何でトイレ行ったんだよって聞いたら、急に尿意が来て、一番近い場所だったからって答えられて。ああ、その日は夜の撮影もあったんだよ。俺はすぐに帰ったけどな。

おかしいぞってなるわけじゃん。一応、全部のトイレを見にいったんだけど、口紅の落書きなんてなかったし、女性の共演者に頼んでトイレの中を確認してもらったんだけど、女性トイレの中にもそんな落書きはなかったらしい。そもそも、俺はともかくそいつはションベンだったわけだから、間違いようがないけどな。

それで、じゃあ確認しようってことにして、その時頼んだ女性の共演者――Bさんでいいか。Bさんも興味を持ったらしくて、三人で一緒に夜に確認しようってことになったんだよ。三人ともずっと同じ場所で固まって、アリバイを崩さないようにしてさ。その日は昼に撮影が終わったから、最後に全部確認したけど、ないってことで結論付いた。女子トイレもBさんが見てくれたけど、やっぱりないらしい。

それで夜まで時間潰してさ、三人で飯食いに行って、そのあと、見に行ったんだよ、男子トイレ。AとBさんも一緒にな。何度も男子トイレであることを確認したし、内装は男子トイレそのものだった。

あったよ。落書き。

俺たち、すっかりビビってさ。だって何回も確認したし、何かの仕組みで浮かび上がるとかそういう可能性もあったから、ライトを当ててみたりもしたんだぜ。水を含んだ雑巾で拭き取ったりもした。でも何の変哲もない鏡だったはずなんだ。それから、昼間に雑巾で拭いたからなんだろうな。水垢が浮かび上がってて、それも紛れもなくあの鏡だって証明になってるもんだから、余計に怖かった。Bさんだけは、あんたらが結託してる可能性もあるけどね、なんて言っててイマイチ緊張感なかったけど、俺とAは自分の目ではっきり見てるわけだから、もう怖くて逃げだしたくて仕方なかったわけ。早く逃げた方がいいって言った。

だってありえないだろ?俺達には完璧なアリバイがある。校舎の中に誰もいないはずなのに、口紅だけが浮かび上がってきたんだ。しかも一文一句違わず同じ文字。内容は知らないBさんには勿論書けない。ヤバイ、ヤバイって、俺たちは口々に言い合ってたんだけど、Bさんにはそのすごさはイマイチ伝わりきってなかったみたいで、バカバカしい、って鼻で笑ったんだ。それで暫くその鏡を見たあと、Bさんがぽつりと言ったんだ。

メール、したらどうなるんだろうって。

俺とAは反対したよ。ガチでヤバいって、でもBさんは何だかはしゃいでて、ビビってるなんて男らしくないなんて挑発してきたんだ。それで俺たちもちょっとムキになって、きっと、怖い気持ちを晴らしてやりたかったのもあるんだろうけど、じゃあ見届けてやろうじゃねえか、って言ったわけだ。それでBさんがメールを打ち込んで送ったんだよ。

そのあと、Bさんを説得して俺たちは何とか廃校の外に出た。正直外に出たとき、ホッとしたよ。何だか、あれを見た瞬間、二度と外に出られなくなってるんじゃないか、なんて思ったからな。それで道を歩いて、人通りの多い駅前にたどり着いたとき、Bさんが「あ」って声を上げたんだ。俺とAは振り返って、どうしたんだ?って尋ねたら、Bさん、こういったんだ。

「返ってきた、返事」

俺と、たぶんAも、校舎から出たことで多分ちょっと安心してたんだろうな。なんていうか、幽霊にもフィールド?そういのってあるじゃん。学校で起こった怪奇現象は、学校の中でだけ問題が起こる。大体のホラー映画とかそういうのって、そういうもんだろ?だから、俺はある程度余裕を取り戻してたんだ。それから、駅前ってことで、それなりに人がいたっていうのも関係してたのかもな。だから、聞いちゃったんだよ。

「なんて返ってきた?」

Aも薄ら笑いを浮かべながら、Bさんの携帯を覗き込んだ。完全に面白がってたんだ。あの時は雰囲気にのまれたけど、よくよく考えたら、口紅だぜ、口紅。光の反射とか、なんかそういうので、昼間は見えなかっただけなんじゃないかって思うようになったんだよ。昔の落書きなら、濡れ雑巾でも取れないぐらい頑固な汚れだっておかしくないしな。そういう、論理的な説明がつく事態であったような気がしてたんだ。

「今開く」

Bさんは一番上にある空メールをクリックしたんだ。どうせ、出会い系サイトにでもつながるのがオチだろうななんて、Aと俺は笑いながら言ってた。Bさんはちょっと潔癖な女性だったから、その言葉には眉をひそめてたけど、とにかくそんなことをしゃべりながら、Bさんはそれをクリックしたんだ。

そこにはただ、これだけ書かれてたんだ。

『ありがとう』

なんだこれ、って思っただろ。俺とAもそう思って、ホラーとしてもつまんねえ、なんて言い合いながら笑ったんだ。だが、Bさんは笑わなかった。俺たちがあんだけビビってるときも笑ってたBさんが。だから俺は聞いたんだよ、もしかしてビビってんすか、って。そしたらBさんは顔を上げた。ぼんやりとした顔だった。なんかまるで、魂が抜け落ちちゃったみたいな。俺はBさんがビビらせようとしてるんだと思って、「つまんないッスよ」って言ったんだけど、Bさんはそれに返事もせずにふらふらと歩きだした。どういうノリだよ、って俺はあきれてAに目配せをしたら、Aは「あの人、ああいうとこあるから」って肩をすくめたんだ。まあ大体察してたけど、Bさんは空想家というか、幽霊とか怪奇現象に夢を見ているところがあるみたいだったんだ。元々女優としても、憑依型というか、感情移入しまくるタイプの人だったし、変な人ってそんな珍しくもない業界だから、それで俺たちは納得してた。Bさんが向かってったの、Bさんがいつも使ってる電車の方角だったし。

「あの人すぐ図に乗るから、ああいうノリの時はスルーした方がいいよ」って言われから、俺たちはBさんを置いてそのあと駅で別れて、風呂に入ってそのまま寝たんだ。そもそも昼で帰れるはずだったのに、時間潰しちゃったわけだしな。おまけにあのしょうもないオチ。つまんねーって、もう逆にムカつくぐらいの気持ちだった。多分、俺たちの会話を盗み聞いてたやつが、そんなイタズラしたんだろうなって思った。冷静に考えれば考えるほど、全部になんとなく説明がつく気がして、なんでこんなことでハシャいでたんだろうって思ったよ。多分、どこかに俺達には、そういう非日常に憧れる気持ちがあったのかもな。それでどうしようもないオチだったから、粗が見えるようになったんだろう。俺はそう思った。

その次の日に、メールが届いたんだ。Aだった。AはURLだけを送ってきてたんだ。なんだろう、って寝ぼけた頭でそれを開いたらさ。

Bさんが飛び降り自殺したってニュースだったんだ。しかも昨夜、あの駅のホームで。

いきなり冷水をぶっかけられたみたいな気分だった。朝にはめっぽう弱いけど、すっかり目が覚めたよ。まず、昨日まで普通に喋っていた人が死んだってのもショックだったし、あんまり仲は良くなかったとはいってもな。何で?って思ったよ。頭の中がハテナマークで埋め尽くされてた。そもそも、Bさんが死んだという実感すら沸かなかった。

俺はBさんに悩みなんて聞いたこともなかった。まあ、そこまで親しかったわけでもなかったから、実際のところは分からないし、Aも心当たりはないけど、実際のところは分からないって言ってた。Bさんとは、あの夜が最初で最後の交流だったんだ。だから、心当たりと言えばひとつだけだった。

そうだよ、あのメール。「ありがとう」ってやつ。あの後、Bさんの様子が少しおかしくなった。俺たちはふざけてるんだろうって思ってたけど。もしかしたら本当に何かあったんじゃないかって。

遺書も見つからず、Bさんの事務所の人も「心当たりはない」の一点張り。最後に一緒にいたところが見られてる俺たちは事情聴取を受けたんだけど、あったままのことをしゃべった。スマホは壊れててメールは確認できなかったらしいし、全く信じられてなかったけどな。

結局ドラマは代役が立って撮り直した。でも俺もAも、あのトイレには近寄らなかったし、本当にそれが原因なのかもよく分からなかったけど、気味が悪くて。それからしばらくしてあの廃校が取り壊しになって聞いて、それっきりだ。Aとも、それっきり。連絡するのもあの時のことを思い出すからって、顔も合わせなくなった。どうしてるかも知らない。

廃校になんか曰く付きの話があったかと言われると、まあそれなりにあった。といっても、そこまで驚くような話ではなかった。例えばいじめを苦に自殺した生徒がいるとか、プールで事故があったとか、そのぐらい。多分その辺の学校にだってあることなんじゃないかと思う。つまり、普通の廃校だったんだ。口紅と男子トイレについては最後まで結びつかなかった。

それからAと口紅のトリックを考えた。俺としては、ブラックライトで浮かび上がるペンみたいな要領で何かできるんじゃないかと思ったけど、それはなかった。だけど、例えば俺たちが気付いていないだけで実は校舎に人がいて、俺たちが飯を食っている間に落書きをして逃げてった可能性だってあるわけで。ただそれをするメリットってのは無いけど、まあ可能性としてはそれが一番高い訳だ。雑巾を拭いた後と口紅の前後で分かる?・・ああ、確かにそうかもな。後で俺たちも思ったよ。でも俺たち、そこは覚えてなかったんだよ。だってビビってたし、ただ文字があるのを認識しただけだから。

それからBさんの自殺の動機。これに関しては、特にそれといって出てこなかった。別に特別楽しいって話も苦しいって話も周りにしてたわけではなかったみたいだ。親友だって言うアイドルの人も、細かい悩みは何度か聞いていたが、自殺するほど思い悩むものでもなさそうだって言ってたし、仕事は順調みたいだった。それからBさんの彼氏にも話を聞いた。最近はほとんど会えていないが、それはBさん側の都合であることが多かったらしい。要はマンネリ気味だったらしいけど、親友の人の話と照らし合わせても、それで悩んでいるようには感じなかった。けど、全く悩みがない訳でもなかったらしい。つまり普通の人だったんだ。現状に満足感もあり不満もあった、ごく普通の人。結局、これも分からなかった。

メールアドレスについては、まあそれなり長かったし全く覚えてない。だからメールすることもできないし、する気もないけど。だからそれもおしまい。

つまり、何もわからないってことだ。何で彼女が自殺したのか、そもそも自殺だったのか、あれは演技だったのか本当だったのか、メールは何だったのか。なんにも分からなかったんだ。ハッキリしない話だって?そうだろ、俺だってはっきりしてない。

けど・・・分からないって、気味が悪いよな。人間の仕業でも説明はつきそうだし、霊現象である可能性もある気がする。白昼夢みたいな話だ。たまに思い出して、あれは本当に現実だったんだろうかってたまに思う。紛れもない現実だという唯一の証明は、Bさんが自殺したという事実だけだ。

結局アレは何だったんだろう。Bさんはどうして自殺したんだろう。何もわからないし、もうそれを確かめるすべもないんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ