お前は歯車だ
お前はハグルマだ。
他のハグルマにそう言われてからずっと、ハグルマくんは歯車として働いていました。
左隣のハグルマに回されたら、右隣のハグルマを回します。
同じ作業を淡々とこなしていました。
ぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐるぐるぐる
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
ある日、ハグルマくんは他のハグルマたちに叱られました。
ハグルマくんが疲れて回すことをやめてしまったからです。
他のハグルマたちは、まるで自分自身のことを叱責するかのようにハグルマくんを叱りました。
でも、ハグルマくんは疲れ果てていて何も言い返すことができません。
他のハグルマたちは
疲れるなんてお前は歯車じゃない。どこかへ行ってしまえ
と言って、ハグルマくんを外に追い出してしまいました。
ハグルマくんは他にすることがなかったので、言われた通り、どこかへ行くことにしました。
***
ハグルマくんが暫く歩くと、スウジさんに会いました。
こんにちはぁ!ここは数字の国だよぉ。僕は”110”って言うんだぁ。よろしくねぇ
スウジさんには”110”という数字が書かれています。
スウジさんはハグルマくんの手を引っ張って、ペラペラと喋り始めました。
この国では数字ごとに住む場所が分けられているんだぁ
中には細かい数字のやつだっているんだよぉ
君は一体どんな数字なんだろぉ。歯車の国出身のやつらはそこそこ数字が高いから、楽しみだなぁ
多分君にもそろそろ数字が出てくると思うよぉ。ってうわっ!!汚い……
ごめんごめん。道、間違えちゃったみたい
ハグルマくんに笑顔を向けながら、スウジさんが汚れた格好のスウジを蹴飛ばしました。
蹴飛ばされたのは”69”でした。
気が付けば、うめき声をあげているスウジに囲まれていました。
ちっ。ああもう、くそがっ!……早くこんなとこ出ようか
スウジさんはぐいっとハグルマくんの手を引っ張って、走り出しました。
スウジさんに引っ張られながら、ハグルマくんは
もし自分の数字が低かったらどうしよう
と考えて怖くなりました。
ぐるぐると考えているうちに、いつの間にか周りの景色は変わっていました。
綺麗な建物、整備された道。
さっき見た場所とは全然違います。
キラキラとした周囲を見渡して、ますます怖いという気持ちが膨らみました。
道を歩くスウジ達がハグルマくんのことを見て、目を逸らします。
何かついているのでしょうか。
ハグルマくんは気になって、近くにあった噴水を覗き込んでみました。
”6”という数字がハグルマくんに書かれています。
えっ……
この”6”という数字が高いのか低いのか、どうしてこの数字なのか、ハグルマくんには分かりません。
どうしたのぉ?あ、わかったぁ、君にも数字が出たんだねぇ!いったいいくつ?
スウジさんが目を輝かせてハグルマくんを振り返ります。
しかし一瞬にして、その目は鋭いものになりました。
そして、あんなにペラペラ喋っていたのに何も話さなくなりました。
まるでハグルマくんへの興味を全く無くしてしまったかのようです。
ハグルマくんは、スウジさんの態度が変わる様子が想像できませんでした。
だからこそ、突然変わったスウジさんの態度が恐ろしくてたまりません。
ハグルマくんは走ってスウジさんから逃げ出しました。
スウジさんは追いかけてきません。
それでもハグルマくんは走り続けました。
***
どれほど走ったのでしょうか。
数字の国を出たことを確認して、立ち止まるハグルマくん。
スウジさんの様子を思い出して、ぶるぶると震えました。
あんな目は見たことがありません。
ハグルマくんはしゃがんで自分の頭を抱えます。
怖くて怖くて仕方ありませんでした。
どうしたんですかっ!!そんなところでしゃがみこんで!
大きな声が突然頭に響いて、ハグルマくんはびっくりしました。
ハグルマくんが顔を上げると、そこにはドリョクさんがいました。
ふむむ、見覚えのない顔ですね!君は数字の国から来たのでしょうかっ!
ハグルマくんは怯えながらこくりと頷きます。
ここは努力の国!
数字の国とかいうおかしなやつらの住む国とは違って、頑張れば頑張るほど報われるんです!!
頑張ったやつは自分の望むものが手に入るっ!頑張ったやつはみんなに認められるっ!
素晴らしい国でしょう!!
ドリョクさんの話を聞いて、ハグルマくんは歯車として働いていた日々を思い出しました。
頑張っても頑張ってもつらいままだった日々を思い出して、ハグルマくんは泣きそうになります。
君も頑張っていたんですねっ!大丈夫!この国で努力した人はみんな幸せに暮らしていますよ!!
ドリョクさんはハグルマくんに笑いかけます。
その優しそうな笑みを見て、ハグルマくんはほっと安心しました。
そして、
ドリョクさんに付いていこう
と決めました。
ドリョクさんに案内されて、ハグルマくんは広場に行きました。
沢山の人が広場にいて、忙しそうにしていました。
けれど、みんな笑顔でなんだか幸せそうです。
今日も俺は頑張って知らない人に話しかけました!努力するって素晴らしい!
突然大きな声を出すドリョクさん。
笑顔のドリョクさんを見て、ハグルマくんはやっと自分の居場所が見つかったような気がしました。
ガシャンッドサッ
突然嫌な音が広場に響き渡ります。
ハグルマくんは嫌な音のする方を向くことができませんでした。
……ねえ、ドリョクさん。頑張らない人ってどうなるの?
ドリョクさんはにっこりと満面の笑みを浮かべて、ハグルマくんの方を向きました。
ガシャンッドサッ
ハグルマくんの背後でまた、嫌な音がしました。
切って、落とす音。
この音の正体はなんなのか。
ハグルマくんには、気が付かないふりはできませんでした。
処分されますよっ!!だって努力しなきゃ意味がありませんからね!
ドリョクさんはにっこり笑顔で叫びました。
ハグルマくんの顔がさあっと青くなります。
ガシャンッドサッ
ガシャンッドサッ
ハグルマくんは嫌な音がする方から逃げました。
おおっ!!頑張って走っていますね!
素晴らしいっ素晴らしいっ!俺も君のことを頑張って応援しますよ!!
ハグルマくんは、ドリョクさんの応援する声が聞こえなくなっても走り続けました。
走って、走って、そして、意識を失いました。
***
ここ、どこだろう
目が覚めると、ハグルマくんは見知らぬ場所にいました。
あ、目が覚めたのね。よかった
声が聞こえて、ハグルマくんはバッと身構えました。
あなた、落っこちてきたのよ。あそこから
指さす方向には、大きな穴がありました。
走っていたことは覚えていましたが、落ちていたことは知りませんでした。
いつ落ちてしまったのか分からず、ハグルマくんは戸惑います。
あなたは何?
固い声で、ハグルマくんが問いかけます。
他のハグルマたちも、スウジさんも、ドリョクさんも、一目で何なのかすぐにわかりました。
でも、目の前にいるのが何なのか、ハグルマくんには全く見当がつきません。
私はニンゲン
ニンゲンがそう答えました。
――ニンゲン
懐かしい響きに、ハグルマくんは不思議な気持ちになります。
悲しいような、寂しいような、そんな気持ち。
……ねえ、あなたは一体何なの?
ニンゲンがハグルマくんに聞き返してきました。
ぼ、ぼくは、
”6”でもないし
頑張り屋さんでもない
ただの、歯車だよ
あれ、でも歯車じゃないって言われたっけ
ぼく、ぼくは……
詰まって音が出ません。
カハカハと空気だけが漏れ出てきます。
自分が何なのか、分からなくなりました。
もしかして、自分というものは何でもないのかもしれません。
あなたはニンゲンよ。私と同じなの
ニンゲンが優しさのこもった声でそう言い、元ハグルマくんをそっと抱きしめました。
ニン、ゲン?
ぼくも?本当に?
ハグルマくんは両目を見開くと、ぎゅっとニンゲンを抱きしめ返しました。
頭が痛くなって、目から涙がこぼれ落ちてきました。
ハグルマくんはニンゲンと目を合わせます。
変わらない優しい声で、ニンゲンはもう一度言いました。
あなたは人間よ
2022年3月26日 投稿