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番外編1「お月見」


「エル! エル!」


 私は、押し入れに眠らせていた愛用の天体望遠鏡を片手に、父親の部屋の扉を開けた。


「……やあ、お疲れ、アルカ」


 そこにいたのは父親……ではなく、黒髪の少年であり、彼は座卓に向かい、本を広げていた。彼の名はエル。私の家に居候している天使である。


 ……「天使? なにそれおいしいの?」と思ったそこのあなた! 本編『NEW・ARKADIA!』を読んでみてね!


 私はそんな彼の横へ駆け寄り、望遠鏡を横に倒して両手で持ち、見せつけるように彼の目の高さに突き出した。


「今日はね! お月見なんだよ! 一緒に見ようよ!」

「オツキミ?」


 エルは首を傾げた。どうやら聞き慣れない言葉だったようだ。


「そっか、エルは日本に住んでたわけじゃないもんね。お月見の文化がないのか」

「うーん、色々日本の文献は読んできたつもりだけどなぁ。オツキミってなぁに」


 彼は何故かおかしそうに笑って、私の目を見た。なんだろう、私の顔に何かついているだろうか。


 ……いや、そうではない。お月見の話で異様にテンションが上がっている私が、望遠鏡を抱えながら無意味に高速でスクワットしていたからである。


 よし、問題解決。


「お月見っていうのはー、十五夜っていう決まった日にまんまるのお月様が出るから、それを見て楽しむっていう伝統行事だよ!」

「月……」


 エルはこの部屋にある窓の外に目線をずらした。この父親の部屋は、南側にも北側にも窓があるが、南側の窓の外にはベランダが付いている。そこに登ると、朝は陽の照らす空を、夜は星の輝く空を拝むことができるのだ。


「……エル、もっかい誘うよ。お月見、一緒に見よう!」





「うおー! すっげー! これが宇宙の奇跡やー!」


 無事エルを誘い出すことに成功した私は、月のクレーターを彼に見せるべく、望遠鏡のレンズとにらめっこしていた。


「はは、アルカは月が好きなんだね」

「うん! 大好き! 星も好きだよ! よし出来た!」


 私はようやく顔を上げ、エルの顔を見た。

 彼はベランダの手すりに両肘を突き、こちらを見て爽やかに微笑んだ。そよ風が彼の黒髪を揺らし、部屋の灯りが背中を照らしている。まるで一枚の絵画のようだ。


「ありがとうアルカ。僕が先に観ていいの?」

「いいよ、私はさっきピント合わせてるときに十分観たし」


 私は数歩下がり、エルは私がいた場所へ進んで、高い背を屈ませて小さなレンズを覗いた。

 ほう、と軽く呟き、しばらくして顔を上げると微笑しながら口を開いた。


「うん、すごく綺麗だった。ありがとうアルカ」


 彼は望遠鏡を動かさないようにそろそろと動く。いつも戦闘で機敏な動きをしているので、この光景は新鮮である。

 しかし皆様、聞いただろうか。先ほどの彼の言葉を。ちなみに私は聞き逃さなかった。


「エル、あのねあのね」


 服の裾をちょいちょいと引っ張ると、彼は振り向いた。なぁに、と返すエルに、私はドヤ顔で説いた。


「あのね、日本では『月が綺麗ですね』って言うと、『I love you』の意味になるんだよ!」


 すると、彼は想像よりはっきり驚きの顔を見せた。こういうのは華麗にスルーされるモノだと思ったので、意外だ。


「……それは、なんというか……ことわざのようなものなの?」

「えっ、うーん……どっちかというと英語の意訳だね。日本人は遠回しに言うのが粋とされるんだと思うよ」


 あくまで私の推測である。誰も彼もが「月が綺麗ですね」と告白するわけじゃないし、日本人による日本語遊び、というようなものだろうか。日本人のそういうところが、私は好きだ。


 黒いベールの上に、くっきり姿を現す黄金の衛星。それを眺めた後、ふとエルに振り向いた。


「えっへへ、ねえエル!」


 涼しげな顔をしている彼に、私はニッと笑いかけた。



「『月が綺麗ですね』!」



 …………。


 …………。


 ……あれ……?


「……アルカ、それってどう返せばいいの?」


 頬杖を突いたまま、苦笑いするエル。


「……あれ…………私、返し方知らないかも……」

「うーん、そうか。じゃあね……」



「雲に隠れても……きっといつまでも綺麗だろうね」



 彼は少し照れ臭そうに、それでいて優しい目で、月を見上げた。


「エル、それどう言う意味?」

「ヒミツ」

「ひょえー! めっちゃ気になるんだが‼︎ 教えてよー!」



 ——今年のお月見は、いつもよりちょっぴり、賑やかな日になりそうだ。


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