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『残念、非常に残念だ』
「嘘つき! 嘘つき!」
『何のために我はここまでのことを』
「どうして、どうしてこんな」
女から欲しい情報を聞き出した、否、知りたくなかった真実を知ったゴブリンキングは、犯される女を見下ろしながらつぶやいていた。
服を無残に破かれ、異物を飲み込んだ女はそれでもまだ一個人としてふるまおうとしていた。汚れた血をかぶり、ゴブリンの母となろうとしているのにだ。
そのようなプライドに、もはや何も意味はないというのに。
女の待遇は、同じ地下牢にいる母体の女たちと同価値となったというのに。
ゴブリンの母体となった人間の行く末など、決まっているというのに。
ゴブリンに犯された女に価値などない。一度ゴブリンをはらめば他の種族の子ははらむことができなくなる。どんな病気をもっているかもわからない。行く末など、決まりきっている。
「あっ……何もしないと、い――ってぇぇっ!」
『ゴブリンのいうことを信じるなど、愚かだな。知識はあっても知恵はない。だからゴブリンに都市を奪われるのだ。ジェネラルのほうがまだ賢いよ』
「あ――」
平坦な声だった。鬱憤を込めて感情を放ったキングは、用済みとばかりに女を投げ捨てた。冷たい石畳に投げ捨てられ、女は肩で息をしながらキングを見上げている。
「領主であったあなたには教えてあげる。なぜ私がこの都市を襲ったのかを」
「な、にを」
「私はね、死にたくないのよ」
それはゴブリンとしては考えられない感情だった。ゴブリンは群れで生存する魔物だ。故に自我が薄く、自分よりも群れの存続を優先する性質がある。
だが、キングには明確な自我が芽生え、その自我は死にたくないという願いを生み出した。群れの存続のために、生存を優先し続けたことも影響があるのかもしれない。
ゴブリンの寿命は六月だ。そのことをキングは兄弟たちの死で学んだ。そして、その段階で進化すればまた六月の寿命を伸ばせることにも。キングは進化し続ければ、生き続けられると思っていた。
しかし、
「第四階級に至った私は悟ったわ。この先には何もない。私はここで打ち止めだってね」
二十四月。それがゴブリンという種の寿命の限界だった。三度の進化を重ねてもなおたったの二年。キングはキングになった時、己の種の弱さに嘆いた。
「ほんのわずかな望みをかけて都市を襲ったのは、もしかすると、人間であればなにか知っているかもしれないと思ったから。人間はゴブリンよりもはるかに優れている。私は人間から言葉と知識を学んだからね。人間であれば、さらなる進化を、第五階級へと至る道があるのではないかと思ったのよ」
ゴブリンの寿命は二十四月。ゴブリンキングが生まれてからすでに二十三月。
キングの寿命はあと一月しかない。
その寿命を超える方法を模索し、たどり着いた女から得た結論は、「ゴブリンの第五階級は理論上存在するが、進化の方法は一切わかっていない」だった。他の都市や人間を襲おうにももう時間がない。仮に手段が見つかったとしても、そもそも達成できるかわからない。つまり、キングは一月後、寿命で死ぬしかないということだ。
わかっていたことではあったのだ。それでも、キングはかすかな可能性に縋りたかった。
『つまるところゴブリンは個ではなく、群れで生きる魔物だったということだ。私という個は、ゴブリンという種族の中で何も残さない。ゴブリンには貴様ら人間のような名前もない。無名のゴブリンとして、死にゆくのみなのだよ』
最後の言葉は諧謔が過ぎて、とても聞かせられるものではなかった。
「一月後、あなたは私の子どもを生む。そのコが、私がこの世界に存在した儚い存在証明」
察するところがあったのか、女は何も言わなかった。
「もう来ないわ。さようなら」
耳障りな嬌声を聞きながら、キングは人間との戦いの作戦を練り始めていた。