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 地下を進むと、甘く苦しむ人間の声と、興奮するゴブリンの声が聞こえてきた。


 おそらく地下牢として使われていたであろう場所は、いまや群れの繁殖の場と化していた。炎の明かりに照らされ、手首を鎖で縛られた人間やオーク、エルフなどの女たちにゴブリンたちがのしかかっている。手前から母体としてのキャリアの新しい者たちで、奥に行くつれて古参の母体となる。


 新参者たちは抵抗したり、悲鳴を上げているものがほとんどだが、古参の母体になるにつれ、無反応だったり、逆に悦んでいたりしている。


『貴様らも楽しんでくるといい』


 キングの言葉に、チラチラと様子を伺っていたゴブリンたちが喜色の声を上げる。第二階級のゴブリンを蹴飛ばし、女たちにのしかかるゴブリンをしばし眺めた後、キングは一番奥の部屋へ向かった。


 複数の鉄格子を抜けた先には、他の女たちと同様に手首を縛られた一人の女の姿があった。ただ、鎖は他の女たちとは違い、装飾の入った特別なものだ。身につけている衣服も監禁生活で薄汚れて入るが仕立てのいいもの。彼女はキングの姿を認めると憎悪の表情を浮かべ、ペッとつばを吐きつけた。


『ギィィ!?』


 キングの頬につばが吐きつけられたのを見て、見張りのゴブリンはいきりたつが、そんなゴブリンをキングは手で制した。


 キングは喉に手を当て、形を調整した後、口を開いた。


「ギ――ふむ。ここに閉じ込めてからしばらくたつけれど、心はまだ折れてはいないのね」


 しわがれてはいるが流暢な人間の言葉が、キングの口から出る。女は不愉快そうに顔を歪めた。


「気色悪いゴブリンだ」


「気色悪い、ね」


「人間の言葉を話すゴブリンなど、聞いたことがない。それも女の言葉を話すゴブリンなど、気色悪い以外にないだろう」


 その言葉に、キングはくつくつと笑う。


「それはごめんなさい。私が言葉を習ったのは冒険者の女だったから。その言葉遣いがきっとうつったのよ」


「どういう気持ちでそいつは言葉を教えたんだ」


「私に犯されながら、嬉しくて嬉しくてしょうがないという風に教えてくれたけどね」


 縛られた女の下腹部に目をやりながら言うと、女の顔はわかりやすくこわばった。地下牢に閉じ込めてから、すでに十日以上たっている。キングは女を一切襲っていないし、襲わせてもいない。こうして時折に話に来るだけ。だが、絶え間なく女たちとゴブリンの情事の声は聞こえてくるのだ。それも最奥から聞こえてくるのは、ゴブリンに屈し、愉悦に浸る声ばかりだ。


 いつ自分が慰み者になってもおかしくない。その群れに加わりたくない。生殺しの恐怖心は心をえぐる。


 その精神の摩耗をキングは期待している。


「さて、私の知りたいことを教えてくれる気にはなったかしら?」


「ゴブリン風情に教えることなど……一つもない」


「それは残念……ところで、私は今さっき、あなたにつばを吐きかけられたのだけど、そのことについて、なにか言うことはない?」


 ぐいと、女の下腹部を足で踏む。女は「うぐっ」とうめく。


 うつむき、歯を食いしばる女の顔を掴み上げ、ゴブリンたちから見れば非常に整った、人間から見れば醜悪極まりない顔を近づけてみせる。


「一ついいことを教えてあげる。ゴブリンというのはね、ほとんどがゴブリン以外の腹から生まれてくるものだけど、生まれるゴブリンは母体によって強さを変わるの。人間から生まれれば進化しやすいゴブリンが生まれる。オークだったら力が強いし、エルフだったら魔力が強い、みたいなね。もちろん種族差だけじゃないわ。母体の個体差も多いに影響する。……ところで貴族で、この都市の元領主だったあなたは魔力も強いし、知恵もある。そんな人間からは、さぞ優れた個体が生まれるでしょうね」


 女の弱った脳みそでも理解できるように、ゆっくりと語ってやる。女の目には涙すら浮かんでいた。随分弱ったものだ。都市に攻め込み、領主の部屋で初めて女と出会ったキングは実際のところ、この女に殺されかけた。女の反撃はキングの想像を上回るものであり、おそらくジェネラルの加勢がなければ、死んでいたのはキングの方だった。


 魔法の使い手であったから、都市の宝物庫にしまってあった魔力封じの手枷をはめ、軟禁することになった。


 日に日に弱る女を見ていると、押し殺したはずのゴブリンとしての暗い情欲が呼び起こされる。


「……すまなかった」


「ふふ、いいのよ」


 女から謝罪の言葉を引き出し、キングは腹の底から笑いたくなった。


 心が折れてきている。この機を逃す手はあるまい。


「私はねぇ、できればあなたとは仲良くしたいのよ」


「ば、馬鹿な。人間とゴブリンが、仲良くできるはずがないだろう」

 

 反論の言葉は弱々しい。


「そんなことはないわ。私は人間の言葉を知っている。あなたとこうやって言葉を、手を」


 女の手にキングは己の手を重ねる。


「通わすことができる。なら、仲良くすることだって絶対にできるわ。もしあなたが私のお願いに答えてくれるなら、危害は加えないと約束する」


 危害を加えない。その言葉に女の瞳が一瞬揺らぐ。


「信じられるはずが……」


「私はね、知りたいだけなの」


「知りたい?」


「……別に」


 間があった。


「あら残念。あなたとはやっぱり仲良くできないのかしら。だったら」


 そっけなく感じられるように。女の手をさっと離し、後ろに控える見張りに目配せをする。好色な笑みを浮かべたゴブリンは、下半身のボロ布を脱ぎ捨てながらゆっくりと近づいてきた。押し殺すような女の悲鳴。キングは悲しみを表現するように顔をふせる。


「仲良くしたかったけどもね。――私には()()()()()()()()()()。あなたが願うなら、止めても」


「あっ、ぐ、ひっ、た、頼む! 言うことを聞く! だから! 頼むからやめさせてくれ!」


 舌なめずりをしたゴブリンが女にのしかかる直前に、叫ぶように女が言った。


『フヒッ』


 手で覆い隠す。キングの口元に醜悪な笑みが浮かんだ。


 刹那、ゴブリンの動きが止まる。


「嬉しいわ。私とあなたは友達になれるのね」


 キングの手から飛び出た魔力の刃が、ゴブリンの心臓を背後から貫いていた。ゴブリンはなぜ、というようにキングを見る。キングはゴブリンの耳元に顔を寄せ、囁いた。


『ギィィ?』


『悪いが、この女を屈服させるために死んでもらう。だが安心するがいい。お前の死はけして無駄にはしない』


『ギ、ギィ』


 キングの言葉を受け、ゴブリンは絶命する。刃の消失。小さな心臓から吹き出る緑色の血が、女に降り注いだ。


 小綺麗な顔が生臭い緑色に染まる。それは女の将来を暗示しているようで、キングの嗜虐心を満たす。


「あ、あぁ……?」


「さて、教えてくれる?」


「な、何を……」


 ぐちゃぐちゃの感情であろう女の頬に手をあて、キングは言った。


「第四階級のその先。第五階級へと至る方法を」

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