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 支配下にあるゴブリンたちへの謁見を済ませ、キングは現在のねぐら、元々都市を支配していた貴族の城の地下を歩いていた。


 キングに付き従うのは、数匹のゴブリン。いずれも第四階級であるゴブリンキングの一つ下、第三階級にまで上り詰めた知恵や武術で優秀なゴブリンたちだ。


『人間どもの様子はどうだ』


『はい。奴らは群れ(軍)を作り、遠方より我らを監視しているようです。どうやら我々の力に恐れをなしているようで……』


 真っ先に答えたのは、ひと際体格の大きいゴブリンジェネラル。胸を張り、人間たちへの侮蔑をにじませるゴブリンジェネラルの言葉を、キングは一喝する。


『愚か者。人間どもが我らに恐れをなすものか。奴らは常に我らを見下し、負けることはないと思い込んでいる。故にこの都市も奪い取ることができたのだ。貴様も群れの一部を率いる者であるとするならば、そのような奢りは捨てよ』


『も、申し訳ありません!』


 ジェネラルは一転、石畳の通路に頭を叩きつけるようにして謝罪した。周囲のゴブリンたちはそんなジェネラルを一顧だにしない。


 これだからソルジャー上がりは。キングは内心ため息をついた。ジェネラルは戦闘においては群れの中で特出している。並みの冒険者や兵士などでは相手にならず、大斧を一度振るえば、人間の体はたやすく吹き飛ぶ。周囲のゴブリンの士気を上げるにはこの上ない逸材だ。正面から戦うとなれば、メイジ上がりのキングでは太刀打ちできないだろう。


 だがその腕っぷしの良さの代償に、このジェネラルには知性というものがない。第三階級なだけあって、ゴブリンの言語を扱える分ましだが、軽率で驕りが過ぎる。目の前のことしか見えていない。はっきり言って愚かだ。


『けして驕るな。我らを上位と思い込むな。我らは弱者だ。我が右目がそれを証明している』


 キングは右目を部下たちに見せる。彼の右目は醜く潰れていた。彼が進化し、ゴブリンメイジとなってすぐ、群れを襲ってきた人間の冒険者たちにつけられたのだ。冒険者ギルドは百近くに膨れ上がったキングたちの群れを驚異に感じ、高位の冒険者を送り込んだのだ。


 結果、群れは壊滅。キングは片目を失いながらもどうにか逃走し、はぐれゴブリンとなった。


 キングはあの壊滅は群れの長が驕っていたからだと考えている。頻繁に人間の村を襲い、無節操に繁殖を繰り返した。そのおかげで自分が生まれたことは否定できないが、同時に人間に目をつけられ、崩壊することとなった。


 その経験から学んだことは一つ。


『必ず勝てると思えるまで、姿を見せるな。人間に存在を悟られるな。もし群れの存在を知られれば、その人間の群れは一匹残さず滅ぼせ。徹底的に隠れ潜め。そうしなければ、滅ぶのは我々だ』


 ゴブリンは弱者なのだから。慎重に行動しなければならない。少数で人間に挑んでは勝てるはずがない。そのことを理解した彼は住処だったところから遠い野山に潜み、チャンスを伺った。一人で薬草を採取している冒険者の女を見つけたのは彼にとって僥倖としか言えなかっただろう。あるいは女にとっての不幸か。彼女に仲間がいないことを見抜いた彼は女をさらい、群れを増やすための母体とした。新米の冒険者に過ぎなかった女は、稚拙ながらも魔法を使う狡猾なゴブリンにあっけなく敗北した。


 女が逃げられないように縛り付け、すぐには死なないように栄養を与え、子を孕ませる。最初こそ激しく抵抗した女だったが、彼は賢かった。飴と鞭を巧みに使い分けてやれば、一月もするうちに従順になった。キングは女から人間の考え方や言葉を学んだ。女は自分の精神を守るために、彼を家族のようなものと思い込むようにしたのだろう。女はキングがゴブリンワイズマンに進化するまで生き、群れの数が千を超えた頃に病で死んだ。


 女の血肉はキングが一人で食らった。血の一滴も、髪の一房も残しはしなかった。


 キングは女から学んだ人間の知識を活かし、静かに同胞の数を増やしていった。


――場末の冒険者はいなくなっても誰も心配しない。もとより鼻つまみ者だからだ。


――不自然な魔物の増減に冒険者は敏感だ。大量発生が起きれば、多くの人間が死ぬ。ゴブリンと違い、人間は同胞の死に敏感だ。ただしそれは、身近な人間に限る。


――さびれた村なら滅んでも気づかれにくい。いずれ気づかれるが、その前に遠くへ逃げてしまえばいい。


 人間に気づかれないまま、彼の群れは膨れ上がった。ゴブリンを孕めるのは人間だけではないが、他種族の魔物を襲うのはリスクが高い。挑むのは確実に群れごと壊滅させられる保証のあるときだけ。それに、オークやオーガの方が強いゴブリンが生まれやすい。


 母体はできるだけ長生きをさせた。ゴブリンの子の半数は一月もしないうちに死んでしまう。そこからさらに進化するゴブリンは百匹に一匹いるかどうかだ。母体がいれば生存し、進化するゴブリンの母数も増える。増えただけ、食料の問題もついてきたが、進化の見込みのない使い捨てのゴブリンに土や雑草を食べさせればそれですんだ。


 群れの数が一万を超えた頃、さすがに隠しきれなくなって人間たちに群れの存在が発覚した。だがその頃には、彼はすでに第四階級ゴブリンキングへと進化を果たしていた。


 キングは、人間たちの都市へ戦争をしかけ、都市の一つを奪い取ってしまった。

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