表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

 ゴブリンは弱い。それはある意味では正しく、ある意味では間違っている。


 単体で見れば、ゴブリンほど弱い魔物はいない。人間の子どもほどに小柄で、力も成人した大人並み。頭も悪い。外見もひと目で魔物とわかる緑色の醜悪なものだ。だから、人に擬態できる一部の鬼種と違って人間の町に紛れ込むようなこともできない。


 村の男衆の手であっても容易に討伐できる程度の存在。


 数こそ多いが、非常に弱い。農作物や家畜を荒らす厄介な魔物だが、自力でも対処ができる程度の存在。


 それが世間一般でのゴブリンの評価だ。


 だが、高位の冒険者や国の兵隊は知っている。確かにゴブリンの体は小さく、力も弱い。それに間違いはない。進化した上位種のゴブリンとてそれは同様で、ある程度熟達した冒険者であれば討伐はそう難しくない。


 けれど数が多い。


 そう、ゴブリンは弱い。だが異常なほどに数が多いのだ。殺しても、殺しても。いくら殺してもどこからか湧いてくる。人間が最も殺した魔物はゴブリンであろうが、それでも一向に滅びる様子はない。


 人間が殺しただけ、あるいは殺した以上にゴブリンは増える。


 数は力だ。想像してみてほしい。武器を持った非力な子どもが一人襲ってきたくらいでは、驚くだけでやられはしないだろう。だがその子どもが十人、二十人と増えれば? 問題ないと大言壮語を吐く者も、百、千、万と増えていけばどう思うだろう。しかもそれらが恐ろしい連携を見せ、己の身も顧みずに襲いかかってくるとしたら?


 たとえ無比の剣技や強力な魔法を使えたとしても、身の危険を感じるのではないだろうか。


 何度でも言おう。ゴブリンは弱い。しかし、群れとなったゴブリンは弱くない。群れの規模が数千、数万、数十万となったゴブリンはもはやただの魔物とは言えない。一つの災害、討伐ランクA~SSであるドラゴンや魔族と同レベルに数えるべき危機なのだ。


 討伐ランクはE〜SS。冒険者ギルドの定めるゴブリンという魔物の討伐ランクが、ゴブリンという魔物の特異性を最も顕著に表している。


   *


 そのゴブリンキングは、生まれてこの方満足というものをしたことがなかった。


 人間の都市を滅ぼしても、そこに住んでいた人間の頭蓋骨を積み上げて作った玉座に座っても、ひざまずいて己を見上げる数万のゴブリンを見ても、何一つとして満たされるものはなかった。


『頭を下げよ』


 隻眼で群れを睨みつけ、己が一声上げると、周囲のゴブリンたちは一斉に頭を垂れる。『ギィィィィ』とゴブリンたちの歯の隙間からこぼれたようなかすれた声が響いた。


 ゴブリンの群れは徹底された縦社会だ。下の階級のゴブリンは、上の階級のゴブリンにけして逆らわない。命令は絶対。もし、ゴブリンキングが群衆に「死ね」と命令すればゴブリンたちは一瞬の動揺を見せた後に命を断つだろう。


 ゴブリンとはそういう生き物だ。


 ゴブリンキングは懐古する。己もかつては頭を垂れる側だった。ゴブリンキングの生まれは特別なものではなかった。父の属する群れの一匹がさらってきた人間の女の腹から生まれた。ゴブリンにメスはほとんどいない。大抵は人間やオークといった自分たち以外の種族から生まれる。


 数十の兄弟たちとともに生まれた彼の最初の食事は、己を産んだ母の骸だった。その女はすでに五度の出産を経験しており、すでに体は弱りきっていた。ゴブリンを孕んだ女は一度に数十のゴブリンを出産する。その時の体力の消耗たるや、だ。幾度もゴブリンたちに陵辱され、百を超えるゴブリンを腹から生み出し、しかし、死ぬことすら許されず、腐りかけの獣の生肉を無理やりに口に運ばされる。


 正気などとうに消え、ゴブリンをはらむだけの人形と化した女のありふれた末路だ。人間であれば、哀れみを覚えるか、あるいは義憤に燃えるだろうがゴブリンに多種族を想う心などない。だが、彼にとっては幸運だった。生まれたてのゴブリンの食事の多くは土か雑草。痩せこけていても、人の肉を初めにありつけるなど、滅多にない幸運だ。


 どろりと濁った目玉と脳みその味を、ゴブリンキングは今でも忘れていない。


 兄弟たちの中でもとりわけ小柄だった彼だが、人間の肉を食らったこともあったからか、またたく間に成長していった。生まれてすぐのゴブリンは人間の頭部ほどの大きさだが、食べれば食べるだけ成長する。生まれた直後のゴブリンは、排泄などという体を削るような無駄な行為はしないのだ。


 生まれて一月(三十日)がたち、成体となった彼は、とにかく知恵が働いた。ゴブリンは徹底した縦社会。だが、同じ階級の中であればいくらか融通がきく。兄弟たちを率い、彼は人間ではなく、森の獣を狩った。美味いが遠くにいる人間よりも、近くにいる獣を確実に狙ったのだ。


 幼体の頃に彼はずっと見ていたのだ。人間の村を襲いに行くといい、帰ってこなかった同胞たちの姿を。住処の周囲に美味そうな獣がうろうろしていたことを。


 そこには他のゴブリンにはない、確かな知性の輝きがあった。


 時がたち、六月(一八〇日)。寿命で死にゆく兄弟たちを横目に一度目の進化を果たす。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ