Epsode4 ボン・ボヤージュは突然に(下)
「ここが……ブゼン国……」
今、アイネとカリンは、ブゼン国の武家頭領、オオトモ・ツクシたちの屋敷に来ている。
「なんというか……歴史を感じるといか、のどかというか……」
アイネは出された暖かいお茶を一口飲んだ。美味しい。オオトモ家の屋敷はブゼン国とチクゼン国の国境にあるようで、かすかに波の音が聞こえてくる。ただチクゼンの都会さと比べると、どうしても田舎っぽさが目立つようだ。
「こう見えてもブンゴやヒュウガよりは都会だからね。ビルもショッピングモールもあるから!」
目の前では、ブゼン国の武家頭領、兼「FRiEND」のリーダー、ツクシがまったりとおせんべいを食べている。舞台衣装に包まれていなくても、その透き通った肌と端正な顔つきがアイドルとしての美貌を物語っている。
「(……「TiKS」のアジサイさんとはまったく違うタイプの人間だね。なんというか、めっちゃいい子……)」
「アイネちゃんとカリンちゃん!話はさっき聞かせてもらったわ、旅をしているみたいだね!蝦夷はここから遙か北にある大地、あと1週間はかかりそうね」
「は、はい」
「それで……スカウトの件だけど、実は一人思い当たる人がいて……ただその前に、残念なお知らせがあるの」
ツクシが一枚の地図を机に広げた。今時紙製の地図なんて珍しいなあ、と思ったアイネだ。
「ここが今いるブゼン国。それで、ここがあなたたちが次に目指すナガト国。ごらんの通り、海を渡る必要があるわ……ただ、唯一の橋が今工事中で通れないの。少し前に何者かに壊されてしまってね」
「そんな……ほかに海を渡る方法はないんですか?」
「海底トンネルがあるけど、君たちのバスじゃあ重量オーバーね……それと船で運ぶのもムリっぽい。もういっそこのバスをここに置いて先進んだら?」
「絶対ムリっしょ!あはは」
ツクシの隣に座っている、オレンジ髪の元気娘が「FRiEND」の二番手、兼ブゼン武家副頭領のオオトモ・ランだ。
「まあいいんじゃん?通れないものは通れないし、とりあえずうちで居候していけよ!あはは」
「いえ、そこまでは……」
「ランったら……とりあえず、ご飯にしましょう!」
「!」
「君たち、これ目当てだったでしょう?待たせてごめんね、準備ができたみたいよ!」
アイネとカリンの表情が、まるで満開の花の如く明るくなる。
「「あ……ありがとうございます!」」
◇
「ずずっ……お、美味しい!これは……?」
「アイネちゃんははじめて?これはラーメンっていうの。チクゼンやブゼンのラーメンはとくに美味しいって言われているけど……まあ、日本中のどこに行ってもあるくらい有名な食べ物だよ」
「でも……このラーメン、私が今まで食べた中で一番美味しいです!ラーメンとは思えないほどに!」
カリンも、この久しぶりの美食に感動しているみたいだ。
「よくわかったね、カリンちゃん!実はこのレシピ……普通の店では食べられない秘伝なのよ!ある人から特別に教えてもらったの」
「へえ……」
アイネは、目の前のラーメンを見つめる。とろみのある濃厚なスープを一口味わってみれば、さまざまなうまみが絶妙なバランスを保ちつつ舌を襲ってくる。そして細い麺をスープに絡ませ、思いっきりすする。うん、味覚の先にある感覚が、暴力的なうまさで満たされていく。
「ごちそうさまでした!」
ゴクッと、最後の一滴まで残さず飲み尽くす。健康には悪いらしいけど……丼の底が見えるのは、素晴らしいことだ。
「それでね……今からあなたたちに会って欲しい人こそ、この秘伝レシピを教えてくれた当本人なのよ!」
「うんっ……!」
心の中で、ガッツポーズをするアイネとカリンだった。
◇
その後、二人はツクシたちと別れをつげ、バスの中で一晩を過ごした。
そして二日目の朝、二人は教えてもらった住所を探しにバスを走らせる。深い霧のなか、波の音がループする。
「うん、ここで合っているはず」
二人は、一軒のボロボロの平屋の前でバスを止める。カン、カンと、中から金具がぶつかり合う音が響いてくる。
「ごめんください――ナカ・スミレさんですよね?」
「……ああ。なんかようか」
扉の先に立っていたのは、一人の少女――長いブラウン色の髪の毛からは汗がしたたり、厚手の白いタンクトップは透けうっすらとその肉体美が見える。
彼女こそ、ツクシが口にしていたラーメンレシピの伝承者、そして「FRiEND」のステージの建設、解体を一人でやりこなす凄腕の匠、ナカ・スミレだ。
「実は――」
カリンは、自分たちの目的、そしてツクシの紹介でここにたどり着いた旨を伝えた。
「そうか……話を変えるが、あんたたち、海を渡って北上したいと言っていたな」
「はい」
「……そうだな。ちょっと見て欲しいものがあるんだ。一緒に来てくれるかい?」
三人は、平屋を離れ、海の方に向かって歩き出す。すると、霧の奥にから、海の上にある大きな物体が段々とその姿を現す――
「これは……橋?しかし、この橋は地図にはない――」
「この橋は数年前からすでに使われなくなったのさ。ご覧の通り、ボロボロだ。波に打たれるたびに悲鳴をあげている」
海風が吹く中、スミレは静かに橋を見つめる――
「こんな橋も、昔は人や車を対岸まで運んでいたのさ。そして、この橋を作った男たちの誇りでもあっただろう――機械も魔法もない時代に、人を対岸まで運びたいと願った人たちがいる。その人たちが、石を一つひとつ積み上げて作ったものだ」
「……」
「すまないな、余計な話をしてしまった。私はこいつに最後の仕事をさせてあげたいんだ」
「最後の仕事……でも、このままでは車一台渡りきれずに橋が崩れるはず……」
「車一台でもいいんだ。だから一人で修理をしているんだ」
「一人で?!」
「私の魔法は、こういった土木工事に向いているからな。一人でも、案外やっていけるよ」
「ま、魔法……」
「スミレさんは、土属性の魔法を使うの――魔法にはさまざまな属性があって、人それぞれに得意な属性や不得意な属性があるんだよ。もっとも、普通の人なら1種類の属性しか扱えないんだけどね」
カリンが、アイネのために補足する。
「へえ……」
「アイネとカリン、だったかな。スカウトの件はさておき、あんたたちにはお願いがあるんだ……うん?」
その時。西の方から、なにやら不穏が音が聞こえてくる――
「さ、サイレン?これは……」
「――敵襲です――海賊が海岸より上陸しました、付近の住民たちは命を守る行動を取ってください――繰り返します……」
「海賊?!スミレさん、これは……」
「私にもわからない……少なくとも、私は一度もこのようなことを経験していない――」
「君たち!ここにいたのね!」
すると、背後から三人を呼ぶ声がする。
「ツクシさん!ランさん!」
二人はステージのときと同じ衣装を着ている。手には魔法の杖を持っている――それはおもちゃコーナーで売ってそうな、いかにも女の子が好きそうなかわいらしい形をしている。その姿は、まさに「魔法少女」と呼ぶにふさわしいだろう。
「な、なにが起こったんですか?」
少し痛々しい服装の二人に動揺する隙もなく、サイレンが鳴り響く中、アイネは恐怖心で立っているのがやっとだ。
「二人は早くここから避難して!スミレ、手伝って――」
彼女たちの会話を遮るかのように、魔法の弾が空から降り注ぐ!
「危ない!」
とっさにアイネをかばうカリン。
「ミラクル――ビーム!」
ツクシが杖を振りかざす!そこから一本の光がその魔法に向かって放たれ、二つの攻撃はぶつかり大きな衝撃派が生まれる!
「ぎゃああ!!」
轟音と強風がアイネたちを襲う!砂ぼこりが舞い散り、海が大きくうねり出す。そして――
「これはこれは、ブゼンの武家頭領じゃないか!さすが「女児にもっとも人気な武家」に選ばれただけだ、ネーミングセンスも光っているよ!」
「こいつらは……海賊……「ミシマ海賊団」!」
およそ数十人規模の集団が、霧の向こうから姿をあらわす!
「腕にドクロの刺繍が……あわわ」
おとぎ話の世界でしか聞いたことがない、海の上のギャング。どうやら、この世界ではまだ海賊が活動しているらしい。
「気をつけて、彼女たちも魔法使い……しかもかなりの実力者が紛れているみたいよ」
ツクシが杖をグッと握りしめる。さきほどの爽やかな海風とはうってかわり、まるで殺意を含んだかのような冷たい風が両陣営の間を吹き抜ける。
「カリンちゃんたちは、下がった方がいいと思うよ~」
ランのイメージカラーは、オレンジ色――そんな太陽のように元気な彼女も、今はとても厳しい表情をしている。
「いいえ、私も戦います!ブゼンの皆さんはミカヅキ製作所の大事な取引相手……そして、なにより!」
「なにより?」
「美味しいご飯を振る舞ってくれたから!」
懐から魔法の杖を取り出し、冷たい風に打たれながらも凛とした表情で敵の姿を捕らえる。普段は頼りない上司だけど、カリンだって立派な魔法使い――
「アイネちゃんはまだ魔法が不慣れだから、ここは下がって――」
「……」
目の前の小さな背中が、こんなにも大きく見える。小刻みに震えながらも。
「私も、戦うよ」
「えっ?!でも――」
「今すぐにでもこの場所から逃げたしたいよ。私は別に魔法使いじゃあないし、敵の正体もよくわかっていないのに命を賭けるなんてばかばかしい。でも、友達が戦っているのに、自分だけ逃げ出すなんてみっともないでしょ?」
「アイネちゃん……」
「それに……ツクシさんたちのステージを見ていると、魔法ってそんなに悪くないんだと思うようになったよ」
アイネは懐から、一本の杖を取り出す――
◇
「この旅にはもう一つの目的がある。それが――アイネくん。君が最強の魔法使いになること!」 つづく!