Episode3 ボン・ボヤージュは突然に(上)
サツマ国を離れ、ひたすら道路を走ること3時間。
山と大草原に囲まれ、1台のバスがアイネとカリンを載せて静かに走るーー
時を遡り、出発前。
「旅?!」
「そう。アイネくんとカリンくんには、このバスで旅に行ってもらうよ。中身はキャンプカーに改造しているから、衣食住共に問題なしだよ!」
アイネの目の前にあるそのバスには、ミカヅキ製作所の紋様が大きく描かれている。この紋様を見れば、国境の警備員はすぐに通してくれるらしい……
「いやちょっと話が見えないんですけど……」
「そうだね!詳しく説明すると、君には人事部の一員として日本を一周し、優秀な人材をスカウトしてもらいたい。そして、ついでにある職員を呼び戻して欲しいのだ」
「は、はあ……職員を呼び戻す、とは?」
「まあ、その……少し前に、ある職員と、喧嘩しちゃったのさ。それで飛び出して蝦夷国に行ってしまった彼女を、連れて帰って欲しい……」
「……」
「そして、この旅にはもう一つの目的がある。それが……」
◇
というわけで。今、カリンがそのバスを運転し、そしてアイネは助手席で外の景色を呆然を見つめている。
「……呆れるほど綺麗な山と大草原だ……」
「ここはヒゴ国といって、大きな火山で有名な国なんだよ!あとヒゴ産の牛乳もとっても美味しいんだよ」
「……カリンは、急な出張とか嫌にならないようだし、なんかいいなあ……」
「出張?私は旅だと思っているし、むしろワクワクしているよ!」
「へえ……」
ポジティブ思考って、素晴らしい。そう思ったアイネだ。
「さて、そろそろご飯の時間にしようか!食料もたくさんあるし!アイネちゃん、よろしくね~」
バスは、パーキングエリアにたどり着いた。ほかに利用者はあまりいないようだ。
「よろしく……?ごめん、私このキッチンの使い方とかわからないし、そもそも自炊したことがないんだけど」
そう。なんとアイネはこれまで一回も料理を作ったことがないのだ!
「そうなんだ!でも私もできないよ」
「えっ?」
「うん」
そう。カリンはお嬢様だからもちろん料理なんて出来るわけないのだ!
「まあ、そうだよね……じゃあなにか買って食べようか。もしくは店に……」
「でも、そんなお金ないよ?」
「ええっ?」
そう。なんと、マーシュ所長はケチなのだ!よって、この旅でのお金の支給は――0!
「ちょっ、さすがにそれは酷くない?!」
「でも食料とは備品は余るほどあるし、そもそもこのバスに搭載されている大量の設備に大金が使われているから、お金なんて必要ないよね――って言っていたよ、所長が」
「嘘だろ……じゃあ……」
「……よし!」
カリンの目の奥に、決意の火が灯る。冷凍室から大きな肉を取り出すと、それをコンロの上に置いた!
「行くよ!おおお――」
数分後、二人はテーブルを囲みながら座り、目の前には「料理」が――解凍もせず、直火で焼かれた肉の塊。恐る恐る、アイネは肉を一口サイズに切り分け、そしてそれを口に運ぶ。
「……うん、がっつり生だね」
「ふええ……」
フォークとナイフを机に置くと、二人は視線を車外にそらす。鳥のさえずりが、聞こえる。
「……まずは料理できる人をスカウトしようか」
「……うん……」
◇
結局非常時用の缶詰で腹を満たした二人は、その後もひたすら公路を進み、あっという間に西海道地域で最も栄えている国――チクゼン国へに到着した。
「ここがチクゼン国……ここなら、素晴らしい人材に出会える気がするね!」
ダッシュボードの横に付属しているタッチパネルには、日本地図が表示されている。チクゼン国は、西海道地域の最北端に位置する。さらに北上するには、この先にある大橋を通る必要がありそうだ。
「それじゃあ、都心部に寄ってみようか」
「うん!」
◇
「うわあ……人がたくさん!」
バスを走らせること30分、二人はチクゼン国の都心部へとやってきた。サツマ国とは比べものにはならないほど、たくさんの高層ビルが立ち並ぶ町中では、たくさんの人々が行き交う。
「うん?あれは……」
すると、アイネは町の一角に人溜まりを発見。気になってそこを覗くと――
カラフルな3本の光が、空を横切る。
「!」
すると、それに続くように、またもや5本の光が飛び立ち――そして光と光が、空中で衝突する!
次の瞬間、沸き立つ人々の歓声を遮るように、大音量の音楽が町中に響き渡る!
「さあ、行くよ、みんな!」
光の正体は、派手な衣装に包まれた少女たちだった。リーダー格の、赤色衣装の少女の号令に続くように、3人の少女たちは鮮やかな魔法を撃ちだしていく。そして、それに対抗するかのように、その魔法の先にいる3人の、異なる風格をした少女たちが魔法で迎え撃つ!
「甘い甘い!お前らはその程度のものか、「FRiEND」!」
「なかなかやるわね、「TiKS」。だけどまだまだこれからだよ!」
「カリン、これは?」
綺麗な魔法のぶつかり合いに、アイネも興味津々だ。
「アイドルライブだよ!今西海道で大人気のアイドルグループ「FRiEND」と「TiKS」の対抗ライブだね!」
「これが、アイドル……?」
「魔法を使ったパフォーマンスで、盛り上げてくれるの!ちなみに左にいる、かわいらしい衣装の方が「FRiEND」、隣の国ブゼンのアイドルグループ。赤髪の、ツインテの子がリーダーのオオトモ・ツクシ、ブゼン国の武家頭領でもあるよ!」
「ぶ、武家頭領……すごい人なんだね……」
「それで、右にいる、クールな服装の方が「TiKS」、ここチクゼンご当地のアイドルグループ。高身長で細目の子が、リーダーのクロダ・アジサイ。チクゼン国の武家頭領でもあるよ!」
「……なんかアイドルってすごい人が多いんだね!」
「うん!だって……アイドルは最高だよ!みんなに元気と希望を与えてくれるから」
「へえ……ヒーローなんだ……よね。でもその魔法、元気と希望と同時に町中に被害を与えている気がする……」
いっそう激しくなった戦いによって、周りの建物に飛び火が降り注ぐ。が、観衆たちはそれを気にすることもなく、キラキラ輝きながら必死に舞い踊る少女たちの姿に夢中だ。
「……魔法の魅力が、少しわかった気がするよ、カリン」
◇
そこからさらに数分間車を進む。そこにあったのは、お城――周りの建物とは明らかに雰囲気が異なり、存在感を放っている。固く閉ざされたゲートの前に立つ看守は、バスの紋様を確認するとゲートを開き、二人を地下の駐車場へと案内した。カリンがそこでバスを止めると、二人は下車し、エレベーターに入っていく。
「ここは……?」
「ここがチクゼン国の武家総本家!もちろん関係者以外立ち入り禁止だけど、私たちミカヅキ製作所はいつでも入っていいらしい!お得意様だからね~」
「へえ……というか、さっきからカリンが説明してくれてばかりで……カリンって詳しいんだね」
「うん!だって、いつも所長におつかい頼まれるから……」
「おつかい、ねえ……ははは」
チン。二人を乗せたエレベーターが、地上へとたどり着く。
城内は、意外と普通のオフィスビルのような仕組みになっているらしい。しかし、綺麗な和風の内装、そしてお城の中だとはっきりわかるような壁や柱が、外界とはまったく異なるアコードを奏でている。とりわけ、このやけに広い空間は、ロビーってことだろう。
「こんにちは!」
受付らしき場所で、カリンが足を止めた。
「あら、カリンさん、いらっしゃい!そこにいるのは……?」
「はじめまして!ミカヅキ製作所の新人社員のシャーロット・アイネです!」
「なるほど!私はチクゼン武家の受付嬢よ、これからよろしくね。でもあいにく、これから……あっ、丁度頭領たちが帰って来たわよ!」
二人が後ろを振り向くと、そこには頭領たち……ライブを終えた「TiKS」一行の姿が。
「(うっ……なんて迫力)」
モデルのようなスタイル、そして堂々と歩くその姿に、圧倒されそうだ。
「ん……ミカヅキのぱしりか」
先頭を歩く、黒髪の少女がアイネたちを一瞥した。長身、長足、おまけに見事なバストを持っている彼女からの高圧的な態度は、ある意味ご褒美とも捕らえられる。
「ぱしり……は、はい、そうです……」
「(認めちゃっているじゃんカリン……)」
「あいにく、これから重要な会議があるんだ。おもてなしは出来なさそうだ」
素っ気ないようにも見えるが、こちらを向いて丁寧に一礼をすると、そのままスタスタと去って行く。彼女こそ、チクゼン国の頭領、クロダ・アジサイ。
「あっ……はい!大丈夫です、大した用じゃあないので……また今度来ます!」
カリンもぺこりと一礼をした。少し、しゅんとしているようにも見える。そしてその隣にいるアイネもだ。頭を下げ、自分の両足を見つめ、アイネはここのの中で深くため息をついた。
「(ご飯を食べに来ただけなのに……なんて情けないんだ私たち!!)」
「じー……」
「……えっ!?な、なんなんですか!?」
アイネが頭を上げると、そこには近距離で自分を見つめる、フードを被った少女の姿が。いつからそこにいたんだろう。
「フウコ、行くぞ」
「ぷく~」
フウコと呼ばれた、フード少女はフーセンガムを膨らせる。アイネが気になって仕方ない様子だが、アジサイに呼ばれ不機嫌そうに去って行く。
「あの人……」
「ああ、あの方は副頭領のクロダ・フウコよ……」
受付嬢が、申し訳なさそうにアイネたちに向かって笑う。
「すみませんね、そういうわけで……」
◇
「……とりあえず、缶詰食べよっか……」
「そうだね……」
地下の駐車場で、本日二度目の缶詰を間に座る二人。すると、窓の外からなにやら二人を呼びかける声が聞こえる。
「おーい!そこのお二人さん、君たちも門前払いされたんでしょ?」
そこにいたのは、なんと「FRiEND」のメンバーたちだった。赤髪の子が、アイネたちに向かって必死に手を振っている。
「ミカヅキの皆さん、よかったらうちに遊びに来てよ!」 つづく!