Episode2 思えばいつも側にいてくれたのは友だった
今日は素敵な日だ。花が咲いている。小鳥たちもさえずっている。
こんな素敵な日に、太陽も空で……あれ?太陽大きくない?
「アイネよ、君は今日から裏社会の人間だ…殺戮、そして暴力、もう戻れはしない――ここは地獄だ!」
なんと所長の顔をした太陽が話しかけてきた!
「……ぎええええ!!」
「ひゃんっ!」
躍動的な目覚め方をしたアイネ。そして、その隣にいた少女はそれに酷く驚いたのだった。
「なんだ夢か……うん?あなた誰……ってか泡吹いていない?!大丈夫?!」
「おお、やっと目覚めたか、アイネくんよ」
すると、スタスタと白衣女性が部屋に入ってくる。
「所長、この子が……ってかそもそもここはどこ?えっ?なにがどうなっているの?」
アイネは周りをキョロキョロ見渡し、あたふたしている。
「ゴホン……説明しよう!君は昨日の戦いの後そのまま眠ってしまったのだ!一日中も!そしてここは今日から君の寝どころとなる場所、つまり宿舎の部屋だ!彼女は君のルームメイトであり、上司でもある、名前はシマヅ・カリンだ!カリンと呼んであげてくれ!それと私の名前はマーシュだ!」
狭い部屋の中で白衣女性、マーシュの声が響き渡る。そして……数秒間の沈黙が走った。
「……これは、夢ではなかったのですね……とほほ」
「……ハッ!あっ、アイネちゃん、目を覚ましたんだね!」
そのとき、気絶していた少女、カリンも目を覚ます。和風らしい服装と、ぴょこぴょこと跳ねる大きなリボンのカチューシャが特徴的だ。
「この子、ずっと君の側にいてくれたんだよ。あ、荷解きとかは私がやったんだからね」
「カリンさん、マーシュ所長……あ、ありがとうございます」
「き、気にしなくていいよ!それと、カリンでいいよ!」
「でも、上司……」
「上司と言っても私たちの部署は二人しかいないし……それとアイネちゃんの方が年上だから……」
「えええ……じゃあ、カリン……今日から、その、よろしくね」
現実を受け入れたのか、アイネはこの最悪な製作所から脱出する考えすら捨ててしまったのだ。
「う、うん!よろしくね!じゃあ、朝の準備が終わったら、今日は一緒に製作所を見て回ろう!」
◇
「……そして、ここが工場だよ!杖とか作っている場所!じゃあ、みんなに挨拶してね!」
工場ではさまざまな機械や木材が、騒がしい音を立てながら、職人らの手によって魔法の杖に変わっていく。アイネが来たのを見ると、皆手を止め、わいわいガヤガヤとアイネの側に寄ってくる。
「新人!昨日は派手に暴れたらしいな!はっはっはっ」
「一日中気絶していたらしいね!もう大丈夫かな?」
「私はイーサだよ!杖の磨き上げならなんでも私に聞きな!」
思ったより……やっていけそうだ。とても暖かい歓迎に感心しながら、アイネはそう感じた。
それから、三時間にも及ぶ盛大な歓迎パーティーが開かれた。最初は「この人たち、仕事は大丈夫のだろうか?」と疑問を抱いていたアイネだったが、和気藹々とした雰囲気に飲まれ、その疑問も空の彼方まで消えていった。
そして、そのまま勤務時間が終わり、アイネが自室に戻ろうとすると、なにやら大きな荷物を持ったカリンが話しかけてくる。
「アイネちゃん!今日は楽しかったね!」
「そうだね、みんなのおかげだよ……あれ?カリンはどこかに出掛けるの?」
「うん!今日は実家に戻るの!ここからとっても近いから!」
「へ、へえ……ここってものすごく自由なんだね……」
「あ!あの……よ、よかったらアイネちゃんも一緒に来る?とても広いんだよ~」
「じゃあ行く――」
そうして、流れるように話が進み、アイネはカリンの実家にるんるんとついていった。
が。
「ここが私の実家だよ!
「……カリン」
「ん?」
あり得ないほど大きな門、軍隊のように列を揃える屋根上の瓦、ご立派な松がたくさん生えた庭、そして数人のサングラスをかけた黒服魔法使い。空気すら立ち入ることを遠慮している、そのような雰囲気を奏でる屋敷だ。
「カリンの実家って……その……なにか特別なことをやっている場所?」
「一応、このサツマ国の裏社会を取り締まっている武家の総本山だよ~」
なるほど!つまりとってもすごいヤクザの屋敷なんだね!
アイネの血の気が、サーッと引いていく。うん、これはやばいね。
後悔、そして絶望を感じながら、カリンの二歩後ろを歩くアイネ。
「ただいま!」
「お帰りなさいませ!お嬢!!……こちらは?」
サングラス黒服の一人が、アイネを見つめる。
「ひっ」
「友達だよ! クンロク入れないでね!」
おやー?かわいい上司の口からヤバそうな単語が出てきたぞー?
「は、はい!どうぞお入りくださいッス!」
ザッと黒服らが道を開け、二人は奥へと通される。心なしか、背後から黒服らのヒソヒソ話が聞こえてくる。ドキドキと踊る心臓を落ち着かせながら、アイネはカリンと一緒に紆余曲折とした廊下を歩く。
「ここが私の部屋だよ」
意外と、普通の女の子らしい部屋だった。
「どうぞ!……のんびりしていってね!」
◇
アイネは、背筋をピンッとしたまま、カリンのベットに座っている。部屋にあった雑誌を手にしているが、内容がまったくはいってこない。
その迎え側に、カリンが椅子にちょこんと腰をかけており、時々、「室温大丈夫?」「本の内容はおもしろい?」と心配をしてくる。
「アイネちゃん……やっぱり、私が裏社会の人だから……」
「っ!そ、そんなことないよ――」
「大丈夫だよ!私、なんとなくわかっているから。でも……裏社会の人たちって思っているほど変な人じゃないんだよ!時々喧嘩とかしたり乱暴な一面もあるけど……本当はみんな心優しくて、正義感溢れるいい人なんだよ!」
「そ、そうなんだ……ごめんカリン、私、かなり偏見を持っていたっぽい。魔法使いのことは、今も正直怖いと思っているから――でも、カリンのことは嫌いじゃないよ!今日知り合ったばかりだけど、家に招待してくれたり、こうやって話し合えることを、私はすごく嬉しいと思っているよ!」
「アイネちゃん……ありがと――きゃっ!?」
そのとき、ふすまがバタンッ!と破られる!
「えっ!?」
「あちゃー……申し訳ありません、お嬢!」
そこには、数人の黒服がピラミッド状に重なり合っている。
「お嬢が珍しくお友達を連れてきたというから、私たち心配で……ふすまの外から様子をうかがっていたッス!」
「でも……すごく感動したッス!涙が出てきそうッス!」
「ううう~あ、これ涙じゃなくて痛いから泣いているだけッス~」
「えっ!?ちょっと、かってに覗き聞きしないでよ!」
一気に、部屋の雰囲気が明るくなる。ワイワイと騒ぐ黒服たちとカリンを見つめながら、アイネは思わずクスッと笑い出す。
「あ、アイネちゃん、ごめん――」
「いいのいいの!ものすごく面白い人たちだね!ってかカリンって友達――」
「やめて!!!」
◇
「今日はありがとう!また来るね、みんな!」
すっかりと日も暮れ、アイネは宿舎へと帰る準備をしていた。
「アイネお嬢!本当に来てくれてありがとうッス!」
「お嬢って……私はただの一般人だから」
「お嬢の友達はみんなお嬢ッス!」
「なにかあった時は私たちを呼んでくださいッス!命を賭けてでも全力で助太刀するッス!」
「あはは、そこまでしなくても……」
「……アイネちゃん!ま、また明日、職場で会おうね!」
薄暗い提灯に照らされたカリンの笑顔は、とても綺麗だ。
「うん!また明日!」
そうしてアイネは、カリンの家を後にした。
屋敷の門を出ようとすると、向こう側から一人の浴衣を着た爺さんが歩いてくる。
月の光が照らす中、その背高くたくましい肉体に幾多の傷跡が映る。そして手には木の湯涌を抱えている――どうやら銭湯帰りのようだ。
「(男の人だ……珍しい)」
この世界では、ある理由により男性の寿命は短く、そしてその数もとても少ない。
「うん?おぬし、シマヅ家に用があったのか?」
立派な髭を生やしたその爺さんが、話しかけてくる。シマヅ家の人なんだろうか?
「あ、はい!カリンさんの部下……じゃなくて、友達です!遊びに来ていました!」
それを聞くと、先ほどまでムッとしてした爺さんの表情が崩れ、ニコニコとした笑顔に変わる。
「おお、そうかそうか!友達か!いやー来てくれて本当にありがとう!」
「あの、失礼ですがあなたは……」
「ワシはカリンの爺さんじゃ!孫娘が世話になるのう」
「おじいさまだったのですね!いえいえ、こちらこそ世話になります!」
と、二人は軽く解釈をし、そのまま別れを告げる。
そしてしばらく歩いていると、アイネはふとあることに気づく。
「(……あれ?カリンのおじいちゃんってことは……もしかしてものすごく偉い人なのか?)」
一方で。シマヅ家では。
「元老様!お帰りなさいませ!」
「うむ。」
「おじいちゃんおかえり!さっきね、製作所の――」
「おお、カリン。知っているぞ、お友達が来たのじゃろ?さきほど出会ったぞ」
「えっ?と、友達……う、うん!友達が遊びに来たんだよ!」
「……」
「ん?おじいちゃん?」
「ぶわあ」
「おじいちゃん?!」
「元老様?!」
どうやら、孫娘の成長を見たおじいちゃんは、泣き出してしまったようだ。
この男こそ、サツマ国を裏社会から統治する武家「シマヅ家」の先代頭領――シマヅ・キリマルである。
◇
次の日。
「おはようございます!」
どうやら、昨日の製作所の歓迎や、カリン家での出来事により、アイネはこれからの人生に対しわずかながら希望を抱けるようになった。そして元気に挨拶をする――
「あっ!新人くんおはよう!いきなりだけど今日から君には旅に行ってもらうよ!」
「はい!――ん?えっ?」 つづく!