Episode1 それでも君は歩き出す
ガタンゴトン……
道を急ぐスーツ姿のサラリーマンたち。片耳にイアホンを刺しながら笑顔で会話する女子学生。
この世界では、魔法というものが当たり前のように存在する。数百年に渡り世界の歴史を大きく左右したその力は、あまりにも強大で、「平和」な世界には不必要であった。しかし強力な魔法を使える人間の存在は世界をもひっくり返しうるため、「武家」という魔法使いを集めた裏社会的組織が誕生し、抑制力としてこの日本の魔法使いたちを牽制している。
性質上、そして脳の構造上、魔法使いには若い女性が多い。よってこの世界では女性の権力が圧倒的に強く、人数も多い。
ガタンゴトン……
電車に揺れながらスヤスヤと眠る、金髪の少女。端正とした顔立ちと西洋の映画を連想させる茶色のローブは、彼女が魔法使いであること、そして……
「……お客さん」
「びくっ?!」
「終点ですよ」
どうやら寝過ごしたようだ。シャーロット・アイネは、急いで反対側の電車に乗り換える。
「さすがに早起き過ぎたか……まあいいか、時間はたっぷりあるし」
「次は一一ツシマ一一」
数分後、彼女は目的の駅に無事ついた。
「今日から皆様と一緒に働くことになったシャーロット・アイネです、よろしくお願いします!……なんちゃって!わくわく」
鏡に向かって首元の赤いリボンをピシッと決めると、アイネは目的地へと歩き出した。
高収入、寮付き、アットホームな職場。夢に描いたこの新しい職場で就職することになった彼女は、期待で胸がいっぱいだ。
「よーし、絶対に一人前の大人になってやるぞー!」
駅前では、魔法使いらしき少女たちがバトルを繰り広げていた。だが、この世界では日常茶飯事であり、首を突っ込んでもロクなことはないだろうとアイネは素通りした。
「……魔法バトルなんて、乱暴者がやるものよ。えーと、この角を左……」
そして、目の前にポツリと、一軒の製作所が現れた。
「ミカヅキ製作所……ここね。うん?あの人は?」
「いい加減この町から出て行きなさい!あ、借金はわたくしに全部返すことよ!」
と、そこにはシャッターを足でガンガン蹴りながら、罵声を飛ばすツインテールの、いかにも令嬢らしき少女の姿が。その髪の先端は、チョココロネのようにクルクルと仕上がっている。
その隣には、手下だと思われる4人のギャル風少女が、気だるそうにスマホをいじっている。
「うわあ……」
嫌なものを目にしてしまったアイネだ。
そのとき、製作所のシャッターがガラガラっと開く。
白衣を羽織ったメガネの女性が、あくびをしながら店の外に出てくる。
「ふぁーい、おはようございます……今日も朝から元気だねえ、キリシマのお嬢ちゃん」
「うるさいわ!今日こそ力ずくであなたたちをこの町から追い出してやる!……営業妨害の容疑でね!」
「いやあんた警察でもなんでもないし……こっちも普通に金稼ぎしているだけだから……」
「ええい知らないわ!あなたたちさえいなければ、うちの会社は、この西海道のビジネスをとっくに独占していたのに!」
「はあ」
「今日こそ!店を畳んでもらうわ!あなたたち?やるわよ!」
「へーい」
すると、手下のギャルたちがポケットから魔法の杖を取り出し、店に向かってさまざまな魔法を撃ち出す!
ドカンドカンと、色鮮やかな火花が轟音を響かせるが、近所の住民たちはなにも思っていないみたいだ。「またか」と、通学中の少女がため息をつきながら去って行った。しかしそれらに慣れていないアイネは、ガクガクと震えながら、建物の角に隠れながらそれを見つめる。
「めんどくさいなあ……ん?」
と、白衣の女性がメガネ越しに、アイネと目が合う。
「ギクリ」
「あ、新人くんじゃん!やっほー、私所長だよー」
ピタリと魔法攻撃が止み、敵意ある視線がこちらを向く。
「新人ですって?……なんだかかわいくて弱そうな子ね。ええい、あなたからいじめてやるわ、覚悟!」
すると、ギャルたちの杖の先が、アイネを向く。
「えっ?ま、まって」
じりじりと後ずさりするも、炎や氷、そして光の攻撃がアイネの足元で次々と炸裂する!
「ひえええ!なんでなんでなんで!私はなにもしていないのに!」
まるでネズミのように逃げ惑うアイネを目にしたチョココロネ令嬢は、満足しているのか腕を組み、腰を反らせ大きく笑っている。
「あはははははは!なんて無様ね!マーシュよ、それが新人くんですって?弱い弱い、弱すぎるわ!」
「……」
白衣の女性は、無言でアイネの方を見ている。そして、右手を突き出し、親指をグッと立てた。
「……頼んだよ!新人くん!」
「えええ嘘でしょ?!ぎゃあー!」
魔法の嵐の中を、涙目で走る。
「別に魔法で相手を倒しちゃってもいいんだよ!」
「どういうアドバイスですかそれ?!そもそも私魔法とか撃てないんですけど!」
「えっ?でもあなた……ああ、そういうことね」
と、なにかを思い出したかのように、一本の杖を取り出す。
「はい、これ、貸してあげる」
バトンのようにアイネに渡されたそれは、焦げ茶色をした、魔法の杖だった。
「お、おお…これが魔法の杖…じゃなくてこれでどうしろっていうんですかああ?!」
「あ、魔法を撃つのははじめて?相手に向けて……魔法の名前を唱えるのよ……」
「な、なるほど……ゴクリ」
スッとその場で立ち止まったアイネは、ある魔法の名前を思い出す。
そして、自分を落ち着かせると、杖を両手で持ちながら振り向き、杖を目の前の敵に突き出す!
「ブラッディ――」
「えっ?」
「ブラッディ・バースぅぅぅぅぅ!」
……
しーん……
「……あれ?」
「……はは、あはははは!なにも出てこないじゃないの!あはははは」
チョココロネの腰がさらに反る。
ギャルたちも、腹を押さえ声殺している。笑いが止まらないようだ。
そして、アイネはその姿勢のまま、顔を真っ赤にし、目線で白衣女性に向かってなにかを訴えている。
「あ。言うの忘れた。この杖は炎属性の魔法しか撃てないわよ~あなたが今唱えたのは、闇属性の名前だから~」
「えええっ!!でも私、この魔法しかわからないんですけど……」
「じゃあ、思いっきり「ファイアー!!!」って叫んでごらん?」
「わ、わかりました!ふ……」
ふと、一帯の空気が変わる――
「うん?」
反り腰のまま、チョココロネがなにかを察しアイネの方を見る。
「ファイア――……あ?」
その瞬間、杖の先の空気が赤く渦巻き……大きな炎の玉が生まれる。
まるで、太陽――アイネの視界をすべて包み込むほど大きなその火の玉は、「ゴゴゴ」とこの世とは思えないほどのうなり声を発しながらメラメラと燃えている。
「ほーやるじゃん」
「えっ?え……ええええーー!?!?」
チョココロネの開いた口が塞がらない。そして目を大きく見開き、反り腰を保ったまま、大きな尻もちをつく。
「嘘でしょ……」
アイネ本人も、その驚きを隠せない様子だ。ポカーンと自分が放ったそれを見つめていると、
「パキッ」
そのとき、乾燥した音と同時に、魔法の杖は真っ二つに折れた!
刹那、火の玉はフッと消失。まるで世界の電源がシャットダウンされたごとく、すべてが、一瞬で静まり返った。
「あっ……」
「……」
「……」
驚きから立ち直ったギャルたちは、歪な体勢のまま地面で気絶しているチョココロネを見た。つんつんと、杖で太ももをつつくも、反応はない。
「……ダルっ」
そして、チョココロネを持ち上げると、白衣女性とアイネに向かって軽く解釈をし、そのまま去って行った。
「……」
「あ、あの……しょ……長?」
「ああ、ご苦労さん」
「あの人たち……何者ですか?」
「気にすることはないよ、ただの騒がしいお隣さんだ。それより、ようこそミカヅキ製作所へ……おや?なんだか不機嫌そうだな。すごかったぞ、さっきの魔法」
「えへへ……じゃなくて、どういうことですか!魔法バトルなんて、死人が出るかもしれないのに……よくそんな平然といられますね?!しかも……騒ぎにすらなっていない……警察はなにも言わないんですか?!」
「アイネくんの国と日本では法律が違うからね。裏社会の人間が多少の魔法を使って喧嘩をしても、この日本では見過ごされるんだよ」
「多少の魔法って……ん?うら、しゃかい?」
「うちの製作所も、さっきの連中らも、立場としては裏社会の人間だよ!」
「えええ!聞いていなかったよそんなの?!」
「契約書にはっきりと書いてあったよ!パソコンでサインしたから細かく読んでないんじゃないの?理解できるわ~」
「は、はあ……あ、そう言えば、杖、折っちゃったんですけど……」
「そうだねえ、それうちの最高級品だから……パチパチっと」
手馴れた手つきで電卓を叩く白衣女性。そして、「ドーン!!」という擬音が聞こえてくるような巨額の数字を、アイネに向かって見せる。
「まあ、うちの社員だし、無かったことにしてもいいよ〜」
「じゃあ、もし、もしの話ですけど、私が入社を辞退したいとか言い出したら……」
「ふふふふ」
「ぴえええ」
こうして、アイネの新たな人生が、ここからはじまったのだった!! つづく!