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童貞王  作者: 吉田淑子
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明智探偵の名推理

翌日、トモロウ氏は克彦が指定した湖畔へと向かった。はたして克彦はそこに立っていた。

「きみ!」

声を掛けると、克彦はハッとして振り向いた。

「あ……探偵さん」

「どうしたね。前よりも顔色が悪いじゃないか。ぶり返したのか。声もかすれている」

「いえ、平気です……」

「あちらに座りなさい、ここは日差しが強い」

木陰を指差してトモロウ氏は克彦を促した。

「さて、きみはいったい何の用で僕を呼んだ」

克彦はうつむき、やがて意を決したように面を上げた。

「僕には時間がないので、結論から申し上げます。僕は殺されます。あのおそろしい人に殺されます。助けて……」

「薔子ちゃんか」

「ええ……ええ!やはり探偵さんには分かるのですね、あの人のおそろしさが……」

克彦はただただあなたばかりが頼りだ、と、熱い瞳で繰り返し言った。

「あの人は僕に暴力を振るいます。ほら……」

克彦が着物をくつろげると、鎖骨あたりに薔薇のような痣が見えた。

「これは!」

「鞭です。昨日のは酷かった。先端に棘のボールがついていて……だから、痣が薔薇みたいになる」

着物の下の白い肌に浮かぶ紅い痣に一瞬目を奪われ、トモロウ氏はかぶりを振った。

「探偵さん……どうか、どうか助けてください!僕は弱味を握られているんです、助けて……」

痣を隠そうともせず、克彦はトモロウ氏にしがみついた。途端に、彼は何かを見つけてトモロウ氏の腕の中でビクリとふるえた。

視線の先には、件の紫乙女!――薔子は例の笑顔だった。

「薔子さん……」

克彦は慌ててトモロウ氏から離れた。薔子が立っている。薔子は何も言わずに笑っている。

「あ、あ……僕、もう行きます。薔子さん、どうなすったんです、こんなところで……」

薔子は何も言わずに踵を返した。克彦はそれを追う。トモロウ氏はそれを目で追いかけていた。


□□□□□


「血液検査の結果は?」

トモロウ氏が轟警部に電話で尋ねたのは二日後だった。

「ああ、それですが、やはり例の少年は犯人じゃないですな。調査の結果、紫乙女はA型、彼はB型のようでしてね。捜査は振り出しですよ」

当時の技術では血液型以上のことはわからないのだった。

「ふむ。けっこうだ。それで、少女のほうは血液を採取したのかい」

「はっはっは。まさか。少女から精液は出ませんよ」

「では、取っていないんだね。よろしい。彼女を呼んでくれないか。少年と一緒にね」

「あ……明智さん、まさか……」

「結論はその場でお話しよう」

「ひゃあ……えらいこった……」

轟警部はその狼狽とは裏腹の迅速な働きを見せた。その日のうちにすべてセッティングは出来てしまったのだ。


□□□□


はたして、犯人の薔子は白々しくもやってきた。

「探偵さん、犯人が見つかったそうですわね。わたくし、不謹慎にもわくわくしてしまいます」

「ああ、すぐにお目にかけましょう」。

「まあ、わたくしがいても良いのかしら」

「結構ですよ。いらっしゃい」

薔子はたくさんの薔薇がついた帽子をかぶり、いつもの微笑をたたえ、まったく自分に疑いの目が向いているとは気付いていない様子であった。この美しい怪人はトモロウ氏によって、容易に捕らわれてしまうのだろうか?

「探偵さん……」

克彦が切なげに声を漏らした。トモロウ氏の謎解きが始まった。

「……そもそも、紫乙女とは男です。男!つまり人類の半分は嫌疑を免れるわけですな」

「ふむふむ。そりゃ間違いない」

轟警部が大袈裟に相槌をうつ。

「ところがこの世には、目立つくせにすぐ隠れてしまうトカゲのように不思議な生き物がいるものです。目立つような美しい男、そう、男が女を演じているとしたら、彼はたちまち嫌疑の外となるわけです」

克彦はハッとふるえあがり、薔子はさすがに眉一つ動かさない。

「あ、明智先生、まさか……」

「彼女の血液型を調べてみなさい」

「マア……」

薔子はここまで来て変わらない。あくまでのんびりとお嬢様を演じている。

「ひどいわ、ひどいわ、あんまりよ、どうして?」

「きみは女優だね。いや、俳優か……とにかくね、素晴らしい演技だ。だが」

トモロウ氏は薔子の首筋を指差した。「ほくろが消えているよ」

薔子は首筋を押さえた。

「探偵としての僕を、きみは随分侮っていたようだね。……きみも」

トモロウ氏は克彦を見た。克彦は表情もなく視線を返した。そこに怯えの色は無かった。

「きみも大した千両役者だ。危うく騙されかけた。轟くん、彼らを見て何かに気付かないかね」

「はあ、なにか……」

ぼんやりの轟警部が近眼を凝らしてふたりを見る。「……顔が似ていますな」彼らの白い面は良く見ると双子のように似通っていた。

「その通り。彼らは非常に似ている。巧みな化粧と特徴的な服装でごまかしてはいるがね」

「つまり……」

コマワシ少年が息をのんだ。

「ふたりは時々入れ替わっていたということだ。時には女に、時には男に……そして正体は二人とも少年だ。僕は克彦くんに二度触れたが――一度目は彼が倒れたとき、二度目は彼に呼び出されたとき――一度目も二度目も確かに少年だったが、まったくほくろの位置が違っていた」

「いやだ……ゴジヨウダンおっしゃるのね……」

トモロウ氏はおもむろに薔子に近付き、その服を破り捨てた。そこには少年らしいま白い胸板!その体に走る無数の鞭傷!

「わわ……」声をあげる一同。

「ほほほ、探偵さん、わたくしのまけ、まけね……大したものだわ。克彦さんがぐるだというのもご存じだったのね……わたくしだけでなく克彦さんにも夢中にさせてあげようとしたのに」

「あいにく僕には幼年を愛でる趣味はなくてね」

「わたくしもあなたが嫌いよ。良かったわ、趣味が一致して」

「な、何をしているか!捕まえろ!」

轟警部が目を覚ましたように周りの部下に命令する。

「あら!あれは何かしら?」

薔子の言葉に振り向くと、なんとバラバラと音を立てて巨大なヘリコプターがこちらに向かってくるではないか!

「皆さん、お別れね、また会いましょう……最も、次に会うときはわたくしはまったく違う顔の違う名前でしょうけど!」

「待て、紫乙女!」

慣れた様子で縄梯子に捕まり、薔子は手を伸ばした。「克彦さん」

「きみは行っちゃならない!あんな悪魔のところに行っちゃならない!」

克彦は逡巡する様子で、それでも意を決したように薔子の手を取った。

「きみはいったいどうして……」

「僕はもういけません。薔子さんに囚われている……」

一人の警官が勇敢にも縄梯子をよじ登ろうとしたが、あまりに危険な芸当だったのですぐに降りてしまった。不思議なのはこんな軽業を平気でやってのける紫乙女とその従者!紫乙女の高笑いだけが空にこだましていた。

「明智さん……」

「ああ、くそっ、逃がしやがった!」

探偵らしくもなく毒づいて、トモロウ氏は頭をかいた。

「なーに、楽しみを延ばしただけです。次は捕まえましょう!」

明るいコマワシ少年であった。


世の中の人々はしばらくこの話に夢中になり、彼が紫乙女、いや、彼女こそがという問答が絶えなかったそうである。


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