一章:3 「「ら」を付けるなッ!「ら」をッ!」
ーー…五日前。体育館裏。
「俺『ら』に何ッスか、先輩ーぃ?暇じゃないんで、用があるなら早くしてもらいますーぅ?」
(「ら」を付けるなッ!「ら」をッ!この方たちが用があるのは、お前だけだッ 、ユキッ!)
挑発的な喋り方をする雪人の横で、身を縮こませ青ざめながら刀夜が心の声で叫ぶ。
そこかしこに苔が生えたジメジメした体育館裏。二人の前には、見た目からして素行の悪そうな三年の先輩が五人、こちらを睨んでいた。
それも逃げられないように、袋小路になっている通路の出口を塞いでいる。
周りには体育館倉庫に置ききれない荷物や、粗大ゴミ寸前のどうでもいいモノが大量に置いてある。いわばココは学校内の死角。無法地帯と言ってもいい。
雪人と刀夜は下校しようと正門に向かっている途中で呼び止められ、連れてこられた。
いや、正確に言えば、目の前の三年生たちが名指したのは雪人だけで、刀夜は成り行き上一緒についてきただけ。
「人の女に手ェ出しておいてッ 、ナメた口きいてんじゃねぇぞッ!コラッ!!」
五人の中でも一番強面でガタイのいい三年が、ズンッと雪人の前に出る。
その顔は顔面凶器。「よくこの顔で彼女ができたものだ」と、チョットばかり思ってしまった刀夜。
「はっ?」
右に首を傾げる雪人。
「惚けてんじゃねぇよッ!石原 早苗のことだよッ!!」
「…石原?…早苗?……………
……………………………………
………………………… 誰っ?知らないっ???」
少しの間考え込んだ雪人だったが、今度は左に首を傾げる。
目の前の三年生はこめかみに血管を浮き上がらせ、怒りで顔が真っ赤になっていく。
「早苗はなあッ 、「お前と付き合いたいから、俺と別れる」って言い出したんだぞッ!それなのにッ 、お前が知らないわけないだろッ!!」
今にも血管が切れそうなほどの大声。
だが言われた雪人は、動じるどころか迷惑そうに顔をしかめるだけだ。
(………先輩、すみません。本当にコイツ、あなたの彼女のこと『知らない』と思いますよ。)
横で聞いていた刀夜が、溜め息まじりにそう思う。
雪人は、頭もいいし、黙っていれば女子ウケするクールぽいイケメンだ。だがフタを開けてみると、女子もひくほどの破天荒で傍若無人。
雪人が半年前に転校してきた当初は、同級生の女子も目をハートマークでザワついていたが、その性格が周知のものとなった今は珍獣を見るような目で遠巻きにしている。
けれど接触の薄い一年生と三年生のなかには、まだ雪人に幻想を抱いている女子もいるみたいだ。
多分その石原 早苗って人もその一人で、「新しい恋がしたいがための精算」といった先走った行為に出てしまったのだろう。
こういうとき振り回されるのは、いつも男性のほうだ。