二章:8 「大丈夫ですか、お客様!」
思わず身を乗り出したことで、菖蒲の肘がテーブルの端にあったスプーンに当たり、カシャンと床に落下した。
「大丈夫ですか、お客様!」
「………すッ、すみません!」
店員と菖蒲、双方ともその落ちたスプーンを拾おうと身を屈めた。
それが同時過ぎたゆえ接近し…。
(…あ、ぶつかるッ。)
…そう思った菖蒲が、拾おうとしてくれている店員のほうを見ると…。
ニタ~~~ァ…ッッ。
「ツッ?!」
…口角を吊り上げ、邪悪な薄笑みを浮かべてる。それと見た菖蒲の背筋に、ゾワッと寒気が走った。
そして…。
「ツッ??!」
…スプーンを拾い上げようしていたと思っていた店員の右手には鋭いナイフが握られ、菖蒲の脇腹に向かって飛んでくるッ。
(…あ、コレ、ヤバイ…ッ!!)
インドアの菖蒲にナイフを回避できるだけの身体能力など、あるはずもない。「刺されるッ!」と思った瞬間…。
ボスッ!
「熱ィ"…ッ?!!」
ナイフを持った店員の目に、揚げ立てのゴマ団子がクリーンヒットするッ。
投げたのは明星。
目をやられた動揺で、店員が持つナイフの起動が変わり、菖蒲の脇腹…ではなく、着ていたトレーナーをかすめ切り裂いた。
恐怖で真っ青になりながらも、明星に向かって顔を上げる菖蒲。
「『任せた』って、『こういうこと』だよっ☆」
明星は、そんな菖蒲にウィンクをしてみせる。
(……襲…われる…ことを判っていたッ?!……ッッ!!)
そう菖蒲が思った直後…ッ。
「明星ッ!あぶないッッ!!」
明星の背後にもう一人の店員が、ヒヒッと笑いながらナイフを高く振りかざしていたッ。
菖蒲は助けようと手を伸ばすも、足のほうが恐怖で言うことを聞かないッ。
でもこんな状況でも、明星は顔色ひとつ変えず…。
「…白檀。」
…と、自分が使役している物の怪…《式神》と呼ばれるモノの名を呼んだ。
菖蒲はその名を聞いて、思わず眉間に深くシワを寄せた。
すると何も無いはずのところから紫煙が浮き現れ、ナイフを振り上げている男と明星の間にもう一人の黒いスーツの人物が忽然と現れたッ。
それは……一目で『人間ではない』と判断できる姿をしていた…。
先程も言ったように服装は黒いスーツではあるが、その上には猫の頭が乗っている。それも日本猫というより、毛足の長い洋猫の顔立ち。
風にたなびくようなうねりのある純白の毛色に、右目は宝石のようにキラキラ光るグリーンゴールドの瞳。……だが左目は、眼球全体がまるで石灰岩のように薄灰色に濁って、目として機能していないようにみえる。
これが「白檀」と呼んだ明星の《式神》。何百年もこの世に現存している「猫又」と呼ばれる物の怪。そして、あの会議室に現れたメガネSPの正体。
急に自分の斜め前に現れた異形にナイフの男は驚くも、ナイフが止まることはないッ。
「めんどくせーぇなーぁ。」
白檀は怠そうな口調でそう言うと、伸びでもするかのごしく左手を上げ、手首のスナップを利かせながらナイフを振り上げた男の顔面を肩越しから殴りつけた。
「ハッガァ"ッッ!!」
男は変形した鼻から大量の血を出し、ナイフを握ったまま後ろ二メートル先の壁までスっ飛び激突する。あまりの威力だったせいか、背中を強打したその男は一発でのびてしまった。
そしてその振動が天井まで伝い、あの龍のホログラムは故障のためか、フッと消えてしまった。
菖蒲は息をするのも忘れてそれらを見ていたが、間一髪で助かったことに安堵し、息を吐きかけた……その時ッ。
菖蒲の横から片目を押さえたもう一人の男が、無言で明星の心臓目掛けて突進していったッ。
菖蒲は男に気づくが、『白檀のことを知っている』菖蒲は、『委ねてしまった』。………「どうせ、お前がなんとかしてくれるだろう」……と。
思った菖蒲の視線が、白檀のグリーンゴールドの瞳と交差する…ッ。
だが白檀は動かず、口許が微かに吊り上がったように見えた……。
「ッ!!?」




