二章:4 「エビチリ、うまっ!」
ーー…高級中華料理店の個室。
「エビチリ、うまっ!」
高そうな壷。大輪の牡丹と孔雀が描かれた金の屏風。天井には、八角形の照明を囲むように飛翔する水墨画の龍。こんな豪華な調度品が飾られた個室で、照りのある朱色のソースをたっぷりとからませたエビを美味しそうにパクつく道川 明星。
その明星の今日の服装も、あの『例の会議』ときと似たようなコーデで、白のシャツに黒いジーパンに、カーキー色のロングカーディガン。やっぱり今日も、外見では性別は判断できない。
そしてその明星と、大きな丸い回転テーブルに同席している男性が二人。
一人は藤原総理大臣。
『あの会議』のカッチリしたスーツではなく、クリーム色の麻の生地のジャケットとスラックスに、ネクタイ無しの水色のシャツ。ラフでありながら、総理としての品格に合った服装だ。
そして、もう一人………あまりこの場に似合わない服装をしていた。
いや。服装だけでなく、その男性が醸し出す雰囲気自体が、赤と金色を基調としたこの高級店のきらびやかさにそぐわない。
男性の年は、明星とさほど変わらないように見える。ただ、明星のような若々しさがまったくない。
座っている席の背もたれに、変な隙間ができるような酷い猫背。髪は真っ黒でワカメのように縮れ、暖簾のように長い前髪からは生気の感じられないうろんな目つきが微かに見える。
服装もヨレヨレの薄茶のトレーナーに、ダメージジーンズを模したのか?本当に履き古しただけなのか?判断できない白っちゃけたジーンズ。こう言っては悪いが、まともな社会人には思えない。
そんな三人の前には、豪華中華料理が並んでいた。
さっき明星が食べていたエビチリを始め…。
クラゲの冷菜
北京ダック
カニの焼売
フカヒレの姿煮
鮑のオイスターソース煮
燕の巣と薬膳の壷スープ
和牛肉と旬の野菜炒め
金華豚と洋梨の酢豚
…といったメニューが並んでいる。
どう考えても三人前の量じゃない。
それも食べているのは明星ばかりで、藤原総理は孫を見るような優しい目で明星の食べっぷりを見ているだけ。ワカメ頭の男性も、お茶を啜っているだけで箸すら持とうともしない。
「モゴナィノ?モィヂィモっ。(食べないの?美味しいよっ。)」
頬をリスのように食べ物で膨らませた明星が、二人に聞く。
「……食べながら喋るなッ。お前が食っているところを見るだけで胸焼けがするッ。」
…とワカメ頭の男性。
「私も年だからね、こういった脂っこいものは、ちょっと受け付けなくなってきているんだよ。明星君は気にせずに、たくさん食べなさい。」
…と藤原総理。
その藤原総理が、明星からワカメ頭の男性のほうに顔を向けた。
「赤城 菖蒲…君といったかね?明星君の知り合いに、こんなに鬼才な頭脳を持った若者がいるとは思わなかったよ。」
「……はあ、どうも。」
「笑顔が素敵な議員ランキング」第一位の藤原総理の言葉に、ワカメ頭の男性…赤城 菖蒲は恐縮するでもなく、なんとも覇気の無い返事を返した。
別に一国の総理大臣に話しかけられて動揺しているとかではなく、元々人付き合いが下手なのだ。
それも、藤原総理のような爽やか光属性の人間は特に苦手らしく、長い前髪の奥の目を眩しいモノでも見ているかのように細めている。
藤原総理の方は、それに気づいているのか?いないのか?どんどん距離を詰めてくるように話しかけてきた。
「まさかこんな短期で、あんな凄いVRゴーグルを完成してしまうとはね。」
太陽の日差しのような笑顔で絶賛する藤原総理。
菖蒲は、そんな眼差しに耐えられないとばかりに視線を反らし、「……だって早く作らないと、明星が煩いから。」とボソッと呟いた。
そう。この赤城 菖蒲こそ、ゲームメーカー「イノセント」の開発部門のエンジニアで、あの新型VRゴーグル【Hypnos】を作った張本人だった。




