序章:1 「イ・ヤ・だッ!」
ーー…会議室。
「イ・ヤ・だッ!」
その薄く形の良い唇が、し過ぎるぐらいハッキリと一文字一文字を発音すると、声は会議室内に響いた。
誰が聞いても本当に心の底から不服極まりないと分かるほどの口調ではあるが、声質だけとればなんとも涼やかではある。そして若く艶とハリもある。
だが男性か?女性か?は、どうにも判別しにくい声だった。
いや、しにくいのは声だけではない。発した当人のその容姿もだ。
少しうねりのある黒髪は腰まである長髪。
荒い布面の白いシャツに、濃紺の踝が見えるぐらい丈が短めのパンツ。そしてシャツの上には、深い紫色の薄手のカーディガン。
それらに覆われた体型は痩せすぎなぐらい痩せ型で、椅子に座って組んでいる足は長く、胸も尻もフラットだ。
顔は切れ長の目にシャープな輪郭。かなりの美形には間違いないが、中性的過ぎてやはりどっちらとも判断しかねる。
ただ歳だけは、二十代前半だろうと推測はできた。
その性別不明の人物は、再度、更に念を押すように「イヤッたら、イヤッ!」と駄々っ子のように唸る。
するとそれを聞いた性別不明の人物の目の前に座っていた十人ばかりのスーツ姿の初老の男性たちが、ホトホト困り果てたと言いたげに顔をしかめた。
男性たちは皆、性別不明の人物よりも随分と年上。下は五十代から上は七十近くまでいる。それも、その深いシワが刻まれた貫禄のある顔ぶれは、どこぞで見たことある。
そう、テレビや新聞とかでよく見る人物たちだ。
だからって犯罪を犯した凶悪犯というわけではない。その反対で、この日本という国を支えている重鎮たちだ。
いわゆる政治家と呼ばれる人たち。
それもその中には藤原総理大臣までいた。
けれど、会議室内のその人物たちの座っている席順が何か可笑しい。
この会議室は講義に用いられるものではなく、交渉や話し合いに用いられるもののため、Uの字をひっくり返したテーブル席になっている。
そしてUをひっくり返した先端が上座。左右に伸びるテーブルがその他となるわけだが………その上座には、この室内で一番若く、貫禄などまったく無い、例の性別不明の人物が座っていた。
この国を取り仕切っているはずの藤原総理はというと………その人物の右手側。その他の議員たちと同じ並びに座っている。
これからも判るようにこの性別不明の人物は、総理大臣よりも大事に扱わなければいけない人物らしい。
有象無象扱いに格下げされているその藤原総理が、こめかみから流れる冷や汗をハンカチで拭いながら口を開いた。
「明星君。そうワガママを言わないでくれ~ぇ。」
「ワガママなんかッ 、言ってないしッ!」
「だが『コレ』は、君しかできないことなんだ。」
「そんなの知らないよッ!」
腕組をしてプイッとそっぽを向く性別不明の人物……改め、明星。二人のやり取りは、まるでお爺ちゃんと孫のようだ。
だからといって、本当に血が繋がっているわけではない。それでも総理が名前呼びしていたり、明星の態度から察するに二人の間には公私を越えた交流があるのだろう。