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あんころ餅

作者: 土野 絋

「あら、いつもありがとう。」


「いや、これくらいはしないとね。」


「私の家の事なんでも知ってるのねぇ……。」


「あなたを見ていればどこに何があるかくらいは予想出来ますから。」


「不思議な人ね。」


いえいえ、と老紳士は微笑むと椅子に腰かける。


椅子の横にあるベッドに先程、老紳士が注いできたハーブティーを飲む老婦人。


「あなたを見ていると思い出すのよ。」


「なにを?」


「私が旦那さんと会った時のこと。」


「昨日の晩御飯も覚えていないのに?」


「ふふふ……。」


老婦人は、少し恥ずかしそうに笑う。


「そうね、不思議とそれだけは忘れないのよ。」


あなたが少し似ているからかしら、ハーブティーを傍の机に置く。


「私ね、お見合い結婚だったの。」


「ほう。」


「すごく緊張したのよ、あの時はお見合いがすぐ結婚に結びついたから。」


「確かに、今みたいな恋愛結婚が流行りだした時でもあったね。」


「そう!私も実は憧れてたのよ、恋愛結婚。」


「そうか……、それじゃあ、あんまりお見合いは嬉しくなかったのかな?」


「まぁ、お見合いをする前はね。」


「じゃあ、実際は良かったわけだ。」


老紳士は長い足を組んだ。

スラックスからチェック柄の茶色いソックスを覗かせる。


「ええ、とっても。」


老婦人は懐かしそうに笑い、窓の外を眺めた。


空は青く。鳩がつまらなさそうに鳴く。


「あの日もいい天気でね、確かホテルのロビーの横のカフェでお見合いしたの。」


「和室が時代遅れになってきたときだね。」


「ええ、私の旦那さんは背が高くてね。少し男にしては華奢(きゃしゃ)だったけれど、それが目を()いたのよ。」


「うん。」


「私ね、その時嘘をついたのよ。」


「どんな?」


老婦人は照れるように笑った。


「趣味を聞かれてね。私ってば女らしくしなきゃと思って、生け花を嗜んでますって。」


「花に興味なんて無かったんだろう?」


「そうなのよ。食べるのが大好きで、特に甘いものがね。」


老婦人はハーブティーをすする。


「生け花なんてそんな嘘をついたもんだから、彼は私の事をお嬢様か何かと勘違いして萎縮しちゃったのよ。」


「彼はそれからどうしたの?」


「緊張したのか変な敬語になっちゃってね。」


今思い出しても面白いわね、と老婦人が口元を隠し笑う。


「彼にとっては恥ずかしい話だろうね」


「そうね、私はそれから聞き返したの、ご趣味は?って。」


「彼は何て?」


「少しどもりながら、和菓子が好きですって。」


「へぇ……。」


「なんか恥ずかしくなっちゃって、私は気取って嘘をついたのに、彼は正直なの。」


「うん。」


「そこで私やっぱり正直に言ったのよ。」


「甘いものが好きって?」


「ええ、そしたら薄い一重の目を大きく見開いて驚いてたわ。」


「それから?」


「彼がここの近くにお茶屋さんがあるから茶菓子を食べませんかって。」


「趣味が合ったから話しやすかったろうね。」


「申し訳ないことをしたわ。」


老婦人はハーブティーを全て飲み終えた。


「そのお茶屋さんでは何かあったかい?」


「彼ってね、足が長くて茶色のチェックの靴下を履いてて。」


「こんな感じ?」


老紳士は自分の靴下を見せて示した。


「そう!まさにそんな感じ!」


老婦人は続けてこう言った。


「あなたも足が長いのねぇ……。」


「彼に少し似ているかい?」


「そうねぇ、彼の方が少し男前かしら。」


「悔しいなぁ。」


老紳士と老婦人は笑う。


「結局、彼とはお茶屋さんでは何を食べたの?」


ふふ、と老婦人はいたずらっぽい顔をして、


「当ててみなさい?」


「意地悪だねぇ?せっかくお茶菓子を持ってきたのに……。」


「あら!それならそうと早く言ってよ。貴方だって意地悪じゃないの。」


老紳士は笑ってそのお茶菓子を出す。


「あら?貴方答えを知ってたの?」


「まぁね、君を見ていれば何となく。」


あんころ餅。あのひ君と僕が食べた初めてのお菓子。


「お茶を用意しなくちゃね。」


老紳士が言うと、老婦人は手元にある空のティーカップを見て首を傾げた。




「このティーカップには何が入ってたのかしら。」




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