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特殊部隊  作者: FLOG's
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1章【予感】デモ隊編②

木田の命を受け、本部から公用車の白い軽ワゴン車を借り受け表参道に二人は急行していた。

貸し与えられた車は、外装も内装もかなり年式の古いもので、走らせているとサスペンションがきしむ音が聞こえてくるような代物だった。

「ぼろい車だな。こうゆうのおばちゃまが好きなんだよな」

ハンドルを握り運転する柄沢に話しかける助手席の岩下。柄沢は眉根を寄せて尋ねる。

「おば様たちが…。なんでだ?」

柄沢の言葉にため息をつきつつ苦笑いを浮かべる岩下。その反応に今度は疑いの目を向けつつ岩下へと返す柄沢。

「今、適当に言ったろ?」

窓の景色に目をやる岩下に問いかけた。

「事実だよ。おまえも流れの読めんヤツだね」

「流れ?なんでそうなるんだ。それに、そうゆう言い方は良くないんじゃないか?」

柄沢がたしなめる様に言うと、岩下は柄沢に向き直る。

「新しいから良いわけではない、レトロだからこその味がある。それを大先輩方は知ってるって事よ。浚もそうゆうの好きだろ?」

「好きだというのは否定しないが…だから、そうゆう偏見的な言い方は――」

岩下の言葉に対して小言を付け加えていく柄沢の言葉を半分に聞きながら、再び窓の外へ目を向ける岩下。

二人の乗る車は甲州街道を経由し、インターから高速道へと入っていく。柄沢がアクセルを踏み込むと、車はさらにうなりを上げて加速していく。お世辞にもフケが良いとは言えない音だ。

「いやー。甲州街道は面白いな。チョーフーチョーフー♪まではのどかだけど、都心が近くなると景色様変わりだな」

「確かにな。高速から見ると更に面白いよな」

さすがに柄沢は目を向けることはできないが、岩下の見る先には徐々に増えていくビル並が見えた。そのとき、不意に背後からものすごいスピードで猛追してくる車が現れた。

「なんだ、なんだ。騒がしいやっちゃな」

柄沢はそういうと左車線へ移動し、後車に道を譲った。

そのときふと、その横を追い越していく車へと目が向いた。そしてそこには、二人が乗車しているケッパコと同種類の違う色の軽ワゴン車がいた。さらにその運転席にはファンキーなファッションに身を包み、咥えタバコにグラサンのおばちゃまが車を駆る姿が見えた。その人は追い越しざまに柄沢に微笑みかけてから前方へと消えていった。

「マジかよ。今流行りなのか…」

走り去る軽ワゴン車を目で追いかけながら、柄沢は呆然とつぶやく。岩下はそれに気づいていなかったのか、変わらず外を眺めていた。が、何かを思い出したように柄沢へと振り向いた

「んで。ブリーフっていったい何なんだよ?さっきは訊けなかったけどさ」

「ん、あ、あぁ。…って、ブリーフじゃない、リーフの会だ」

岩下の言葉で我に返った柄沢。言葉に訂正を入れつつ、リーフの会について説明を始めた。

リーフの会とは、三年ほど前から活動している民間政治団体である。現政府与党の政策に異を唱えつつも他野党とは一線を画し、反対を掲げるだけでなく具体的な政策を提示し、地方議員や民間人から多く会員を生み日本各地で街頭演説や署名活動。地方議会ではリーフの会所属議員らで議会内で有志の形で会派「リーフの議員団」などを形成し政治活動も行っているものだ。

ここ一年程で会員数も100人ほどになり勢いを増していた。そんな最中リーフの会に関係していたものによる過激デモ行為やテロに発展する暴動なども起こり、政府から目をつけられている存在でもあるのだ。

「へー。んで、今回もそのデモをするってことね」

「まぁそういうことだろ」

「でもそれとうちらに何の関係が――」

『ピーピー』

そこに特殊部隊本部より通信が入った。すかさず岩下が車載通信機のスイッチを入れると、マイクに向かい応答する。

「はいっ!こちらケッパコ」

『こちら、木田だ。ケッパコとかゆうな。名と階級だろ!?』

岩下の返答に間違いを正そうと木田が言う。岩下が笑うのを聞いてため息交じりに脱力したように続ける。

『まぁいいや。表参道に到着してからの段取りを説明する・・・。』

木田は二人に現地入りしてからの車の駐車場所、デモ隊の集結場所及び警官隊との合流の仕方を指示した。

最後まで聞き終え、柄沢はハンドルをわずかに切りながら答える。

「了解しました。着き次第着替えます。それでわれわれと警官隊との仲介者は?」

車がトンネルに入る。それと同時に、無線機からノイズが入り始めた。

『仲介者は・・ザーザー・・・ザー・・・』

「勘弁してくれよ。この車の無線はトンネル駄目なのか。公用車だろ?!」

本来他の部隊管轄の車両はトンネルであろうが随時通信可能になっているが、第7部隊二人に貸し出された軽ワゴン車は一般車両同等のものだったのだ。岩下は運転している柄沢に代わり、周波数を変えるなど機器をいじってつなげようと試すが、お手上げのようで肩をすくめてみせた。

「あーあー。こりゃ駄目だね」

「なめられてる。うちらが墓場部隊ってやつだからか…」

柄沢は表情を険しくしながらつぶやいた。二人にとって、この程度はよくある話ではあった。予算の関係でも、優遇されることはほとんど無い。

そうこうしている間に車はトンネルを抜けた。木田へ再び通信を取るため、機器を操作しようと手を伸ばす柄沢の手を、岩下の手がさえぎった。

「いいや、いいよ。状況はわかってるし」

「しかし」

柄沢がそう言うと、岩下は車中を見回してから小声で話しかける。

岩下「こんな車だ。盗聴でもされてたら敵わないからな」

柄沢は、岩下の警戒にいまひとつピンと来ず小首をかしげた。

「・・うーん・・。うん」

必要事項は大体聞けた上、間もなく目的地付近ともあり、疑問に感じながらも岩下に同調した。



そのやり取りから少し後のこと。特殊部隊本部では岩下曹吾の呼び出しで、木田が総司令官室へ向かっていた。早足で歩く木田の横を、第一部隊の隊員が入る部屋の扉が次々と流れていく。

第一部隊は特殊部隊内でも最も大きい部隊だ。そのため、このように部屋がいくつも設けられている。また、有事の際総司令官を護衛できるよう、その隊室は総司令官室の入る棟の中に併設されている。

木田は司令官室の前に立つと軽く息を整え、ドアをノックする。

「失礼します」

木田が総司令官室へ入ると3人の男の姿が目に入った。入り口正面へ置かれた机には曹吾総司令官、その少し前に控えるように立つ第四部隊リーダーの安藤と、第二部隊司令官の梓川敬己(あずさがわひろき)だった。

「そろったな」

曹吾は木田の到着を待ってたとばかりに口にすると、さっそく梓川へ説明を、と目配せをする。

「梓川くん」

「はいっ!」

梓川は明快に答え、木田と安藤の二人を見据えた。

「お二人もご周知であろうと思います。一月前に起きた、西東京にある自衛隊関門基地が何者かに襲撃をされた件」

「あぁ。あの展示館も併設していて。だいぶ古い基地で今は資料庫になっている」

木田が、過去にも上がった案件の詳細を思い出しながら答える。

関門基地襲撃とは、一月前、自衛隊が所有している古い基地を何者かに襲撃された事件である。

この施設は、現在は武器や機密に関わる書類など重要品は一切置かれておらず、古い資料などが保管されている施設である。また、その一部が自衛隊の歴史に関する展示館になっており、観光客も日頃から訪れる場所となっていた。

その施設に、詳細不明の武装集団が車で乗り付け、正門の門番隊員を気絶させ敷地内へと進入。その後巡回している隊員たちにも発砲を加え重軽傷を負わせ、基地内を荒らしていったというものだ。

梓川は木田の言葉にうなづくと、説明を続ける。

「そうです。また、あの事件が起きる前に表参道で起こったヒルズ爆破未遂事件。その犯人は事件を起こす数日前に、政府に向けた抗議文を首相官邸へ送っていました。『自分は各地で現在起きているデモ暴動の一派だ。近く行動を起こす』…このような具体的な内容はない文書で…」

木田はさらに記憶を掘り下げて、その事件を思い出してみる。

ヒルズ爆破未遂事件とは、三ヶ月ほど前に柏田承(かしわだしょう)という人物が起こした、表参道にある商業施設の上階三フロアに爆弾をセットした事件である。

自らは清掃員に扮し工具室に無防備で潜み、セットされた爆弾のある一つの付近にいたという。

個人的な目的は無く、強いていえば現政府に対する抗議行動だと言っていた。政府は、秘密通信保護法に関する関連法の審議入り前にまさに安全保障に言い当たる文言の事件性、その対処に自衛隊の爆弾処理班と特殊部隊も第2、第4部隊が自衛隊に扮し、秘密裏に対処に当たらせたのだ。

犯人の柏田承は、部隊が鎮圧に当たると抵抗する様子も見せずその場で取り押さえられ、爆弾も爆破されること無く、事件は民間人に気づかれることなく無事解決している。

どちらも過去に聞いた話だな、と木田は聞きながら一人うなづく。しかし、それがなぜここで同時に出てくるんだ、とその接点がどこにあるのか疑問に思い、小首をかしげる。

梓川の説明を遠くに目をやりながら聞いていた曹吾が言葉をはさんでくる。

「うん。その時ヒルズで逮捕された柏田が連行される際、いくつか不可解な言葉を吐いたそうなんだが、その一つに次は人気がないところだと語ったそうだ。そしてこれが、その後発生した関門基地襲撃事件を指しているのではないか、と考えている」

安藤もそれに賛同してうなづく。

「ええ。あの未遂事件は爆弾こそ三か所に設置されていたものの、人質を取り潜むわけでもなく。まして官公庁に送り付けられた抗議文以外に大した目的も掲げていない。単に世の中に不平不満を抱き、自身の存在をアピールするための狂った野郎の起こしたもんだと思ってましたが。

今回上がってきた情報――柏田承がリーフの会に所属していたという過去が浮かび上がった以上、繋がりが匂います」

基地襲撃の犯人は今だ検討つかず、ヒルズ未遂犯で拘留の柏田承も、基地襲撃に関しては知らぬ存ぜぬを通している。しかしその柏田が、事件当時は無職であったのだが、以前はフリーターをしながらリーフの会に所属していた事実が近日浮かび上がってきたのだ。

更には立てこもっていた際、政府への抗議として、自衛隊の現体制に対して言及するような発言も見られたという。そして事件の二ヵ月後に「人気のない」「自衛隊関連施設」での、襲撃事件。情報が少ない中、ようやく浮かび上がってきたのがこのつながりというわけだ。

首相官邸へ送られた文章にもある通り、彼は自身を「デモ暴動の一派」と言っている。ここから見ても、単独犯ではなく裏にもさらにつながりがあると見られる。

「そこで、柏田の関係筋を当たることで、襲撃事件の背景と犯人に近づき、明らかにできるのではないかと」

梓川は木田と安藤へ目を向けながら、方針の一端を告げる。それを聞いて、木田は口元へ手を添えて情報を頭の中で整理しながら慎重に答える。

「なるほど…。確かに関門基地は我々が関わることでありますが、真相究明は警察が行っているのでは?」

その問いに曹吾はデスクの椅子から緩やかに立ち上がると答えた。

「本件は犯人が民間政治団体リーフの会の元会員で、なおかつ政府宛に怪文書まで送ってきている。よって政治的意味合いを含む、国家の危機的状況に関する可能性を秘めている。

そのため、われわれ、特殊部隊が国家公安委員会と防衛省で結ばれている協定の元、共に真相究明にあたるというわけだよ」

特殊部隊は現在の機密性の高い存在から、自衛隊の後衛としての職務と混成して、昨今では政府からの密命を受け、こういった捜査に関する事案にも参加するようになってきていた。

曹吾のいう協定とは、特殊部隊を統率する防衛省と、警察機関を統率する国家公安委員会との間に締結された協定のことを指している。これは、国家的意味合いがあり、緊急性、急迫性が共にあると判断された場合に、警察が指揮する捜査班に身分を隠した特殊部隊員が混ざり、共に捜査を行うものである。もちろん捜査にあっても、機密保持の観点より互いの存在を周知している者といない者がいる。

曹吾は未だにこうした協定による事案など、日々変化していく情勢に臨機応変に対応できない木田にため息まじりに答えた。

「とかく、少数精鋭の第7部隊には協定に乗っ取った作戦に参加してもらうことは多いぞ」

「まぁ。総司令官のおっしゃるとおりだが、昨今の状況からだと職務範囲は日々変わって大変だがな」

安藤は、曹吾に咎められ申し訳なそうに自身の頭を触る木田に、曹吾の言葉に触れつつフォローを入れる。

曹吾が言葉を終えたのを確認して、梓川は木田へと向き直り告げる。

「そこで、今回行われるリーフの会のデモ行進に、第7部隊の二人に護衛に入ってもらい。まずは、会員らの行動を見てきてもらいたい」 



場所は変わり、岩下と柄沢。

岩下と柄沢の二人を乗せた軽ワゴン車は、平日のビジネス観溢れる表参道界隈に到着しようとしていた。

「えーっと。あそこか」

指定されている駐車場所へと目を留めた柄沢は向かった。

「いやー、いいねぇ。この街はスイーツと美脚のお姉ちゃんやな」

窓から目を細めながら外の町を見つめる岩下。それを横耳に、

「おまえさんは、二言目には女だな」

そう横やりを入れながら車を路肩へと寄せる。

『キッキキ。ブリッィ』

何とも不景気なブレーキ音とハンドブレーキを上げる音をさせて、柄沢は車を停めた。

「ご到着したぜ」

二人ともシートベルトを外すと、岩下はおもむろに後部座席へと手をやり、事前に用意されていた布袋を二つ取り出しその一つを柄沢に投げた。

「んじゃ。着替えますかね。中身は何かなー♪」

柄沢も同じく布袋を開けた。中身はデモ隊護衛に当たる警察官と同様の服と、それに付する警察手帳や無線といった基本装備。そして拳銃が一丁。

二人は中身を確認するとすぐさま着替えを始めた。

「おいおい。本格的じゃねぇか。いいね。警察官コスプレ♪」

着替えながら変装衣装の感想を述べる岩下。

「コスプレってな。ささっと着替えるぞ」

そんな柄沢の言葉より早く岩下は着替えを終え、次の感動とばかりに警察手帳を開き目をやっていた。

「ちゃんと名前入ってるわ。仕事はやいね」

柄沢も着替え終わると、同じく付属品に目をやり確認に入った。

こういった変装に使われる品々は部隊の特性上使われることが多く、本部の方で各部隊や部隊を超えて編成されるチームの申請で、事前にその任務に合わせて用意されるのである。

「階級は巡査の新人さんね。了解・・・。拳銃はニューナンブか。やっぱ味あるねぇ」

柄沢はズボンとつりひもで繋がれた拳銃を見ながら、数度頷くと、ホルダーへと収める。

「あいかわらずというか…あんた好きね」

「いいだろ別に」

一連の装備を装着し、互いの装備を確認し合うと、二人は目を合わせアイコンタクトをすると車を出た。

駐車スペースから通りを挟む向かい側に、デモ隊の面々が30人規模で集結していた。その付近にはデモの護衛にあたるであろう警察官たちが数名集まっていた。

二人はすっかり警察官に成りすまし、その周辺に足をいれた。

「―――そうですね。これだけの行進は初めてだ」

「えぇ。プラカードはこれと・・あぁ、あとはズックンが持ってるか。」

デモ隊参加者らが間もなく始まるデモ行進を前に意気揚々と準備や仲間同士話をしていた。

「神宮さんから…なるほど、こう行くのね」

「はいっ。地図的にはこんな感じですね」

護衛にあたる警察官たちも各々シュミレートに入っていた。

その警察官二人へと、岩下と柄沢は姿勢を正し、近づく。

「ご苦労様です。本庁より応援に来ました」

柄沢が先に警察官二人へ敬礼をすると、岩下も柄沢に合わせ敬礼する。

警察官の二人はその声に振り返り、二人に目を向けると敬礼を返してきた。

「あっ!ご苦労様です」

「それで、こちらの現場指揮をされているのは――」

柄沢が訪ねようとしていると、そこへ奥のほうから部下二人を従え、警察班の指揮者らしい男が向かってきた。その男は周囲へと目を配りながら、従えている二人へと指示をしながら近づいてくる。

「おぉ。あっちの方もちゃんと据付とけや。――うぉっ。おめぇら、新人か?」

男は、柄沢と岩下の姿を目に留めるなり、やや離れた距離から話かけてきた。

「あれが仲介か・・・」

岩下が小声で柄沢へ問いかけると、小さく頷いた。

男は二人の前へと歩み寄ってくると、堂々とした口調で話しかけてきた。

「ご苦労さんだな。新人!!」

「はいっ。本庁より来ました、石下です」

一度敬礼をしてみせ、岩下は男へと自分の手帳を開いて見せた。男はそれに顔を少し近づけてまじまじと見つめる。そして、名前の欄に書かれた『石下浮希』の文字で目線が止まる。

「えぇっと。いしした・・・うき・・おもしれぇ名前だな」

「うーきです!!おもしれぇ名前とは親に失礼だろっ」

竹の名前の読み違いに素で切れる岩下。

「なんて名前つけてんだ。キラキラネームでもないな」

そんな岩下を見ながら柄沢が小声で言う。第一、石下はともかくうーきとは字的に読むのは困難なのも無理はないが。

「ため語??!おまえ階級は?」

岩下の返しに、上官に向かって無礼だとばかりに怒声をあげる。

「あっ。すんません。階級わとわと」

階級を答えられずもたつく岩下の横からすかさず挨拶を入れる柄沢。

「ご苦労様です!同じく本庁より参りました、柄川繁巡査です」

柄沢は挨拶すると岩下と同じく警察手帳を見せた。

「うっ…ぅん?えがわ、しげるて…。なんか混ざってねぇか。どっかのトレードで聞いたような…?」

柄沢に目を向け挨拶を受けるも、その名前にまたも疑問を投げかける。

柄沢は営業スマイル、といった具合に微笑み頷く。そんな柄沢に岩下が顔を近づけて小声で突っ込む。

「おまえこそ、そうゆうの使ったらまずいだろうが」

「仕方ないだろ。元から書かれてるんだから」

「浮希といいトレードといい・・・誰のセンスよこれ?」

話は聞き取れずも二人のやり取りを見て、再び柄沢と岩下のかざしている手帳に目をやり男は頭に手をやって困惑した表情を浮かべる。

「巡査な。…ったくなんかよくわからん新人どもだな」

まぁいい、と小さくつぶやくと、男は胸ポケットから警察手帳を取り出し、二人の前にかざして見せる。

「んでまぁ――俺は警視庁西武伏見署、捜査課主任の竹だ」

岩下、柄沢は目を合わせるとこいつが仲介者かと改めて目で確認を取り合う。

岩下はその名前の欄に書かれた文字を、名前をなぞりながら口に出す。

「…たけ――まんと…」

「誰がまんとじゃ!『たけみつる』という」

岩下の読み間違いに、お返しとばかりに言い返す竹。

「度々すみません。竹満留(たけみつる)主任ですね。…本名だよな、だよな」

柄沢はこれ以上怒らせてはいけないと岩下の言動を謝りつつ、竹主任の妙な大声のテンションに今ひとつ疑念を抱いていた。

「ったく」

竹は面白くなさそうに、警察手帳を胸に押し込んだ。

そこに制服の青年が小走りに近づき、竹に耳打ちをする。

「失礼します。…竹さん。間もなくいらっしゃいます」

そういうと青年は後ろを向き、目で一方向を指した。竹はその方向を見て、何かを認めるとうなづいた。

「おぉ。わかった」

岩下と柄沢も青年が指す方向を目で追う。

その先の少しはなれた位置で、一人の人物を二人の警官が挟みつつ歩きながら向かってくる。

「そうですね。配置は追って竹さんの方から」

「あっ。所轄及び本庁からの応援もすでに」

「うん」

警官二人を横に置いたその男は、二人の報告を受けてうなづいている。

「…なんだか柄のわりぃやつが部下引き連れてきやがるぞ…」

「うーん。ベテランの刑事にも見えるな」

二人と竹がいる場所へと、数メートル先から二人の制服警官とペイズリー柄のシャツに、ノータイスタイルその上に黒いコートを羽織ったイカツイ親父刑事の三人が迫ってきた。

竹はその姿を確認するなり、三人へと待ってましたとばかりに駆け寄っていった。

合流するなり互いに敬礼し、竹は親父刑事に激しく身振り手振りジェスチャーを入れつつ現状を話し、親父刑事も頷き説明を受けているのが見られる。

ややあってから、竹は岩下と柄沢を指差し、親父刑事を連れてきた。

「おう。新人。紹介しよう。こちら、うちらの班の大道班長だ!」

大道は細めで二人の顔に目をやると、低い声で挨拶をする。

「どうも。警部の大道だ。よろしく」

「チィーッス!石下巡査っす」

岩下、大道の風格に負けじと強気の挨拶をする。またもこいつは何を張り合って、という表情を浮かべながら柄沢は敬礼をしてから挨拶をする。

「ご苦労様です。同じく巡査の柄川です」

二人が挨拶を終えると大道はうなづいた。

「よろしく。周囲を案内しよう」

「うっし。では、二人は大道警部についてけや」

促されるように二人は大道について歩き始める。岩下は、大道を意識してか、肩で風を切るように胸を張って歩く。その横を柄沢はいつもと変わらない調子で並び歩く。二人は大道の少し後ろを歩き、共に路地裏へと入っていく。

「どうでもいいけど、その歩き方疲れないか?」

「何をおっしゃい。親父になんぞ負けてられっか!」

小声で話しかける柄沢に、岩下はさらに胸を張りつつ答え、前へと向きなおした。

「あれ、あの親父はどこ行った?」

岩下の言葉に、目線を岩下から正面へと向けると、確かに大道警部の姿が見えなかった。訝しげに思った瞬間、二人の肩に何者かが腕をもたれかけてきた。二人はビクッと体を震わすと、おそるおそる目を少しだけ後ろへ向けると、大道の顔が間近にあった。近くで見ると、その強面がさらに怖い。

「(やばい。おっさん切れたかな・・・)」

「(俺何にも言ってないよな・・・)」

二人は目線をすすっと正面へそらしながら、心の中でつぶやく。

大道はそんな二人の横顔へ交互に目をやると、変わらない低い声で話しかけてきた。しかし、口調は丁寧なものに変わっていた。

「ご苦労様です…。特殊部隊のお二人ですね」

「……あぁ。――あんたが仲介人?!」

大道は岩下の問いに口元を緩ませ頷く。岩下は深いため息をついて、肩の緊張を抜いた。

「改めて、大道仁(だいどうじん)と申します。階級はさっきの挨拶通り警部で、今回お二人が参加される一斑の班長です」

「この方がしっくりきますね」

柄沢は初めにあった竹と、その口調や素振りを思い出しながら言う。岩下は来た道を振り返りながら叫んでいる。

「なんだよ。あいつフェイクかよ!――でもさ、あの人捜査課の主任っつってたよね。あなたよりえらいんじゃないの?」

岩下は大道へ向きなおしながらたずねる。柄沢は大道が答えるより先にその質問に、考えを混ぜながら返した。

「でも竹主任は、手帳の階級が警部補だった。警察官は階級で上位関係が決まるって言うからな」

「自分は、本庁の組織対策の方に元々いまして、それから西武伏見署にきたんで。竹のが役職は上なんだが、階級の上からは部下です。なので俺の班の副班長もやってもらってる」

なるほどねと頷く二人。

「さて、自己紹介はこれくらいにしときますか」大道はそう言い、あえて周りへ聞こえる様に少し声を大きくすると「――新人二人。元の場所がどういうとこか知らないが、俺の班にいる以上、従ってもらうぞ」

『はいっ!』

二人は口調を上司のものへと変えた大道に倣い、敬礼をした。



場所は表参道神宮付近へと移る。デモ隊は先ほどまで集まっていた参道の中程の位置から、デモ行進を始める神宮前へと場所を移動していた。

ざわつくデモ隊の人々は、思い思いに鉢巻を着けプラカードを持ち、その時を待っていた。その集団の前へと、リーダーと見える一人の男がメガホンを片手に立つ。男は大きく息を吸うと、メガホンをかかげて叫んだ。

『皆さん、本日は晴天の表参道です!われわれの考えをしっかり発信できる絶好の場となりました!私たちは―――』

「おぉぉ!!――そうだっ!――負けないぞっ!!」

リーダーの次々と叫ばれる問いにデモ隊の面々はその度に腕を空へ強く上げ、答える。デモ隊全員の決起集会は徐々に勢いを増し、力強い雰囲気が現れている。

そのデモ隊を、道を挟んだ喫煙所から見つめ、タバコを吹かし携帯で何かを話して不気味に微笑む者がいた。その男は携帯をポケットに放り込み、咥えていたタバコを灰皿へとねじ込むとその場を去っていった。


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