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異世界転生ガチャ

作者: 夏川ほたる

 私は気が付くと見知らぬ空間にいた。


 体育館位の広さがある空間に多くの人間がひしめいている。

 おそらくその数は100を下らないだろう。

 床も壁も天井も白く塗られたその空間の奥には灰色のステージのようなものが設営されており、いかにも何かが始まりそうな気配を醸し出している。


 「ここは、いったい……」


 そう呟いた時に、これまでの記憶を思い出した。

 何の変哲もない高校生活を送っていた私は、学校の帰りにトラックに引かれた。

 そして次に目を覚ませばこの空間だった。

 夢だった、という事はないだろう。

 引かれた瞬間に痛みは確かに感じたし、トラックに引かれても無事でいられるほど私の体は丈夫ではない。

 となれば、ここは『死後の世界』なのだろうか。きっと最後の審判でも始めるつもりに違いない――


「なんだここは?」

「俺は確か、事故にあって……」

「一体何が始まるんだ」


 恐らく同じように感じた周りの人がざわつき始めた時にステージの方から眩い光が迸った。

 光が収まった後に目を向けると、壇上には真っ黒なスーツを着た少女がマイクを持って立っている。


「皆さん、突然の事で混乱していると思います。今から私が事情を説明しますね!」


 いやお前こそ誰だよ、というツッコミを心の中で抑え、少女の声に耳を傾ける。


「ここに集められた100人はみな若くして不慮の事故で亡くなってしまった人です。皆さん、悔しかったでしょうね」


 改めて周りを見渡すと確かに10代~30代程度の比較的若い人が多い。

 皆、私と同じくらい不幸な人間という事か。


「しかし神様は慈悲深い方です。私たち天使と神様で話し合った結果、前世で不幸な目にあったあなた達にもう一度チャンスをあげよう、という結論に至ったのです。つまり……」



 少女は深く息を吸い込むと、笑みを浮かべてこう言い放った。

「おめでとうございます!あなた達は異世界転生の権利を得ました!」



 しばらくの沈黙の後、周りからどよめきの声が上がった。

「異世界転生!あの夢にまで見た異世界転生!」と喜ぶ者。

「異世界?こいつは何を言っているのだ……」と困惑する者。

「もう人生に疲れたから、大人しく眠らせてよ」と悲しむ者。

三者三様である。


 ちなみに私の感想は「まぁこのまま消えるよりはマシかな」といった所だ。

「わが前世に一片の悔いなし!」と言えるほど充実した人生を送った訳ではなく、

「もうゴールしてもいいよね」と言えるほど擦り切れた人生を送った訳でもなく、

ごく平凡な人生を送った私は、異世界転生で何か楽しい思いが出来ればいいな、程度の軽い考えを持っていた。


 ひとしきりどよめきが収まるのを見計らって、少女は言葉を続けた。

 「ですがせっかく異世界に行くのです。異世界と言っても様々なバリエーションがあるのに、皆が皆西洋風ファンタジー世界に行くのでは面白くないですよね?そこで神様はこのような物を用意しました!」


 眩い光と共に、ステージの上に何か大きな物体が現れる。

 ふと、嫌な予感が私の頭をよぎった。

 私が恐る恐る目を開けた時にステージの上に佇んでいたそれは、どこからどうみても――



 ――ガチャポンだった。

 そして、少女は先程以上の笑みを浮かべた。

 それは私は十数年の人生で見た中で、最も悪意と嗜虐心に満ちた笑顔だった。


「皆さんにはガチャを引いて、転生先を決めてもらいます!」



「ガチャ?まさかソシャゲでよくあるアレか?」

「結局運頼みかよ!」

「というかこれ絶対神様が私たちで遊んでいるだけだよね」

 不穏な空気が、真白な空間を包み込む。

 当然だろう。

 ステージの上に現れたのは人間の何倍もの大きさを誇る巨大ガチャポンだったのだから。


 そんな時、均衡を破るように男の声が響いた。

「おい、そこの天使。お前に聞きたい事がある」

 声の主はおよそ20代程度の小太りな男性。

 服に流行りのアニメのキーホルダーを付けている辺り、根っからのオタクといった所だろうか。

 ひょっとすればこの異様な空間に変化をもたらしてくれるかもしれない、と感じたのかは分からないが周りは男に期待の目を向けていた。


「ガチャというなら、排出率を教えてもらわないとなぁ!どうせレア度とかあるのだろ?」


 およそ期待斜めの上の質問に周りは落胆したようだが、少女はそれを聞いて待ってましたとばかりに何もない空間に黒いスクリーンを展開する。

「ご安心ください。私たちは公明正大でクリーンなガチャを提供しています。そこで、皆さんにガチャの排出率を公開いたしましょう!」

 スクリーンに白い字でガチャの内容が映し出された。


====================

異世界転生ガチャ(全30種) おまけのチート付き


☆1(10種類) 40%(各4%)

『知的生命体が存在しない世界です。この世界に行くものは一切の希望を捨てよ』

・業火の世界

・巨大ムカデの世界

…etc.


☆2(8種類) 28%(各3.5%)

『ナイトメアモードの世界です。チート次第では生き残れる……かもしれません』

・火星人の世界

・極夜の世界

…etc.


☆3(6種類) 18%(各3%)

『人型の知的生命体がいる世界です。無茶をしなければ天寿は全う出来るでしょう』

・水中都市の世界

・雲上の天空世界

…etc.


☆4(4種類) 10%(各2.5%)

『転生者に優しい世界です。思う存分第二の人生を楽しもう!』

・和風ファンタジー世界

・近未来風の地下世界

・お菓子と絵本の世界

・世界樹の樹上世界


☆5(2種類) 4%(各2%)

『大人気の転生先を限定封入!チートを使って縦横無尽に暴れまわろう!

世界の主人公は君だ!』

・西洋風ファンタジー世界

・地球再転生(今なら地域指定も可)

====================


「これは酷い……」


 私の口からは思わず本音が飛び出した。

 まず排出率が酷い。

 68%が外れとはどういう事だ。

 だが、このガチャは最高レアも4%の確率で当たるのである。

 そう考えたら意外と良心的……な訳あるかふざけるな!

 巨大ムカデの世界に転生するくらいならもう一度トラックに引かれて完全死亡する方がマシですわ。


 私と同じように考えた人がいたのか、一人の少年がおずおずと手を挙げた。

「あの……異世界転生の権利なんていらないので、このまま静かに死なせてくれないでしょうか?」

「神様が与えた折角の慈悲を放棄するのですか?ではあなたは地獄行きで」

「すみません何でもないです神様ありがとうございます!」

「聞き分けの良い子供は好きですよ」

 天使は私たちに安らかな死を与えるつもりはさらさら無さそうだ。

 その事を悟ったのか、周りの人々の目には運命と向き合う悲壮な覚悟が宿っていた。


「さぁさぁ、一番最初にガチャを引くのは誰かな?」


 天使が満面の笑みでこちらを煽ってきたが、それに答える者はなく静寂が辺りに漂った。

 それもそのはずである。

 ガチャでであるであろう異世界が……およそまともなものでは無かったのである。

 思えば、どこかでタカをくくっていたのかもしれない。

 ガチャで決まると言っても、所詮は似たり寄ったりの差しかないと思っていた。

 だが蓋を開けると☆1と☆5の差はあまりにも大きかった。

 まさに天国と地獄。

 ガチャの名を借りた最後の審判が、私たちの前に現れたのである。



「俺から行くぞ!」

 最初に手を挙げたのは例のオタク男である。

 天使の「それでは、ステージの方にどうぞ」という声を聞き、男は壇上へと歩を進める。

 場の流れを左右する一番手に、皆の注目の目線が集まった。

 男の両手が、人間の何倍もの大きさを誇る巨大ガチャポンの、銀色のレバーに掛かる。

「それでは、ガチャを引いてください!」

 天使の声が部屋に響くと、男は雄たけびと共に銀色のレバーを動かした。


 巨大な駆動音と共にガチャポンが動き始める。

 暫く音が続いた後、機械の下部から直径1M程の巨大なカプセルが現れた。

 カプセルがひとりでに開くと、デンという音と共にガチャの内容が表示された。


 『☆1 巨大ムカデの世界』


「そんなバカな……いや、だがまだおまけのチートがある!おまけ次第では幾らでも挽回出来る!」

 絶望に抗うかのように、男は震え声を絞り出した。


『おまけチート;魅了 あらゆる生物を虜にする事が出来る』


「ああああ……」

 男は全てを諦め、地面に崩れ落ちる。


「おめでとうございます!巨大ムカデを相手に存分にハーレム生活を楽しんで来てください!」

 そんな男を見て、笑顔で煽りまくる天使。


 暫くすると、オタク男は光の粒子に包まれその場から消えていった。

 おそらく彼は巨大ムカデとのハーレム世界に旅立ったのだろう。合掌。

 だが他人事ではない。ガチャで外れを引けば、次は我が身である。


 そこから亡者による爆死だらけの転生ガチャ大会が始まった。


 『☆1』『☆3』『☆1』『☆2』『☆4』『☆1』『☆2』

 虹色の光と共に高レア確定演出……と見せかけて『☆1』


 結局☆5は99人回して一人しか出なかった。

 まぁ100回足らずでは排出詐欺を疑うには流石に回数が少なすぎるかもしれない。

 異世界転生を果たした暁にはこのガチャの件を上位神に通報する事にしよう。

 上位神なんて都合よくいないなら私単身でこのガチャを考えた神と天使に刃を向けよう。

 震えて眠れ。


 そして気が付くと真白な部屋には私とガチャと天使だけが残されていた。

 「では最後の一人はガチャを引いて」

 アナウンスに疲れたのか、投げやりな天使の声が耳に届いた。


 私は高レアを引けるのか?

 いや、引くしかない。

 低レアを引いて爆死した人の為にも私はこの戦いに勝利する。

 終わらせる。

 この惨劇を、終わらせて見せる!


 私はガチャを引いた。

 99回聞いたガチャの駆動音が、いつもよりスローに感じられた。

 ガコン、という音と共に私の目の前に現れたのは――





 ――あれからはや1か月。


「さぁ行くぞ!今こそ外の世界へと向かう時!」

「キュイイイイイイ!」


『☆2 巨大カブトムシの世界』


 私はいつのまにか異世界カブトムシを率いる長になっていた。

 お父さんお母さん、私は異世界でも元気にやっています。


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