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01:遅刻の隣人

 ――クールビューティで絶世の美女とも謳われる母が、実は異世界人で元・魔導士でした!なんて、どんな冗談かと思ったけど…。


 冗談などではなく事実だとはっきり認識したのは、ラクヒたち三姉弟がこの異世界の地に降り立ったときだった。

 一瞬、西欧のどこかの国なのかと思うほどに美しい水の都には、色とりどり様々な容姿の人たちが生活していた。それこそアニメやコスプレで見る緑やピンクなどの髪色に目、そして水精と呼ばれるヒトとは違う種族たちが存在していることに最初こそ驚いたものの、元々ファンタジー万々歳のラクヒにしてみれば周囲への溶け込みは早かった。

 それに自身の容姿はこちらに着いた途端に一変してしまった。黒髪に焦げ茶色の瞳は跡形もなく消え、代わりに白に近い銀色の髪(なぜか毛先は黒い)に炎色の瞳へと変わってしまった。下の兄弟達も同様に容姿が変わったので、リアルにファンタジーだと声をあげたのは記憶に懐かしい。

 様々な経緯を経て異世界で生活すること約半年。思った以上に適応能力があったラクヒたちは予想を上回るスピードで異世界に慣れ、いまでは常世にいた頃よりも自由に過ごす日々を送っていた。

 そして、現在ラクヒは住宅地区と商業地区の中間地点にある駅前で待ち惚けを喰わされていた。


「――……遅い」


 昨夕約束を取りつけた待ち人は、ラクヒの一つ年上で現住居のお隣さん()の長男坊だ。引っ越してきて挨拶に伺ったときに対面し、弟同士が同級生ということと新しい父の部下ということもあって何かと交流がある。ヤンキーみたいな外見に最初こそ怯んだものの、見た目に反して面倒見がよく気配りのできる気さくな人柄だったのですぐに打ち解けて仲良くなることができ、こちらに来てから初めての友人となった。

 そんな彼は時間厳守・五分前行動が常なのだが、かれこれ三十分以上待たされているのでラクヒは段々彼の身に何か起きたのではと心配になってくる。互いの連絡先を交換していなかったことに今頃になって気づき、ラクヒが思わず「うわあ…」と呟いたのはして待ち合わせ時間を五分経過したときだった。


「さっぶ……」


 びゅおおおと吹き荒れる風に身を縮こまらせて「早く早く早く早く…」と、ぶつぶつと呟いている姿は不審そのものだろう。文句のひとつやふたつは言わせてもらおうと寒さに歪めた顔で地面と睨めっこしていれば、ぽすっと軽い衝撃が後頭部に感じられてラクヒは顔を上げて首を回した。


「悪ぃ、遅くなった」


 気配もなく背後に現れた待ち人は、少し息を乱して申し訳なさそうに眉尻を下げていた。容姿と言動が噛み合わないなあ、とは思っても口には出せない。


「…珍しいですね、遅刻だなんて」


 言おうと思っていた文句は一瞬にして消え去り、口から出てきたのは本人に対する素直な感想だった。彼もラクヒの言葉に怒りが含まれていないことを感じ取り、ほっと安堵の息をついて苦笑する。


「ああ……まあ、ちょっと仕事でな」

「えっ、仕事の合間縫って来たんですか!?」

「んなワケねぇだろ。午後休貰った。…ちょっと馬鹿共に手古摺らされただけだ」

「色々苦労してんですね……」


 真面目で面倒見がよく、八割外見で損しているといっていい彼が、疲労を吐息に乗せて吐き出した姿にラクヒは小さく笑って立ち上がった。


「まあ、とりあえずお疲れ様です。リュカさん」

「おう」


 真っ赤なマフラーを首に巻いた待ち人、リュカは白い吐息を吐いてぶるりと身体を震わせた。


「にしてもめっちゃくちゃ(さみ)ぃな、今日」

「ほんとですよ。寒すぎて誰かさんの所為で死ぬかと思ったんですけど」

「おまっ、ずっとここで待ってたのか!?」

「じゃなきゃこんなとこにしゃがんでないですって。第一連絡先交換してなかったし、時間厳守のリュカさんがいつ慌ててやってきてもおかしくな……」


 ぺとり。頬に触れたそれの冷たさにラクヒは思わず悲鳴を上げる。「ひゃっ!!」


「うっわ、冷え切ってんなー……顔真っ白だし」

「肌の白さは元からとして、心臓止まるからやめて。まじで死ぬ」


 押しつけられた手の甲から伝わった冷たさは一瞬で消え、すぐにじんわりとした温かさが伝わってくる。その武骨な手を払いのけてラクヒは首をすぼめる。


「走ってきたからあったけーだろ。それより移動すっぞ。風邪なんか引かれたらヒオドシさんに怒られる」


 ヒオドシとはラクヒの新しい父の名だ。リュカにとっては上司にあたる。


「いやー、親父殿は風邪引いたくらいで怒らないですって」

「…お前自分が愛されている自覚ねーのか」

「お母さんへの愛情がコップ一杯ならわたしなんて雫一滴程度だと思いますよ」

「いやそこはせめてコップ半分にしとけ。可哀想だから」

「うん。わたしも言って虚しくなりました」

「つか、お前が知らないだけでマスター子煩悩だぞ。マスタールームに家族写真飾ってるし、子供の話になると自慢話止まんねぇし」


 ヒオドシ・レドフェルド・サラマンドラが優しく愛情溢れた人間だということはラクヒもまだ短期間の付き合いだが良く知っている。

母や自分たちに目一杯の愛情を注ぎ慈しんでくれていること。子供(自分)たちに「いますぐ父と認めてくれなくていい」と気遣ってくれたこと。新しい父がいつだって自分たちの想いを配慮して距離感をとっていること。“家族”になろうといつも真摯に向き合ってくれていること。すべて身をもって理解していた。


「知っていますよ。付き合いは短いし、家族の中でわたしが一番接してないけど、それでも知ってます。あの人は勿体ないくらいに良い父親ですよ」

「……お互い分かっててそれだもんなぁ」

「ん? なにがです?」

「なんでもねーよ。ただ、もうちょい歩み寄ってみろ。その方が絶対に良い」

「…わかりました。努力して、みます」

「おし。んじゃ、はえーとこ、こっから移動しようぜ。寒くてしょうがねぇ」


 そういい歩み始めたリュカの隣に並んでラクヒも歩き出す。ちゃっかり彼を風除けにすれば、じろりと向けられた視線にしたり顔で笑って見せた。

 近場の喫茶店に入り、ホットココアとカフェモカ――ちなみにココアを注文したのは甘党のリュカである――を注文し、互いに口をつけたところで本題へと突入する。


「それで、話ってなんです?」


 わざわざ午後休を貰ってまで話したいこととなると、それなりに重要な内容なのだろうと思いながらラクヒは冷えた指先をカップにぴたりと貼りつけて温める。真横を通り過ぎて行った店員が一瞬ぴくりと反応したのは、見なかったフリをしておく。いまの切り出し方からして、大方別れ話とでも捉えられたに違いない。残念ながら恋人じゃねーよと遠くなっていく店員の背中に視線で教えてやれば、リュカが膨らんだボストンバッグの中を漁りながら答えた。


「お前にとって、まあ悪くない話。ただ、ちと考えてもらうことになるけどな。ほい」


 バッグの中から取り出した丁寧に折り畳まれた書類を広げて差し出されたラクヒは、視線をそれへと落としてすぐに彼女は「え、」と眉根を寄せる。


「…ちょっとリュカさんや、どういうことだいこれは」


 大々的な見出しの文字は「契約書」の三文字。中身を読み進めていくうちに判明したのは、リュカの所属する魔導士ギルド――新しい父がマスターを務めるギルドとの雇用契約書であるということだった。


「待った待った。わたしいま雑貨屋で働いているんですけど?」


 ちなみにラクヒは十七歳だが、この世界では十五歳まで教育を受けたのちは社会に出て働くという流れになり、必然的に彼女は職に就くことになった。母の勧めもあり、小さな雑貨屋に週休二日制で勤務しているラクヒに不満はない。


「知ってる。んでもってそれ、ヒオドシさんからじゃなく俺からの勧め」


 父ではなく、リュカからとなると、ますます意味が分からない。ラクヒは首を傾げる。


「え…なんでですか? いやいや、ないない。だってわたし魔物退治とかできないですし」

「別にいますぐ退治しろなんて言わねぇよ。ただ勿体ねぇなと思って」

「うん?」


 どういう意味だと首を傾げれば、リュカは頬杖をつく。


「おばさん魔導士だったんだろ。ならお前もその才能を持ち合わせているってことだ。現に魔法、教わってんだろ」

「まあ、生活するうえで便利なやつを教えてもらっていますけど…それだけですよ」

「あ、ちなみにおばさんとマスターには本人に了承を得れば問題ないって言われてる」

「既に話つけてるんかい」


 手が回されている事実に思わず声をあげてしまうラクヒに「事前に話は通しておくもんだろ」と、正論とでも言うようにリュカは言葉を返してきたので、彼女は露骨に顔を顰めた。


「えー…いや、興味はありますけど、危険ですよね?」


 幾らファンタジーラブとはいえど、自ら魔物に突っ込んでジ・エンドを望むほどラクヒは馬鹿ではない。


「最初はパーティー組んで慣れてきたらペアやソロで仕事すりゃいいさ」

「………」

「俺とパーティー組めばいいしな。その方が安心だろ」


 勧めてんの俺だし、とココアを飲むリュカに悩むそぶりを見せていたラクヒは、一つどうしても確認したいことを尋ねる。


「……質問です。パーティーとギルドの男女比は」

「パーティーは全員男。ギルドは九対一」

「却下」


 ラクヒは男が苦手である。


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