プロローグ
つくづく、わたしという女はツイていないらしい。
びゅうっと音を立てて通り過ぎていく突風に身を震わせ、ローズピンクのマフラーに鼻頭を埋めて烙緋は小さく呟いた。「…寒い」
日本と違ってここは雪が積もることはないが、寒さは東北のそれに匹敵するだろう。冬生まれだというのに寒さが大の苦手なラクヒは、がちがちと音を鳴らす歯を止めるすべを持ち合わせていない。
――こんなとき自販機があったら良かったのに。あったかいコーンポタージュかおしるこでも飲んで、あったまりたい。
冷えた指先をグレーのチェスターコートの中で握り締め――生憎ホッカイロというものも存在しない――、ぶるぶると身を震わせるラクヒは我慢ならないと言ったようにその場にしゃがみ込んだ。
「ホッカイロも自動販売機もないなんてどんな田舎に住んでんのよ」だなんて、友人達なら簡単に言ってのけるだろうなぁとラクヒはぼんやり思案する。だってないものは仕方ないだろう。もう会う機会も殆どない友人たちとの会話を想像し、彼女は白い息を吐き出して視界いっぱいに広がるそれを眺める。
見渡す限り真白い建物が立ち並び、街の至るところには水路が張り巡らされ緑で彩られている。街の中心地には高層ビルに匹敵する高さの荘厳な造りの教会と時計塔があり、街一帯に硬質な音を響かせる鐘が時を告げる。
ディアストリク湖の上に造られた水上都市、ルシュトリア。
『お母さんね、お父さんと離婚して再婚することに決めたの』
半年前に彼女たち三姉弟に爆弾発言をした母の再婚を機に、異世界へと引っ越してきた烙緋の新天地であった。