8 戦闘開始した
「アイザック様、私も連れて行っては下さいませんか?」
「え……サクラさんをかい?」
お城の地下闘技場で暴れているゴブリン達の制圧要請を受けた、アイザック様とレオン王子殿下、ロザリエ王女殿下の御三方。
「多分危ないよ? 丸腰の君が戦えるのかい?」
「私は軍事用ヒュノーではないので、殲滅力はありません。ですが場合によっては、戦闘時にお役に立てると思います」
「へぇ……そっか、役に立つとは興味深いね、ならおいで」
彼らに同行を願った私を、思いの外あっさりとアイザック様は許して下さいました。
旧文明の力は、信用されているようです。買いかぶりにならなければ良いのですが。
「アイザック、危険ですよ」
「だったら守ってあげればいい。ヴィル、この子を頼むよ」
「はっ?! あ、アイザック殿!! 失礼ですがこの子は、どこのお嬢さんでしょうか?!」
「レオンの隠し子」
「なんと!! 王子殿下の御落胤とは!!」
「悪趣味な冗談はおよしなさいアイザック!! 貴方も信じるんじゃありません!!」
「あははは!! 派手な顔して浮いた噂の一つも無い兄様に隠し子か!! 女嫌いなんじゃないかと心配していた母上が喜びそうだな!!」
「誰が女嫌いですかロザリエ!! 大体顔は関係ないでしょう!!」
ぷんぷん怒るレオン様とけらけら笑うロザリエ姫様。戦いの緊張感は微塵もありませんね。それはアイザック様もですが。
「それじゃあ……とにかく、俺の後ろにいるんだよお嬢ちゃん。アイザック殿達の邪魔をしないようにね」
「はい、よろしくお願いします」
私は頑丈そうな兵隊さんの後ろから、歩き出したアイザック様達に続きました。
そして部屋を出て廊下を抜け、螺旋階段を下り――そのまま外に出た私は、改めて実感します。
「……うわ」
「ん? あははお嬢ちゃん、もしかしてお城が珍しいのかな?」
「はい。……こんな光景は……初めてです」
……私が今立っているのが、眠る前の世界とは全く違う世界なのだと。
アイザック様の部屋があったらしい塔の中から外に出た私の目の前には、巨大なお城がそびえ立っていました。
巨大テーマパークの飾りとして建てられたような、可愛くキラキラしたものではありません。外敵から住民を守るため頑強な城壁と堀に囲まれ、所々に破損跡が残る、荒々しくも勇壮な石造りのお城です。
その傍らで動き回る、クラシカルで動きにくそうな装束を身につけた老若男女。
機械で剪定などされた事もないだろう、生い茂る庭の草木。
清浄化されていない、雑多な臭いが混じり合う埃っぽい空気。
……そして管理され閉ざされた以前の世界では、うっすらとしか視認できなかった、澄み切った青空と白い雲。感じる風と、痛いほど肌を差す太陽の光。
「……すごい」
震えがくるほど生々しくも荒々しい、剥き出しの世界です。
こんな場所は、眠る前の世界にはどこにもありませんでした。……中世~近世ヨーロッパの資料としてならば、近いものが図書館のデータに残ってはいましたが。
「大きなお城だろう。なにしろイストリア王国は、近隣の異種族国家にも負けない強い国だからねっ。……どこから来たのか知らないけど、ここで暮らすなら安心していいよ」
私がお城の威容に驚いたと思ったのか、兵隊さんはそう言うと私の手を引き、アイザック様達の後に続きます。
「今日の事件だってすぐに解決するさ。王子殿下も王女殿下も……それに魔道師殿も、皆とても強い方々なんだからね」
……アイザック様も……ですか? 本当にそうならば安心なのですが……。
闘技場は、城門端から続く階段を、ずっと下った先にあるようでした。
「押し返せ!! 絶対に連中を外に出すな!!」
「くそう!! 魔道師ヴェンハート様はどこにいかれたのだ?!!」
「それが……上に報告すると」
「逃げやがったんですよ!! あの迷惑な軟弱男は!!」
……あるようでした、というのは、階段を下った突き当たりにある大きな扉を、大勢の兵隊さん達が押さえているからでした。多分その先が、闘技場です。
ドシンドシンと、ものすごい音と震動がドアの向こうから響いてきますね。……それを押し返そうと兵隊さんたちががんばっていますが、明らかに押されています。このままでは、ドアが破られるのは時間の問題でしょう。
「城塞守備隊隊長、状況は?」
「おおアイザック殿!! 王子殿下、王女殿下にまでご助力いただけますか!! これはまさに天の助け!!」
そんな兵隊さん達を指揮していた重厚な鎧姿のヒゲを生やした男性は、アイザック様達を認めると表情を輝かせて敬礼し、アイザック様の問いに応えました。
「闘技場で、隷属精霊一体、大型魔獣十体、そして十二名のゴブリン達が暴れております!! 魔獣とゴブリン達は、全員凶暴化の魔法によって暴走し、手がつけられません!!」
聞いていたゴブリン達に加え、魔獣に……隷属? 精霊ですか? ……これはますますファンタジーですね。
「……隷属精霊だって? ……誰が何故、そんな危ないヤツを闘技場に持ち出してきたんだい?」
そしてアイザック様にとっては、凶暴化して暴れている魔獣とゴブリン達より、隷属精霊という存在が脅威のようでした。それはヒゲの男性も同感らしく、難しい顔で頷き応えます。
「隷属精霊『フロスティ』を封印から解いたのは、ヴェンハート様です。……その、ヴェンハート様は、新しい凶暴化の呪文を開発されたとの事で……それを使えば、下等なゴブリンと魔獣達でも、隷属精霊くらい倒せる戦闘力を得るはずだ……と、自信満々におっしゃって……」
「……それで闘技場で、自分で制御できない隷属精霊と魔獣、ゴブリン達を使って実験の上暴走。……あげく手に終えず逃走ってわけかい?」
「……そのような事情を、闘技場に残されていたヴェンハート様の弟子から聞きました」
「馬鹿だ……弟子まで見捨てて逃げたか」
「お馬鹿ですね」
「大馬鹿でしょう兄様」
アイザック様、レオン様、ロザリエ姫様三人の同時馬鹿認定。ヒゲの男性も否定する気は無いようです。……ところで。
「……あの、ヴィルさん。隷属精霊とはなんですか?」
「知らないのかいお嬢ちゃんっ? 隷属精霊というのは、魔道師様が呪文で隷属させた精霊の事だよ。……とても強い存在だけど、隷属しているから魔道師に従い力を貸してくれるんだ」
「……従ってないようですけど?」
「……へっぽこ魔道師じゃ制御できないからね。……人間の制御を外れたら、とても危険な存在なんだよ」
納得です。そしてヴェンハートという魔道師がへっぽこなのは、この兵隊さんまで知る所のようですね。
「闘技場の中にいた弟子とやらは、救助できているのですか?」
「はっ!! 外に連れ出す事ができました!!」
レオン様の問いにヒゲの男性は力強く頷くと、部下を呼びました。
部下は傷の手当てをされたのでしょう、包帯を巻いた三つ編みの少女が連れられてきます。
「じ……事態を収拾できず……も……申し訳……ありません……」
「貴女の責任ではありませんよ。魔道実験の責任は、行使した魔道師本人にあります」
「っ……王子殿下……」
「貴女が生きていてよかった」
「もっ、もったいないお言葉です!!」
優しく微笑むレオン様に、大人しそうな三つ編み少女は、頬を赤らめながら頭を下げました。流石は王子様、これは少女も惚れざるをえない。
「フロスティの大きさはどのくらいだい?」
「えっ……に……人間の……子供ほどよ。……五、六歳くらいの」
その空気をぶつ切るように、アイザック様の質問です。
……おや、レオン様と違って、明らかに嫌そうな様子で答える少女。小汚い恰好と瓶底眼鏡のせいでしょうかね? レオン様とは別ベクトルですが、やはり非常に美形だと思うのですが……。
「子供程か……いいぞ、精霊の力は大きさにその大きさに現れる。五、六歳程度なら、制御が外れて暴走状態でも、無理矢理押さえ付ける事は可能だ」
そんな少女の様子に全く無関心で、アイザック様はブツブツと呟きます。まぁ確かに、人の好感度がどうとか考えている場合ではありません。
「更に『水』『凍』属性の精霊フロスティならば、『風』『裂』属性である私の雷魔法で大ダメージが狙えますよ先生! ……とはいえ、大馬鹿のせいで暴走しているだけの者達を殺すには忍びない。ここは半殺しを狙い、余計な被害を出さないためにも、少人数短期決戦でいきましょう!!」
「……そうだねロザリエ姫。――レオン」
「判りました」
頷いたレオン様は必死に押さえている兵士達に歩み寄ると、彼らに言います。
「合図したら、扉を僅かに開けて左右に別れなさい。そして私達が闘技場に突入したら、再び扉を閉めるのです」
「でっですが扉を開けたら、今扉をこじ開けている者達がこちらに雪崩れ込んできます!!」
「問題ありません。命令に従いなさい」
命令。その一言で兵士達の迷いは消えたようでした。
レオン様の言葉を待つように扉を押さえる兵士達は足を踏ん張り、その時に備えます。
「――今だ開け!!」
鋭いレオン様の声が、狭い空間に響き渡りました。
その瞬間兵士達は、命令通り人一人通れる程扉を開き、左右へと分かれます。そして。
【グルゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!】
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
その隙間から雪崩れ込んでくる魔物達に勝る咆吼と共に――レオン様が魔物達に突っ込みました!! えぇ?!
【ゴ――ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ?!!】
そのまま両手で魔物数体を抱え込むようにして踏み込んだレオン様は、一気に魔物達を中へと突き飛ばし、御自分も闘技場へと突撃してしまいます!
な――なんという膂力! なんというパワフルガイでしょう! 流石ムキムキ!
あの方は魔法が使えないとおっしゃっていましたが、あの怪力は魔法ではないのでしょうか?! どう分析しても、今の突撃は常人に耐えられる筋力負荷ではないと思うのですが?!
「ナイスレオン! よし、行くよロザリエ姫!」
「心得たアイザック先生!! ――隊長!! 我らが突入したら、そのまま扉を閉じろ!!」
「御意!!」
しかし混乱している暇はありません。レオン様に続き、こじ開けられた扉から、アイザック様とロザリエ姫様が突入します。――おっと、観戦していては皆様に置いて行かれるではありませんか。
「待って下さいアイザック様っ」
「ええ?! 待つんだお嬢ちゃん!! 危ないよ!!」
繋いでいた手を離してアイザック様達を追った私の後から、兵隊さんことヴィルさんも扉の中へ走り込んできます。
……いいんですか?
「さぁ、危ないから戻――あれ? ――ああ待って!!」
ね、 命令通り、扉しまっちゃいましたよ。
「なんだ君も来たのかいヴィル?」
「まっ魔道師殿!!」
「やる気充分だな新兵っ! ならば思う存分戦うが良い、このロザリエが見届けてやる!」
「王女殿下ちが――」
「期待していますよ新兵!! きみがここで倒れたならば、このレオンの名で実家に弔問金を送っておきましょう!!」
「え――えぇええええ?!!」
あまり戦闘経験が無いのか、中で目にした魔物の群れにヴィルさんは、それでも悲鳴を上げつつ、私を後ろにかばって槍を構えてくれました。ありがとうございます。
「さて……手早く終わらせたいね」
「終わらせたいね、じゃありません先生」
「終わらせるんですよ、アイザック」
そしてそんなヴィルさんを確かめた御三方は、侵入者に殺気立つ魔物達を前に、堂々と構えたのでした。
戦闘開始です。……がんばって下さい。