7 事件が起きた
数分後。
「旧文明の発掘物の中からこの子が? それでこの子の事を調べようとしていた、と。……なるほど、レオン兄様とアイザック先生が、幼女に淫らな行為を強いていた訳ではなかったのですね。このロザリエ安堵しました」
レオン様の妹君であるロザリエ姫様は、私とお二人の説明を聞いてすぐに納得し、お二人に対する誤解を解いて下さいました。
「ですがアイザック先生の行為は、その気はなくても立派な性的嫌がらせですよ。彼女に失礼な事をしたくないなら、ちゃんと自覚はしてください」
「せ、性的なんてそんなつもりはなかったんだよロザリエ姫。ただ僕はサクラさんという旧文明の英知の結晶をこの手で確かめたかっただけで……」
「――せ・ん・せ・い?」
「……はい、気を付けます。ごめんサクラさん」
「よろしい」
そしてそんなロザリエ様に怒られ、アイザック様は素直に謝罪してくださいました。
王子であるレオン様には大雑把な対応のアイザック様も、ロザリエ姫様には弱いようですね。確かに思わず頭を下げたくなるほど眼福の、豪華な長身美女ですが。
「しかし、旧文明の存在か……しかも生きているなんて、確かにアイザック先生が目の色を変えるのも判らんでもない」
長身美女ロザリエ姫様は私の側に寄ると、ひょいと身をかがめて至近距離から私を見つめ、にこりと笑われました。
……おや? レオン様同様威圧感のある美貌だと思いましたが、笑顔はなかなか可愛いというか、あどけないというか……。
「いや~でもかわいいなっ。こんな小さな女の子が私の子供の頃の服を着ると、なんだか懐かしくて嬉しくなるぞっ。初めましてサクラっ、私はロザリエ、そこのレオンの妹にして、この国の王の娘だっ」
「初めまして、ロザリエ姫様。サクラとお呼び下さい」
「うんっ」
「……それで……あのう」
「うん?」
「……一つ質問する事を、お許しいただけますか?」
「ああ、いいぞっ。なんだサクラ?」
よかった。……突然高貴な方に問いかけるのは不躾でしょうが、どうしても気になるのです。
……もしかしたら、この姫様は……。
「……おそれながら、ロザリエ姫様は今、おいくつであらせますか?」
「私か? ――今年で十六になるぞっ」
「――あ……」
「なんでそんな事が気になるんだ? そういえばサクラはいくつだ? 外見からすると、十二、三歳というところか? あはは、私にもこんな頃があったなっ」
「……」
「あ……ロザリエ姫……サクラさんは……」
「アイザック、サクラが涙目です。やめなさい」
「いえ、よいのですレオン様。……ロザリエ姫様、私は……」
……やっぱりね……と秘かに心の中で呟きながら、私は脳内から送られてくる『悲哀』信号を拒否します。
なんとなく、そうじゃないかと思ったんですよね。このお姫様、お身体こそスクスク発育なさってますが、お肌のハリツヤや顔立ちには、まだティーン特有の瑞々しさが充分残ってますもん。
「――えっ?! サクラの外見年齢十六歳?!! 同い年?!!! ……そ、それはすまなかったな、許せサクラっ。い、言われて見ればそう見えなくもないぞ!!」
言葉とはうらはらに、『驚愕』の表情のロザリエ姫。
……いいえ、大した事ではありません。このお姫様はアイザック様やレオン様同様、大柄な白人種に見えるではありませんか。私の外見モデルは東洋人少女。白人と比べて東洋人が小柄で童顔で貧乳なのは仕方のない事なのです。――悲しくなんか、悔しくなんかないんです。本当ですっ。
「そうだっ、この前我が国に来たホビット族の使節団を見たが、みんなサクラくらいの背丈で可愛い童顔だったっ。ドワーフも童顔ではなかったが背丈は似たようなものだったし!! 気にする事はないぞサクラ!! 成人していても小柄で童顔で幼児体型な者達は、結構いる!!」
「ロザリエ、サクラが本格的に泣きそうだからやめなさい」
「ふぉ、フォローになってないか兄様?!」
「一応外見モデルの少女は人間だったみたいですし……いくら小さくても、本当の事を言ってしまったら失礼ですよロザリエ姫。小さいとか、顔も体格も凹凸に乏しいとか」
「……アイザック先生も、一言多く失礼な事言ってますよ」
「えっ」
「……」
……フォローなのか追い打ちなのか判らない会話を聞きながら、私はどうやら私並みの体型らしいホビットさん達の事を考えて、AIから断続的に送られてくる『悲哀』信号をやり過ごしたのでした。
……いっそホビットさん達の国で目覚めれば良かったかもしれません。
「――それにしても、久しぶりに顔を出してみたら、押しつけられた旧文明遺跡から思わぬ展開だったんですね。うまくいけば、窓際魔道師から出世のチャンスですよ先生っ」
「いや-、それは……」
「無いでしょうね」
「バッサリ断ち切るなよレオンっ。そりゃ判ってるけどさっ」
「あははっ」
フォロー終了後。ロザリエ姫は書物を主としたガラクタの中から御自分で掘り出して来た椅子に腰掛け、私達に混じっていました。
良く見ると中々上等な椅子が部屋のどこにあるのか、ロザリエ姫は元々ご存じのようでした。もしかしたら座るところが無くて、御自分で持ち込んだ品かもしれません。
「しかし暴漢逮捕で少しくたびれてましたが、部屋で休まずこっちに来て正解でしたっ」
……ところでこの姫、今、とんでもない事を言いませんでしたか?
「……暴漢、逮捕?」
「ん? ああ、王都の豪商の家にゴブリン族を主力にしたヤクザ者達が押し入り、そのまま暴れてな。全員捕縛して城に連行したから、安心していいぞっ」
「い、いえそうではなく……その、お姫様が暴漢の退治……ですか?」
「うん。私が所属する白翼騎士団は、城、城下~城壁周辺の治安維持が仕事だからなっ」
「この世界では……お姫様も騎士となって戦うものなのですか?」
「それは違いますよサクラ」
楽しそうに言うロザリエ姫を遮るように、少々難しい顔をしたレオン様が続けます。
「ロザリエは魔道師ですからね。……この国では魔法を使えるものは身分男女の区別なく魔道師として教育され、一人前の力を得た者は全員軍属登録をされます。そして有事の際には召集され、その力を国のために使わなくてはならないのですよ」
そういう掟があるのですか。
「……もしかして、魔法を使える人は少ないのですか?」
「ええ。他種族と比べ、人間族は行使できるほど強い魔力を持ち生まれてくる者は、ごく僅かです。だからそれを持って生まれた者は、生まれながらにそれを国のため役立てる義務を負うのです」
レオン様の言葉に、そういう事情だ、とロザリエ姫は続けて笑います。
「だからなサクラっ。要請があれば私はどこにでも行くぞっ」
「どこにでも行くんじゃありませんロザリエ。……大体軍属は義務ですが、軍や騎士団に正式に所属する必要など無いのですよ? なのに貴女ときたら……」
「そういう議論は、私が騎士になると言った時にやり尽くしたと思いましたよ兄様」
「いくら言っても足りませんっ。貴女はこの国の姫なのですよっ、騎士として団に所属するよりもっと、他にやる事があるのではないですかっ?」
「綺麗に着飾って、政略結婚の贈答品としての価値を上げろ、ですか?」
「露悪的な事を言うものではありません」
「でも極論すると、そういう事でしょう? 私はごめんですね。……この強い力、私はこれを、有効活用したい」
ロザリエ姫が真剣な表情で剣と握ると、鞘に収められた細身のレイピアはパチパチと放電し、強く瞬きました。
……これで先程男二人を吹き飛ばしたのですか。確かに、すごい力です。
「……勿論私は、殿方と比べれば腕力体力共に劣った小娘です。賊と戦うのは危険極まりない行為でしょう。ですが兄様、この力は守るべき国民らにとっては、いつ必要になるか判らないのです。ならば私はやはり、どこかにきちんと所属し、いつでも動けるようにしたい」
何か思うところがおありなのか、そうはっきり宣言して剣から手を離すロザリエ姫に、レオン様は深くため息をついて首を振りました。
「……貴女じゃなくて、私に魔力があったらよかったのに」
お兄さんとしてはやはり心配ですよねレオン様。
「……あとアイザック、貴方の教え方が下手で、ロザリエがへっぽこ魔道師に育っていたらよかったのに」
「えっ」
……それはちょっと、逆恨みかもしれませんが。
でもアイザック様って、いい先生だったんですかね……そんなに凄そうには見えないんですけどね?
……お?
「――魔道師殿!! 魔道師アイザック殿!! いらっしゃいますか?! 出動要請です!!」
重量のある足音が止まった途端、ドンドンドンというノック音と人の大声が部屋中に響き渡りました。
これは……『恐慌』でしょうか。作りやすい分、顔より声は分析し難いです。
――出動要請?
「何事か?」
「え――これはレオン王子殿下!! ロザリエ王女殿下!! ご無礼致しました!!」
「構わん。私達がここにいただけだ。職務を果たしたまえ」
「はっ!!」
アイザック様の承諾を得てドアを開けた若い男性は、レオン様とロザリエ姫の姿に慌てて敬礼らしいポーズを取りました。
簡素な兜に胸当て、ブーツ、背には槍……お城の兵隊さんでしょうか。
「どうしたんだいヴィル? また女官長マリア様の腰痛の治療かな?」
「現在女官長様はお元気であります!!」
生真面目に敬礼したままアイザック様に応えた兵隊さんは、表情を引き締めて言葉を続ける。
「し――至急城内闘技場の鎮圧に、ご協力下さい!!」
「――闘技場? 何があったんだい?」
アイザック様の表情も、引き締まりました。
「ただいま闘技場にて、魔法実験で暴走したゴブリン達が暴れております!!」
「なんだそれは?! 魔法実験?! 誰がそんな許可を出した!!」
「まて!! ゴブリンだと?! ――それはどこから連れてきたんだ?! まさか?!」
同時に強い口調で返したレオン様とロザリエ様に、兵隊さんは勇気を振り絞るようにして返します。
「お、王城魔道師長ネボラ様が直弟子、魔道師ヴェンハート様が執り行った魔法実験であります!! ほ、本日城に逮捕されて来たゴブリン達を見て……『いい実験材料だ』とおっしゃったヴェンハート様がゴブリン達を闘技場に連れて行き……」
「馬鹿な!! ゴブリン達はせいぜい鉱山で一年強制労働程度の罪だぞ!! まだ裁かれてもいないというのに、無体な真似をするなど何を考えている!!」
「何も考えていないのでしょう」
思わず立ち上がって兵隊さんを怒鳴りつけるロザリエ様に続いて立った、レオン様が吐き捨てるようにおっしゃいます。
「ヴェンハートといえば、上へのごますりと下の手柄を横取りする事のみに長けた、浅慮な三流魔道師ですから」
「浅慮? はっ、あの『色男』に、浅いなりの思考すらあるかわかりませんね!!」
自分の仕事を荒らされて腹を立てたのか、ロザリエ様が再び剣を握り、力を込めました。
バチバチという光が、先程とは比べものにならないくらい、強く輝きます。
……怒っているのですね。
「闘技場だな!! 私も出るぞ!!」
「ロザリエ……判りました、私も加勢します」
「え――お、王子殿下!! 王女殿下!! 恐れながらお待ちを!! お二人にもしもの事があっては――」
「ありませんよ」
蒼白になって叫ぶ兵隊さんに、レオン様は穏やかに返し振り返りました。
そこにいるのは当然、ようやく椅子から立ち上がろうとしている、ボロを纏い、瓶底眼鏡をかけた残念な美形――アイザック様です。
「彼が力を貸してくれるならば、狂った魔物達など敵ではない。――そうでしょうアイザック?」
「……どうかなぁ? まぁ義務だし、やるけどさ……」
そうレオン様に返したアイザック様は、鈍った身体をしっかりさせるためか、立ち上がるとぐっと身を逸らしました。
「――うぁ?! こ――腰痛?! 今グキっていった?!!」
「……アイザック、貴方少しは運動しなさい」
……AIから、『不信』信号が送られてきました。大丈夫なのでしょうか。