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6 もう一人来た

 ――さて。

 アイザック様に人型機械(ヒューマノイド)――ヒュノーについて説明を乞われ、一通りの事を説明した私は、何気ない表情を装ってアイザック様と隣のレオン様を観察します。


「……この幼女姿で十六歳……『オーショクジンシュ』という種族は、子供の姿のまま一生を終える特性でもあったのかなレオン?」

「まさかアイザック、彼女のモデルは人間でしょう? ホビットでもあるまいに」


 ヒュノーは旧文明の道具にして、人間の召使いである。――私のこの説明に対し、このお二人がどういう反応を示すのかを確かめなくてはならないので。

 ……お二人がこの説明によって私を『自分達の道具』とみなし、機動停止(死亡)の危険を伴うほど酷い扱いをなさるならば、それは違う事を判っていただかなくてはなりません。


「じゃあホビットの始祖がオーショクジンシュとか?」

「それは……どうでしょうか。……いずれにしろサクラは、ただの人間とは少々外見が違いますよね。……その、小さいという事ではなく……」


 平たく言うと私達ヒュノーは、私達と主契約(マスターエンゲージ)を結んだ御主人様(マスター)にお仕えする存在であり、それ以外の人間に服従したりしません。嫌な事をされたら、逆らう事も抵抗する事もできるのです。

 殴る蹴るは当たり前、御主人様(マスター)の許可があれば、人間を殺す事だって躊躇いません。そうでなければ護衛や兵器として使えませんから。


「……そういえば、サクラさんは少し違うな」

「……ええ、違いますよね」


 ロボット三原則? なにそれ美味しい? な思考回路ですもの。実は相当危ない存在なんですよ私達。

 勿論一般常識と御主人様(マスター)への絶対服従はAIに刻み込まれているので、そう簡単に人間を傷つけたりはしませんが、身を守るためならば、容赦はしません。

 ……と言っても、今の私には逃げるアテがありませんし、できればお二人とは友好的な関係を築きたいのですが。

 ……果たして彼らは、私をどう思ったかのでしょうか……。


「サクラさん」

「――はい?」


 おっと、いつの間にか断続的な思考信号に飲まれておりました。

 そういえば、お二人は今何をお話されていたのでしょうか?


「オーショクジンシュっていうのは……そんな風に、耳が尖っていたのかい?」

「……耳?」


 ……私の先程の説明よりも、そんな事を気になさっていたのですか。

 なんだか拍子抜けしつつ、私は自分の人間よりも少々長く尖った耳を摘み答えます。


「いいえ、これは人間とヒュノーを別けるための、『差違』です」 

「差違? って事は、ヒュノーは皆、そういうエルフのような耳をしているのかい?」


 エルフ……そんなファンタジーの代表格が、この世界には普通にいるんですか。

 改めて五百年で何があったのかを考えながら、私はアイザック様に説明します。


「少し違いますね」

「というと?」

「アレンジは創造主(マイスター)によって変わりますが、私達ヒュノーの製造には、『必ず人間とは違う部分を付け足さなくてはならない』という制約があったのです」


 これは私達ヒュノーと人間との違いを、明確にするための制約だったらしいですけど、……半分は人間達の趣味だったのではないでしょうかね。


「例としては角や翼、鱗、人とは違う体色や、ネコミミシッポなどなどでしょうか。私も、モデルとは全く違う差違を与えられて生まれてきました」

「つまり君達は……人工的に異種族として生み出されてきたというわけか」

「異種族……やはりそんな者達が、この世界には現実にいるんですか?」

「ああ。エルフ族や龍族、人魚族、獣人族などなど。この世界には大勢の異種族が人間達と共存している。――神殿の大巫女様とその側近達も、君のようなとんがり耳と輝くような美貌の女性達がエルフ族さ!」


 世界最大勢力トップがエルフ……それは予想外でした。世界の支配者だった人間の立場は、旧文明時代とは全く違うのかもしれませんね。

 いずれにしろ、私はヒュノーでありエルフではありませんが。


「しかし……サクラの尖った耳というのは、差違としては少々地味ですね? 髪で隠せば人間と変わりません。その程度で差違として認められたんですか?」


 するとレオン様が、私を注意深く見返しながらそうおっしゃいました。……鋭いですね王子様。


「おっしゃる通りですレオン様。私と人間との差違は、もう一つあります……今は隠してますが」

「隠してるっ? 何故隠してるんだいサクラさんっ? それはどんなものだいっ? 見せてはくれないのかいっ?」


 ……あ、アイザック様に食い付かれてしまった。

 ……別に見せても良いのですが……その、普通の服では……恥ずかしいのですよ。


「……大したものではありませんアイザック様」

「何をいうんだいサクラさん!! 君の存在自体が大したものだよ!! 旧文明の浪漫だよ!! 見せて下さいお願いします!!」


 ……ろ、ろまん? 

 ……でもアイザック様は、何かを知ろうとなさるとき、本当に表情が活々と輝くのですね。

 ……なまじ綺麗なお顔をなさっているからでしょうか……その表情は、私の十代後半女子の主観に、とても強く訴えかけてきます。

 ……叶えてあげたい、そんな信号が送られてくるのです。


「女性に無理強いはいけませんよアイザック」 

「しないよそんな事っ。彼女が旧文明時代にどんな立場だったにしろ、今僕は彼女に、研究に協力して欲しいと頼む立場だ。失礼はしないっ」


 ……それにどうやら彼は、私を『道具』として粗雑に扱う気はないようですし……。

 ……よし、ここはこれからの友好のためにも、羞恥を我慢しましょう。


「……判りましたアイザック様」

「サクラさんっ」

「でしたらその……準備ができるまで後ろを向いていていただけませんか? ……レオン様も」

「後ろ?」

「……服を脱いで準備しなくては、見せられないので」

「えっ!!」


 私の言葉を聞いたお二人は、慌てて後ろを向いて下さいました。

 外見年齢十六歳とご理解いただけたのが、よかったのかもしれません。

 さて、私はまずワンピースを脱ぐと、それで胸元を隠してお二人に背を向けて意識を集中し、『それ』を外に出します。――身体が変形する感触が少々懐かしいです。


「……こっちを向いてもいいですよ」

「うん。……うわ」


 声をかけると早速振り向いたのか、アイザック様の驚いた声が聞こえてきました。


「……白銀の翼……なんと美しい」


 続いてレオン様。……ストレートな賛美をありがとうございます。別の意味で羞恥信号が送られてきております。

 そう、私には出し入れ可能な翼があるのです。真っ白い水鳥のような翼、人間が持つはずもない差違です。


「……尖った耳とこの翼が、創造主(マイスター)ジェイド・ウェルナー作のヒュノーに与えられた差違です。……この翼に、空を駆ける戦乙女の姿を連想したのでしょう。ウェルナー作のヒュノーを、人々は『ヴァルキリーシリーズ』と呼びました」


 戦闘タイプが多かったせいもあるのでしょうが、確かに『姉達』は、北欧神話の戦乙女ヴァルキリーのような美しさと威容、そして長身の持ち主達でした。

 ……そんな姉達の中に混じると、私はまるで、白鳥の群れに紛れ込んだ雀になったような気分を味わったものです。仕方が無いのですけどね。


「――うわ、暖かいし柔らかい」


 ――うわ?!


「本物の白鳥の羽根みたいだなっ。これ動くのかい? 飛べる? これ自体に何か力がある?」

「ちょ、ちょっとお待ち下さいアイザック様!! というより近づかないで下さい!! 色々見えてしまうじゃないですか!!」

「大丈夫!! 見ないよ!! 僕が今見たいのは翼だけだから!!」


 それはそれで女としては怒るべきでしょうが、今はそんな事を言っている場合ではなく!! ――無造作に翼を掴まないでくれませんかっ?! そこも感覚があるんですよ!!


「こ、こらアイザック!!」

「頼むよサクラさん!! 触るだけ!! 先っぽだけ!! 先っぽだけだから!!」

「言い方がいやらしいですよアイザック!!」


 私はなにやらスイッチが入ってしまったアイザック様から、翼を離そうと藻掻きました。

 ですがアイザック様も本気のようで離しません。あ、何かがまた光りました。


「こら!! だから私に魔法撃つんじゃありませんこのお馬鹿!!」

「邪魔しないでくれレオン!! こんな感動は初めてなんだ!! ああ!! 彼女は正しく旧文明の英知の結晶!! 素晴らしい!!」

「素晴らしいじゃありませんアイザック様っ。探求心旺盛なのは理解できますが、それ以上触ってアレコレしたらセクハラですからっ――」


 ――と、抵抗していた私の耳に、部屋の外から金属を踏むような音が届きました。

 ……これって随分軽めですが、先程似たような音を聞いたような……。


「――兄様!! アイザック先生!! 母上から私の子供の頃の服を借りていったと聞いたぞ!! 今日は一体どんな騒ぎを起こすつもりなんだ?! 面白い事なら私も混ぜろ――」


 ……ああ、レオン様の足甲か。

 再び開け放たれたドアから現れたのは、レオン様同様鎧甲冑に身を包んだ、長身の美女でした。

 レオン様と同じ黄金の髪に瞳、華やかな麗しい顔立ちをした肉感的曲線美の美女は、突然の乱入者に思わず手を留めたアイザック様と、レオン様を凝視します。

 ――見ようによっては、小さな少女に狼藉をはたらいているような男二人を。


「……な……」

「あ、ロザリエ姫」

「ろ……ロザリエ」


 彼女がお洋服の元持ち主、ロザリエ姫ですか。……これはまた、すくすくとお育ちになったようですね。しかし良く似たご兄妹です。


「……」

「あれ? どうかしたかなロザリエ姫? 顔が怖……」

「……い……いえ違うのですよこれは……貴女が思うような事態ではなくですね……」


 ……なんて現実逃避をしている私の前で、彼女は腰に下げていた細い剣を引き抜き胸前で構えると、短く何かを呟きました。――あっ、剣が光ってます。


「――言い訳無用!! この破廉恥男共がぁあああああああああああああああああああ!!!」


 彼女の罵倒と共に放たれた電撃は見事アイザック様とレオン様に直撃し、二人を吹き飛ばしました。


「純潔は大丈夫か娘!! 許せ!! まさか我兄と我師が、年端もいかぬ童女にこのような狼藉をはたらくとは思わなかった!!」


 勘違いまで良く似たご兄妹だったようです。

 ……まぁ、今のはやっぱりセクハラだと思うので、アイザック様は自業自得だと思います。


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