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5 話してみた

 召使いに着せてもらう事が前提の服だからか、思ったよりも多い服の内紐や後釦に多少苦戦しながらも、私は無事ワンピースその他を身につける事ができました。

 一見中世ヨーロッパを思わせるデザインと雰囲気ですが、鍵ホックやチャック、マジックテープなど、基本的な形式は旧文明の服飾デザインを引き継いでいるのがよかったのでしょう。

 こういうものを見ていると、確かに私が眠る前の世界と今が、繋がっているのを理解します。


「お待たせしました」


 濃碧のワンピースに下着、白いソックス、革靴を身につけ、そして折角ですので箱に入れてあった白いリボンで髪をまとめた私は、金属を磨いて明度を上げた鏡で姿を確認してから、お二人の待つ部屋に戻ります。


「良く似合ってますよサクラ。ですよね、アイザック?」

「え? ああうん。これでようやく落ち着いて話ができるね。よかった」

「素敵なお洋服を貸していただき、ありがとうございました」


 礼儀なのかさりげなく褒めて下さったレオン様に対して、アイザック様はこれからの事で頭が一杯のようですね。十代後半女子の主観では少々『残念』という信号が送られてくるのですが、私が十歳そこそこの小さな少女にしか見えないのなら、仕方がないのでしょう。

 ……小さな少女だと思いながら興味津々になられると、逆に怖いです。ロリコンはちょっと。


「――それじゃあまずは、君についてもう少し詳しく教えてくれないかサクラさん」


 そうおっしゃるアイザック様は、雑然とした机の前に椅子を二つ向かい合わせてその一つに座ると、私を手招きしました。

 ああ机を片付けたい、と思いながら、私は言われるままアイザック様の向かいに座り、アイザック様に問いかけます。


「私についてとは、具体的にどのような事にお答えすればよいでしょうかアイザック様?」

「そうだね、サクラさん自身についての他に、君が名乗った人型機械(ヒューマノイド)についても聞きたいな」

「……人型機械(ヒューマノイド)について?」

人型機械(ヒューマノイド)とはどのような存在なのか、どのような役目だったのか、製造されたと聞いたがどのように作られたのか、などを質問したい。……君のような存在は、初めてみるからね」

「……初めて?」


 ……私のAIに、『不思議』という信号が送られてきます。


「アイザック様、この世界には、私のような人型機械(ヒューマノイド)は一体も残っていないのですか?」


 私達人型機械(ヒューマノイド)は、旧文明世界では当たり前に存在しておりました。なのに活動停止している状態のものすら、旧文明の遺跡で一体も見つかっていないのでしょうか?

 

「うん、いないね。……というより、人型機械(ヒューマノイド)という単語を聞いたのも初めてだ」

「旧文明時代の情報は、殆ど判っていないのでしょうか?」

「いや、神殿主導で発掘が進んでいるし、許可された資料は閲覧する事もできるから、殆ど判ってないって事もないんだろうが……でも確かに、神殿が規制している情報は多いから、旧文明について知っている人は少ないかな」

「……神殿、ですか?」

「ああ、『救世の神殿』。――かつて旧文明が滅亡の危機に瀕した時降臨し、世界の復興を成し遂げた『現神』を奉じる神権代理機関だよ。どの国にも所属せず干渉されない、今世界で最も力を持つ場所さ。僕のような魔道師も、神殿に認可登録されてなくてはならないんだ」


 ……世界滅亡の危機に、神降臨、そして最大勢力の神殿と現神ですか?

 B級SF映画みたいですけど、アイザック様が嘘を言っているようには見えませんね。

 旧文明では、宗教なんてイベントを盛り上げるための一要素でしかありませんでしたのに……一体何が起こったんでしょう?

 ……というより……そういえばどうして旧文明は滅亡したんでしたっけ?

 ……あんなに栄えてたのに……?



― ――!! ――だ!! ――の暴走――!! ―

―逃げるぞサクラ!! ここももう――!! ――!! ――だ!! ―



 ……本当に……なんなんだろう。


「サクラさん?」

「あ……申し訳ありませんアイザック様。……ですがそれならば、もしかしたら人型機械(ヒューマノイド)の存在は、その神殿の情報統制にかかっているのかもしれませんね」

「ああ、それはあるかもしれませんサクラ。……だとすると一応神殿には報告していた方が良いかもしれませんよアイザック」


 私に同意して下さったレオン様の言葉に、アイザック様はショックをうけておられます。


「ええ?! で、でもそれじゃサクラさんが研究前に神殿に引き取られてしまうかもしれない!!」

「きちんと報告した上で、神殿認可の元研究を行わせて欲しいと申し出るのです。魔道師も一応神殿の組織図の中に組み込まれているのですから、無茶な要求ではないでしょう」

「……でも」

「隠匿してバレた時の方が、心証が悪いです。反論は認めませんよアイザック。仮にも親戚、これ以上貴方の無茶で、魔道師としての立場を悪くしたくはありません」

「え……僕そこまで何かしたかな?」

「……胸に手を当てて、今までのお馬鹿を思い出しなさい」

「えーと?」


 素直に胸に手を当てたアイザック様は、心当たりが無いのか首を捻りました。

 嘘を付いている表情ではありませんが、レオン様の表情も至極真面目です。……多分何かはあるのでしょう。ご本人には自覚の無い何かが。


「で、でも今、人型機械(ヒューマノイド)について質問するのは構わないはずだよね。何せ現状では、何が情報規制にひっかかっているのかわからないんだからっ」


 どうやらめげないアイザック様は、そうおっしゃると机からボロボロの手帳を取り出しペンを構えました。

 ……その顔を、ちょっと可愛いと感じながら、私は頷きます。


「不完全な私でよろしければ、質問にはお答えします」

「え? 不完全?」

「はい。現在私のメインAI(人工知能)を含めた70%以上の機能にはパスワードロックがかかり、起動していない状態です。更に創造者(マイスター)がかけたのでしょう発言統制(ワードプロテクト)の作用により、返答禁止事項に発言する事はできません。よって旧文明や人型機械(ヒューマノイド)に対しての踏み込んだ質問にはお答えできかねますので、ご了承下さい」

「……?」

「……?」 


 ……あれ、不思議そうな顔をされてしまいました。意味が通じなかったでしょうか?

 ……もっと意訳して大雑把に言うと……。


「……私の頭はまだ目覚めていないので、まともに答えられません」

「ね、寝てる? サクラさんはそれで寝てるのかいっ?」

「……人型機械(ヒューマノイド)とは寝ながら会話できるのですか。……不思議な存在なのですね……」


 ……微妙な理解をされてしまいましたが、まぁいいでしょう。だいたいあってます。


「ちなみに、呪い(パスワードロック)がかかっているので、完全に目覚める事ができません」

「の、呪いで眠らされているのかいっ?」

「なんと……旧文明時代には、五百年以上効果があるほどの呪術が存在していたのですか……」 


 確かにパスワードは解けなければ、千年だろうが二千年だろうが効果は持続しますけれどね。


「それでもよければ、ご質問ください。簡単な事なら、答えられます」

「寝ぼけていても、か。……なんだかすごいねサクラさんは」

「すごいのはおそらく、AI機動30%弱での動作を可能にした、私の創造主(マイスター)ウェルナー様だと思われます。……あの方は旧文明が誇る、人型機械(ヒューマノイド)製造の天才でしたから」


 私は一般常識AIに記録されている、創造主(父親)の姿を閲覧しながら、そう答えました。

 こうして私の人型機械(ヒューマノイド)紹介は、始まったのです。



「製造と言うけれど、君は本当に人間の手で作られた存在なのかいサクラさん?」

「はいアイザック様。人型機械(ヒューマノイド)は、創造主(マイスター)と呼ばれる旧文明の科学者達によって、創り出された人形です」


 私は腰掛けた椅子で床に付かない足を気にしつつも、アイザック様にお答えしました。


「旧文明の人間達からは、人型機械(ヒューマノイド)を更に縮めて、『ヒュノー』という通称で呼ばれておりました」


 ヒュノー、と呟いたアイザック様は、それを手帳に書き込んでから私を再び見つめ、ため息をつくようにおっしゃいます。


「……でも……作り物だなんてとても思えないよ。君は柔らかくて、ちゃんと暖かかった」

「それはこの身体が、生命活動をする人工有機物だからでしょう。機械といっても金属製の部分は内臓部分に少しだけで、残りの部分――特に外見は、人間に近く作られているんです」

「人間に? 何故?」

「人間にお仕えするためですアイザック様。自分と近い姿の、従順な召使いが欲しいという人間の権力者の願望によって、私達は人間、特に女性に近い姿で多く生み出されました」


 女性の、または男性同性愛者の希望によって男性として生み出された者もいましたが、やはり女性の方が多かったですね。


「……そういえば発掘された旧文明資料に見る為政者の名前は男性ばかりだったが、やはり旧文明時代の権力者は、男ばかりだったということかい?」

「その通りですアイザック様。行き過ぎた男女悪平等と女性の社会推進が極端な少子化とジェンダー崩壊を招いたため、それを反省した結果、旧文明は徹底した社会的男尊女卑政策が取られておりました。……現代では違うのですか?」

「そうだね、神殿の最高権力者である大巫女様がまず女性だから。家庭での男女の役割は大切にされてはいるけど、優秀な女性の社会進出は認められているよ」


 ほう、世界の最高機関である神殿のトップは女性なのですか。……やはり旧文明とは、全く違う社会形態のようです。

 そしてアイザック様の質問が続きます。


「それでは君達人型機械(ヒューマノイド)――いや、旧文明に習ってヒュノーと呼ぼうか。ヒュノーは人に仕えるための存在だったんだね?」

「はい、アイザック様。私達ヒュノーは人間にお仕えし、内臓されている『ミミルズ・エネルギー』を、人間達のために活用するための存在です」

「ミミルズ・エネルギー? ……神殿の資料閲覧で読んだ事がある。確か旧文明を発展させた力、旧文明の『魔法』の元となった力……ではなかったかな?」


 ……この世界では、旧文明の『科学』は魔法扱いなのですか。

 ……という事は、先程アイザック様が見せて下さった魔法も、なんらかの科学的な根拠に基づく現象だったのかもしれませんね。


「……『呪い』によって眠っている私の頭で詳しい説明はできませんが、神殿の資料通りの認識で問題無いと思います。――旧文明時代に発明されたミミルズ・エネルギーは、確かに旧文明を支えた究極の(エネルギー)です」


 私は旧文明時代を思い出しながら、アイザック様に返答します。

 街の景観から天候や気温、湿度、居住区画の草木一本一本の成長まで、全てが人間のため快適に調整管理された機械仕掛けの世界。それを石油や天然ガスといった有限エネルギーから解放し、大きく発展させたのが、新たな力ミミルズ・エネルギーでした。


「ミミルズ・エネルギーと、そのエネルギーによる旧文明の発展によって、ヒュノーは生まれました。私達は体内のミミルズ・エネルギーを利用し様々な仕事をする、人間達の道具だったのです」

「……道具か」

「はい。そしてそんなヒュノーを手に入れ側に置く事が、旧文明時代の権力者達にとってステータスの一つでした。……より高性能な、より美しいヒュノーを手に入れるため、権力者達は途方もない代金を、創造主(マイスター)達の前に積み上げました」


 例えるなら、自家用ジェット機を所有するような、芸術品や国際条例スレスレの稀少ペットを手に入れるような、そんな感覚でしょう。


「つまりヒュノーとは、旧文明時代の究極の贅沢品でした。――そしてその中でも特に、私の創造主(マイスター)ウェルナー様が生み出すヒュノーは、その性能や美しさから至高と讃えられていたのです」


 自慢でも誇張でもなく、データに記載されてある事実です。

 世界一のヒュノーマイスター、ジェイド・ウェルナー。

 その匠の技が生み出す『娘達』は、神話の女神のように強く美しい、正に至高の存在であった――と。……ええ、確かに『姉達』は、そんな感じでした。


「……美しさ?」

「……美?」


 ……やはり、そこに注目しますかアイザック様にレオン様。


「美しくなくてすみません」

「あっ、いやサクラさんっ……ごめん」

「私達は、当時の美意識に詳しくないのですサクラ」

「……いえ、私は確かに、ウェルナー様作のヒュノーとしては、全く規格外な容貌でした。……なにしろモデルがいたもので」

「モデル?」


 アイザック様に頷き、私は補足説明します。


「注文されて作られるヒュノーの容姿は、所有者の希望が反映されるのです。……私の最初の御主人様(マスター)と奥様は、十六歳で病死してしまった一人娘の姿をウェルナー様に希望しました。……そしてそれを了承したウェルナー様が、そのご夫婦に渡された映像を元に私の容姿を作ったのです」


 私のヒュノーデータには、私のオリジナルであるそのお嬢様の映像もあります。

 ……華奢で随分小柄なのは、この頃既に寝たきりのご病気だったからですね。お気の毒に。

 

「……十六歳で病死?」

「……モデルにしたのは相当幼い頃の姿だったのですか?」


 ……そしてやはり、そこにも注目するのですねお二方。


「……いいえ、私のモデルになったお嬢様の姿は、『勿論』十六歳の頃のものでした」

「えっ」

「えっ――あ、ああそうなのですか。そ、そう言われてみれば見えますよ十六歳っ」


 レオン様、咄嗟のフォローありがとうございます


「現代は違うようですが旧文明では、私のモデルとなったお嬢様のような、黒目黒髪小柄な黄色人種も少なくなかったのですよ」

「……えー……見えない」

「こらアイザック!! サクラとモデルになったお嬢さんに失礼ですよ!! なるほどっ、人種的な事もあるのですねっ」

「でもまず体格が十代の成長じゃ……」

「アイザック!!」


 ……ここでオリジナルのお嬢様だったら、


『見えなくて悪かったわね!! ってかどこ見てんのよこのエロ野郎が!!』


 ――と怒鳴られたのかもしれませんね。

 信じられないというアイザック様お顔、かなり失礼ですから。


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