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3 誰かが来た


 ――数分後。


「と……とにかく、これを被っててくれサクラさん」


 アイザック様が持って来て下さった大きな布でボディを包み、私SK20100―Rは、ようやく一般常識AIが送ってくる『羞恥』の信号を停止させる事ができました。

 本来ならば人間同様の形態を持つ私のボディには、やはり人間同様の衣服がベストなのですが、とりあえずは全裸でなくなった事を喜ぶべきです。


「……?」

「ん? どうしたんだい?」


 ……それにしてもこの、細かい花柄が端に刺繍されている布……大きさからしてシーツか何かだと思ったのですが、それにしては随分と肌触りが悪く、埃塵含有率も高そうです。

 ……あ、この黒いのはインクのシミでしょうか。……こっちのシミは色合いからして、コーヒー飲料に近い……いえ、贅沢を言える立場でない事は判っているのですが……。


「……アイザック様、これはシーツでしょうか?」

「え? ……いや、そこにあったテーブルクロス……」

「……」

「ごっ、ごめん! この部屋では上等な布の方だと思ったんだけど、やっぱり嫌だよねっ?」

「……いえ。出来る範囲内で私のためにしていただけた事を、感謝しております。アイザック様」


 ただちょっとだけ、このテーブルクロスを洗濯したくなっただけです。

 確かに細かい刺繍の花模様は、現在AIを照らし合わせている『十代後半女子の主観』からすれば女の子らしいと感じますし、綺麗に染み抜きしてから洗ってアイロンをかければ、巻き付けてワンピースのように着こなす事はできるのではないでしょうか。


「あっ、スカーフ留めもあった。と、とにかく僕が服を持ってくるから、それまでここをこう……こうして留めておいてくれっ。服っぽく見えるかなっ?」


 そんな私に罪悪感を感じたのでしょう。

 『憐憫』――そして『贖罪』の表情を示しながら、アイザック様は戸棚から持って来た銀のピンでテーブルクロスを留め、服らしくしようとして下さいました。

 あっ、ちょっと胸部分が開きます。恥ずかしいので、私も加勢です。


「アイザック様、針と糸さえあれば、ここをこう、ドレープのようにしてまとめる事も可能です。後は腰の部分を帯で留めれば……」

「ああなるほど、これならパッと見異国の服っぽく……あ、ずれる。くそ、もう一個スカーフ留めがあれば……」


 ……どうやらアイザック様は、下らない事でも思考し始めるとそれ以外の事は気にならなくなるタイプらしいです。私の肌が少々際どいところまで見えても、全く気にせず布を巻き方を考えておられます。

 ……そ、その……また『羞恥』が発信されてしまうのですが。……そんなにジロジロと布と布の中を見ないでいただけないでしょうか……。


「……?」


 ……おや? ……なんでしょうかこの金属が擦れぶつかるような震動音は。アイザック様は全く気付いてらっしゃいませんが……だんだんとこちらに近づいて……。


「――アイザック!! 貴方はまた研究室に籠もりっきりだそうですね!! 不健康な!!」 


 ドカンと勢いよく音をたてて部屋のドアが開かれ、誰かが中へと入って来ました。


「どうせまともなものなど食べてないでしょう!! 仕方が無いのでこの私が、可哀想な貴方を我が屋敷の夕食に招待して差し上げますよ!! 嬉しいでしょう嬉しいはずです嬉しがりなさ――」


 屈強な長身を包む輝く金縁の鎧と、真紅のマントが実に派手です。

 部屋に入って来たのは、日に焼けた肌と後ろでまとめた長い金髪、そして同色の金瞳が印象的な、みるからに豪華な偉丈夫でした。

 アイザック様がモデルや映画スターなら、この方はスターボウラー辺りでしょうか。スポーツ雑誌のグラビアを飾っていたアメフト選手の一人に、少し似ているかもしれません。非常にハンサムかつ、筋肉ムキムキの殿方です。


「……」

「……」

「……」


 ……ですがそんな私の感想は、今はどうでも良いのでしょう。 

 ドアを開けた体制で停止した鎧甲冑の殿方と、殿方を振り返った体制で停止したアイザック様は、数秒間で今の状況がどう見えるかを、お互い理解しました。


「……アイザック」

「っ!! ち――違うレオン!!」


 今とは――勿論アイザック様が、全裸の娘(に見えるわたし)が身を包んでいる布を、際どい所までずらしているという、この状況です。

 ―― 一見、脱がしているように見えない事もありませんね。


「このお馬鹿がぁああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「ぼふぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお?!」


 ……などと暢気に思っている場合ではありませんでした。

 一歩でアイザック様の側まで駆け寄った豪華な鎧の殿方が、怒鳴り声と共にアイザック様を吹っ飛ばしたのですから。


「あああ貴方はこんな年端もいかない少女に何をしているのですかレオン?!! 研究ですか?!! また魔道の研究なのですかこの研究お馬鹿が!! まさかとうとう、淫らな行為で魔術を行使するという、闇魔法の研究にまで手を染めてしまったのですか?!!」

「ち、ちが、いや、研究は違わないかな? とにかく落ち着けレオ――てか苦し――死ぬ――」


 一応平手打ちだったのは、アイザック様への配慮でしょうか。

 ですが胸ぐらを掴まれて、片手でプラーンと吊り下げられているアイザック様の危機は、相変わらず続いているようです。

 それにしても、まず普通に私とセックスしようとしていたと思われないアイザック様。相当異性に縁のない生活をなさっているんでしょうか?


「違わないですとお馬鹿が?!! この少女に謝罪しないのならば死んでしまいなさい!!」

「ちが――そういう意味じゃ――ゲフ――」

「ああ!! この愚か者をどうか許してやって下さい小さなお嬢さん!! これは研究馬鹿で要領も悪くて才能があるのに窓際に追いやられている貧乏魔道師ですが、このレオンの昔馴染み!! 決して悪い男ではないのです!!」

「……」


 そう言うと、豪華な鎧の殿方――レオン様はアイザック様を片手で持ったまま、私に視線を向けます。

 悪い方ではなさそうですが、顔色が青紫に変色し、プルプル震えているアイザック様は、そろそろ救出しなければまずいでしょう。


「それはまったくの誤解でございますレオン様」


 私はとりあえず布をしっかりと巻き直すと床に降り、頭を下げて誤解を解きます。


「アイザック様は、私に淫らな行為を強要していたのではありません」

「そ、そうなのですかっ?!」

「はい。アイザック様は――私という実験素材を隅々まで調べ、研究なさいたいだけです」


 これからよろしく頼むと言う事は、そういう事ですよねアイザック様。

 ……おや? 何故かレオン様の表情が、『驚愕』から『激怒』へと変異しておりますが……。


「アイザック貴方とうとう禁断の人体実験までぇええええええ!!! この子はなんですか奴隷ですか戦争捕虜ですかどこで買ったんですか?!! 調査って何をする気ですかこの激お馬鹿が!! いくら奴隷だったとしても、魔術実験用の小動物のように簡単に殺していいはずないのですよ!! 人間なのですよ!! それを貴方はぁあああああああああああ!!!」

「ちが――ゲフ――」


 なるほど、レオン様は私を人間と認識しておられるのですね。

 今までそんな間違いをされた事がないので、実に新鮮です。



―なんだ、普通の女の子と変わらないんだなお前―

―失礼ですが、それはどういう意味でしょうか御主人様(マスター)?―

―泣くし、怒るし、笑う。あと、笑うと可愛い―

―……私達の喜怒哀楽は、AIに搭載されているプログラムの反射に過ぎません―

―それを言うなら、俺達人間だって脳味噌の反射に従ってるだけじゃねぇのか?―

―……それは―

―俺は、俺もお前も同じなんだと思うぜ。……そう感じたんだ、笑うかサクラ?― 



 ……また何かが。


「は――話聞けぇこの脳筋レオン!! ――『雷よ我が手に』!!」

「ぬぅうう?!!」


 ――などとやっている場合ではありませんでしたが、危機は去ったようです。

 あれが魔法なのでしょう。どのような原理なのか、アイザックは突如両手から放電すると、それを自分を拘束するレオン様の手へと放ち、レオン様から逃れました。


「ちっ……この私に魔法を向けるとは、不敬罪ですよアイザック」

「そうしなければ、いわれ無い罪で危うく殺されるとこだったからな。……ちょっと手が痺れたくらいだろう。逮捕は勘弁してくれ」

「少女に対する疑惑が白ならば、逮捕などしませんよ」

「判った、今までのことを説明する」

「しなさい。ですがその前に、そのお嬢さんを紹介なさい。」


 そう言うと、レオン様は少々手を振ってから姿勢を正し、私とアイザック様に向き直りました。とても迫力ですが、どうやら頭は冷えたご様子です。

 そんなレオン様に慣れているのか、アイザック様は小さくため息をつくと言葉を返します。


「……彼女はサクラさんだ。細かい事は、経緯と共に説明する」

「サクラ……奇妙な響きですね。少なくともこの国の人間ではなさそうな……」


 そもそも人間でもありません、と私が返すべきか迷っているうちに、アイザック様は私に続けます。


「……それで、だサクラさん。……その『お方』はレオン『王子殿下』。このイストリア王国の、第二王子様だ」


 ――王子。――王国の統治者、王の子。

 ……それはもしかすると、この国の中で最も高い階級に属している方ではないでしょうか。

 ……そんな方と、アイザック様が……昔馴染み?


「その様子では、サクラはアイザックの出自を知らぬようですね」

「……言う必要も……」

「無くはないのではありませんかアイザック? ……ここは王城の敷地にある魔道研究室です。彼女がここにいるのならば、貴方の立場は頭に入れて置いた方が良い」


 レオン様は、躊躇わずにその後を続けます。


「サクラ、このアイザックは……先代王、我が祖父の息子です。つまり私にとっては、彼は叔父という事になります。」


 ……先代王の、息子??


「……そう認められてはいないけどね」


 そう付け加えたアイザック様の表情は、『平静』でした。 

 ……実際は、そうではないのかもしれませんが。



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