27 旅立った
その夜の夢は、少々変わっていました。
私は閲覧できるAI内の情報にも残っている、旧文明時代のビル街の屋上に立ち――隣には、私と同じ姿の少女が並んでいたのです。
―……貴女は……昔の私……ですか?―
―……―
少々尖った耳に、人間ではないという証しに作られた白い翼を持つ、清潔そうなメイド服を身につけた黒髪の少女は、私と同じ顔に微笑を浮かべ、私からビル街の夜景へと目を移し、その人工光で満ち溢れた世界をじっと見つめます。
―……ああ、旧文明時代とは、こんなに夜が明るかったのですね―
つられて夜景を見下ろした私は、思い出した光景に驚き、そして不安を覚えました。
――これほどまでに繁栄しながら、とうに滅びた世界。
膨大なエネルギーと文明の利器に満たされ、私達のような人形すら生み出す事ができた過去の世界は、どこまでも輝かしくありながら……。
―……今の私の目を通すと、どこか歪に映ります―
私の言葉に、隣の彼女は僅かに視線をこちらへとずらしました。私は続けます。
―……といっても……今私がいる未来の世界もまた、不自然だと思うのですが―
―……―
―だって魔法使いにお姫様、王子様、ドラゴンですよ。まるで童話の世界です―
―……―
―この夜景世界のどこをどうしたら、今のファンタジー世界になってしまうのでしょう―
―その情報は、現在解放されている貴女のAI領域には、存在しません―
……初めての返答が、システムメッセージですかい。
でもまぁ、私の夢では仕方が無いか。
私の世間話のような言葉に淡々と返した過去の私は、ビル群の夜景へと視線を戻し、再び静かに過去世界を見つめます。
……その眼差しがとても優しいのは、やはりここに、彼女が愛する者が存在しているからでしょうね?
―ねぇ過去の私、……どんな人だったのですか?―
―……どんな、人?―
―貴女の主人。貴女の存在理由である男性は……私がその姿を思い出せない人間は―
どんな人だったのですか?
―……―
問いかける私に彼女は、しばらく沈黙した後返します。
―その情報は、現在解放されている貴女のAI領域には、存在しません―
またそれですか。
―……ですが―
ん?
―ですがいずれ、貴女が貴女の在る世界で、知るかもしれませんね―
―……―
―過去と貴女が存在する未来は、繋がっているのですから―
―本当にそうなのですか? なんというか……繋がっている実感が、希薄なのですが?―
―……ふふふ―
私の言葉に、彼女はふとおかしそうに顔をほころばせ、小さな声を漏らして笑いました。
……何がおかしいのやら?
―……あの―
―……遠出―
―え?―
―遠出されるのでしょう? 準備は怠らず、気を付けていってらっしゃい―
―……はぁ―
―あの方は、しっかりしているようでヌケていましたから、忘れ物にご注意下さい―
―……あの方って、アイザック様ですか?―
―ふふふふ―
また不思議な笑い声。……うーん、過去の私って、性格悪かったのかもしれませんね。
まるで知らないこっちをからかうような、思わせぶりな様子です。
―貴女は色々知っているようですね? ちょっとくらい、教えて下さいよ―
―その情報は、現在解放されている貴女のAI領域には、存在しません―
―はいはい。つまり貴女は、解放されていないAI領域の情報体なのでしょう?―
―その質問に対する解答は、AIロックによって許可されません―
―むぅ、じゃあなんでわざわざ、私の前に姿を見せたんですか?―
―暇つぶしです―
―そんな理由?!―
思わずツッコミを入れた私に、ふふふふ、と笑う隣の人造少女。
貴女そういう性格だったんですか。切れ切れに送られて来る過去の映像のせいで、なんとなく真面目で可愛くて大人しいタイプを想像していたんですが。
―自分のモトに、夢見過ぎですよ未来の私―
―人の思考を読まないでくれませんかねぇ過去の私?!―
―申し訳ありませんが、あなたの思考はAIの情報処理を通じてダダ漏れです―
―うわー腹立つ!! だったらあんたの思考もダダ漏れなさいな!!―
―その情報は、現在解放されている貴女のAI領域には、存在しません―
思わず右ストレートを繰り出した私をヒラリとかわし、彼女は身を返しました。
―ぐぬぬっ―
―ふふふ。……あら―
そして悔しがる私を見ていた彼女は、何に気付いたのか驚いたように目を見張り、口元を抑えました。……ん? ……私の後ろ?
―迎えに来たよサクラ。そろそろ戻ろう―
―マスター……はいっ―
……マスター? ――っ。
後ろに振り向いた私の視界を遮るように、声の方へと走り出した、彼女の白い羽根がはばたきました。
翼の隙間から見える背の高い男性の後ろ姿に、私の心臓はドキリと高鳴ります。
あれが。あのスーツ姿の男性が過去の――私が愛した存在。
―あ……待ってっ―
思わず上げた私の声は、届かなかったのか、無視されたのか。
後ろ姿の男性は何も言わず、駆け寄って来た過去の彼女と寄り添い、私から遠ざかって行きます。
……駄目だ。身体が動かない。……意識が遠のいて行く。
……それに景色が白く輝き出して……おそらくこのまま、私は覚醒するのでしょう。
……今の私には、あの人を見る事はできないのでしょうか。
……もう名も姿も思い出す事もできない……でも大切だったと憶えているあの人を。
――待って――。
―お願い――待って――っ―
藻掻くように私はもう一度、白い光に飲み込まれていく男性に叫びました。
―……―
その声に、彼が反応したのです。
僅かにこちらへ視線を向けたその人は。
その、姿は――。
―……えっ?―
―……さようなら、サクラ―
――驚き、呆然とした私に気付いたのでしょう。
彼は確かにイタズラめいた笑みを浮かべながら、私に手を振り消えてゆきました。
……嘘でしょう?
……だってあの姿は……。
……あの人は……。
…………なんて事を考えながら、私は救世の神殿へ出立する早朝、目覚めたのでした。
「――気を付けて行くのですよ二人とも」
「どうぞ、お気をつけて」
ランデル王国王太子の正式な婚約者として、いよいよ気軽に出歩けない立場となってしまったロザリエ姫は無理でしたが、荷物を抱えて城門を出る私とアイザック先生を、レオン様とオリエさんが見送って下さいました。
「身分証は持ちましたか? 旅費は? 地図は? 携帯食料は? 火打ち石は? 灯りは? 貴方は肝心な所でボンヤリしているから心配ですよアイザック」
「ははははは、嫌だなぁレオン。これでも僕だって結構旅行慣れしてて……あ、携帯ランプ忘れた」
「駄目じゃないですかっ」
怒鳴るレオン様の横から、そっと包みを差し出すオリエさん。
「……こんな事もあろうかと、用意しておきました。こちらをどうぞ、アイザック殿」
「す、すみませんオリエさん」
「いいえ。……お気を付けて、どうか無事にイストリアにお帰り下さいアイザック殿。貴方はレオン様にとって、必要な方です」
「はい。でもオリエさん、貴女がいるので、僕は安心して遠出できます」
アイザック先生の言葉に、オリエさんは薄化粧の端正な顔に微苦笑を浮かべて、ランプや干した果物が入った袋を手渡すと、私へと視線を向けました。
「……サクラ、どうぞ貴女も、道中気を付けて」
「ありがとうございます」
彼女とレオン様は、どうなるんでしょう。……もし私がここに帰ってくる事ができたなら、進展している姿を見る事はできるのでしょうか?
内心で考える私をよそに、アイザック先生は点検した荷物を背負い直し、レオン様に言います。
「できる限りの守護魔法を君にかけておいたけれど、僕の力も遠距離ではどうしても制限されるから、用心するんだよレオン。無理しない事をお勧めする」
「忠告には従いますが、残念ながら無理はしますよアイザック。……私にはこれから、やらねばならない事が沢山ありますから」
「……やはり、君は楽な生き方はしないんだね」
「……気楽で善良な生き方では、この国の混乱を治める事はできませんからね」
「本当に、くれぐれも気を付けるんだよレオン」
「ええ。用心深くしぶとく、私は役目を果たすとしましょう」
言外で『野心』を語るレオン様に、迷いは見えませんでした。
この方はもしかしたら、後のイストリア王国の歴史書に、冷酷な王位簒奪者として記されているのかもしれませんね。……願わくばそんな彼の傍らで、愛する女性が支えていたという記述も、在って欲しいものです。
「それじゃあアイザック、旅路は必ず人通りの多い街道を進み、日が暮れる前にきちんとした宿を見つけて泊まるのですよ。若い娘との二人旅で、野宿など問題外ですからね」
「判ったよレオン」
「あと乗り合い馬車を使うならば、同乗者には注意なさい。大勢ゴロツキが乗っていたら、馬車強盗の危険もあるのですからね」
「判った判った」
「ああそうそう、私が渡した餞別の無駄遣いはするんじゃありませんよ。馬車町には珍しい商品を並べる行商人の露店も多いでしょうが、趣味の旧文明遺物漁りは帰ってからしなさい」
「……レオン、君もしかして僕の旅行一般常識を信用してない?」
「サクラ、くれぐれもこのボンヤリ男をよろしくお願いしますよ」
お任せ下さい、と私は一礼してから、荷物を背負い直します。
「そこは否定しようよサクラさんっ。先生はボンヤリじゃないってっ」
「残念ながらアイザック先生、私達ヒュノーの初期AIには、人間に対し正直であるよう設定されております」
「どういう意味?!」
そのままの意味です。
「まったく、サクラさんには僕のしっかり者ぶりを、この旅行で見せてあげようじゃないか」
「それはどうか是非是非期待させて下さい、アイザック先生」
「何かひっかかる言い方だけど……それじゃあ、いってきます」
「お世話になりました」
……さて、いよいよこのとても優秀ですが、ちょっとボンヤリした魔道師先生との、二人旅の始まりです。
さようなら、イストリアの人と国。できるなら再びこの血を踏み、ただいまと言いたいです。
「行って来なさいアイザック、サクラ」
「二人共、道中お気をつけて」
少々重くともこの世界の旅行では必要な荷物を背負い、歩き出したアイザック先生に続いてレオン様とオリエさんに挨拶してから、私はイストリア城門を出たのでした。
「さてサクラさん、まずイストリア王国の西門から出て、そのまま街道沿いに西だよ~」
「……はい、アイザック先生」
……アイザック先生と……この人と二人旅か。
……うーん……。
「……? どうかしたかいサクラさん?」
「……いえ、別に。……少々、夢見が複雑だったもので」
「夢? ……ふーん、ヒュノーの夢ってどんなものなんだい?」
「……ただの、機能スリープ状態での、適当な情報処理ですよ」
私を覗き込んでくるのは、いつもの瓶底眼鏡をかけ、くたびれた魔道師ローブを着た、ボサボサ髪のアイザック先生。
祝宴の夜のゴージャスな宮廷服姿など、もはや想像もできない野暮ったい恰好です。
「……だからあれが、本当かどうかなんて……判らない」
「え? あれって?」
「……いえ、別に」
「えー?」
……こんな彼と、夢の中で見たスーツ姿の男性が、瓜二つだった……なんて。
「……どう判断してよいのか判りません。あれが『マスター』の本物の姿だったのでしょうか? ……今しか記憶のない私が、適当な男性の姿であの方を処理しただけかもしれませんが……」
「よく判らないけど、行くよ~」
「うーん……はい」
……まぁ、AI情報の大半をロックされている私には、その真偽を結論付ける事など、到底できません。
「慌てる必要はないから、疲れたら言うんだよサクラさん」
「……はい、アイザック先生」
できない事は今は忘れ、この人と恙無い旅行ができるよう、がんばるとしましょう。
……これが彼と過ごす、最後の時間になるかもしれないのですから。




