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21 生々しい事を聞いた

 私がなんとなくすっきりせずにモヤモヤしていようと、留まることなく日常は過ぎて行きます。


「サクラっ! 久しぶりだなっ」

「これは、ロザリエ姫様」


 私がロザリエ姫に再会したのは、衝撃の政略結婚ニュースを聞いてから、一ヶ月以上経った王城の庭隅でした。


「それはアイザック先生の旧文明研究か? それともアイザック先生の助手としての仕事か?」

「助手としての仕事ですね。汚れていたので、薬草鍋大中小を洗ってます」

「大変だな、大鍋なんかサクラより大きいんじゃないかっ?」

「それは大げさです、ロザリエ姫様」

「そうかっ」


 鍋を軽く手で叩いて笑う、美しいドレス姿のロザリエ姫。あ、後ろの女官さん達が渋い顔です。


「王女殿下、お手が汚れますわ」

「ああ、すまん。少しこの子と話があるのだ。二人にしてくれないか?」

「そんな、お叱りを受けます」

「大丈夫だろう、城の中じゃないか」

「いけませぬ。殿下は今やイストリアの平和に繋がる結婚をなさる、大切なお身体なのですよ」

「判った判った。だが話すのは構わんだろう? 大切で私的な事なんだ、少し離れていてくれ」


 顔は納得していませんでしたが、女官さん達は私達に目が届く位置まで離れました。


「すまんな。急に厳しくなってしまった。騎士としての仕事の引き継ぎにまで付いてくるし、この行動制限は中々面倒臭い」

「それは仕方がないのではありませんか? ……その、もう言えるか判らないので先に。御結婚おめでとう御座います」

「ありがとう。まだ色々と両国で交渉しているが、まぁ、これで決まりだろうな」


 近くなのはよかった、と続けるロザリエ姫は、この結婚に特別な異議はないようでした。

 ……だからといって、特別嬉しそうにも見えませんが。


「ん? 私をじっとみつめて、どうしたサクラ?」

「あっいえ!! ……その、政略結婚なんですよね。……ええと、色々と大変なのか……と」

「なに、大変でない結婚など無いだろう。国益に適う外国との婚姻は王族に生まれた女の役目であるしな。ちゃっちゃと色々こなして、跡継ぎも手早く作ってしまいたい所だ」


 あっさりと生々しい。


「……ベリウス様と、仲良くやっていけそうですか?」

「そうだな、少々無鉄砲だが信頼できる方だと思ったから、印象は悪くないぞ。好きになれそうな相手なのは、運が良い」


 ああ、やっぱり今特別好き、というわけでもないのですね。一度会った程度では当然かもしれませんが。


「運、ですか」

「嫁ぐ相手が爺さんだったり赤ん坊だったり、既に側室が大勢いたりと、妻としては厳しい政略結婚をなさる方もいるからな。それに比べたら、同世代で側室も無い、性格も悪くなさそうなベリウス様は相当ありがたいお相手だと思う」

「……ドラゴンですけどね」

「あの姿はかっこいいじゃないかっ。空も飛べるしっ。私もなれたらよかったのだがっ」


 そうですか。


「血税で養われた以上王族の義務は放棄できん。ならば折角嫁ぐのだから、仲良くやっていけるよう精一杯がんばるつもりだっ」


 ロザリエ姫は前向きに、この婚姻をとらえているようでした。

 ……それで、いいんでしょうね。……でも。


「ロザリエ姫は……」

「ん?」


 ……好きな人は……なんて聞けるはずもないですよね。


「……誰かへの想いは、母国に埋もれさせて嫁ぐのが王女というものだ」


 ――っ。


「……ロザリエ姫は……その」

「ん? ふふ、私も女だぞサクラ? ……誰かが好きで好きで、胸を締め付けられ涙した事だってあったさ。勿論それに振り回されるわけには、いかんのだがな」


 小さな囁きに思わず問い返せば、ロザリエ様はどこか大人びた表情でそう、私の耳元で囁きます。


「……サクラ、あの人を頼む。……私にはできないんだ。あの人の、側にいてやってくれ」


 ……誰、と明言しなくても、私が側にいる男性など、ただ一人しかいませんね。


「……姫、何もかも捨てて、好きな人だけを選ぶ。そんな夢を見た事はありますか?」

「それは多感な少女だった時期がある者なら、誰でも一度くらい夢想するものではないかなサクラ?」

「……どうでしょうか」


 小さな小さな囁き声で恋話をするような少女達が、素敵な王子様とのハッピーエンドを夢みるのでしょうか。


「……だが大人になり自分の立場を受け入れれば、夢は夢でしかない事を理解するものだろう。……少なくとも、私は兄はそうあれと教わり育った」

「レオン様も……」

「兄上にだって、好きな女くらいいるさ」


 私の耳元にあったロザリエ姫の顔がふと上がりました。

 止まった視線を追えば、王宮の渡り廊下の柱影で会話している……。


「レオン様と……あれは、オリエさん、ですか?」

「ああ。私達の乳母の娘、乳兄弟の女官オリエ。……レオン兄上の想い人だ」

「……」


 一言二言言葉を交わし、すぐに離れそれぞれ別の方向に歩き出すレオン様と、伸びた背筋で歩く姿がかっこいい、薄化粧美人のオリエさん。

 ……そうですか。……あの女性が……。


「だがレオン兄上は、オリエを妃に迎える事はないだろう。……後ろ盾もない貧しい貴族の娘では、国益にはならんからだ」

「……」

「そして兄上の性格なら、オリエを公妾や側女の類にもすまい。……寵愛争いなど、無力な者にとっては恐ろしい厄災になってしまうからな」


 ……でも……それじゃあ。


「……寂しく、ないんですか?」


 愛し合う人と結ばれない。……普通の人間なら、そう感じるはずです。


「……寂しいさ。……だからこう思うようにと、私達兄妹は父王に教わった」

「……?」

「『愛する者と幸せになる事はできなくても、愛する者を幸せにする事はできる。飢えず、戦乱の恐怖に晒さず、彼らの――彼らを含む国民の、平穏な暮らしを守ってやる努力をする事はできる。――それが王族というものだ』……と、な」


 それは……。


「ふ……父にも、母以外に想う方がいたのかもしれんな」

「そうかもしれませんね」

「詭弁かもしれん。……だが父の言葉は、私に素直に届いた。……幸せにしてあげたいと、思ったのだ」


 ――周囲から蔑まれながら、それでもここで生きる彼をな。

 そう囁いたロザリエ姫の笑顔には、様々な葛藤を飲み込み納得する強さがありました。

 ……強い、いいえ……きっと、強くあろうとしている人なのですね。


「――そういうわけで、私は嫁ぐ。しっかりベリウス様を誑かして、イストリアと末永く仲良くしてもらうため私はがんばるぞサクラ」

「た、誑かすんですか」

「うん。今女官達や親戚のご婦人達から絵巻物(テキスト)をもらって、新妻夜の嗜み百選を習得中だっっ。やはり恥じらいを保ちつつ、マグロではいかんようだっ」

「生々しい! 生々しいですよ御姫様!!」

「ん? 王族なんてそんなものだぞ。なんせ政略結婚後の子孫繁栄が、同盟の存亡に関わっているんだからな」


 できれば三人は欲しいな、と拳を握るロザリエ姫。……この心身の逞しさがあれば、どこに嫁いでも大丈夫かもしれませんね。


「じゃあ、そういう事で。頼んだぞサクラ」

「……出来る限り、努力致します」


 努力かぁ、と少し残念そうな顔でそう言うと、ロザリエ姫はそれでも頷きました。


「うん、今は努力でいいや。頼むな、サクラ」

「はい」

「……それから」


 ……はい?


「……ヨアヒム一派には、気を付けろよ」

「……はい」

「あいつらも馬鹿じゃない。……いや、馬鹿は多いが馬鹿じゃないヤツもいる。私の結婚が、あいつらにとって大きな不利になる事は判っている」

「という事は、あっちの人達はロザリエ姫の結婚には……」

「勿論あれこれと理由をつけて反対しているが、今の所は破談にできるほどの影響力は無い。……だからこそ、何をしてくるか判らん。誰を利用しようとするかも判らん」


 なるほど。確かに一応ロザリエ姫の身内であるアイザック先生も、何かされるかもしれません。


「ただでさえ誘拐事件――妖精の光粒事件のせいで、ベアトリス妃の立場は悪くなっているんだ」


 そういえば、先日の誘拐事件は、とある貴族がベアトリス妃に、妖精の光粒を献上しようとしたせいで引き起こされたのでしたね。


「あ、あれってやっぱり、ベアトリス妃が『賄賂にちょうだい』と頼んだものだったんですか?」

「本人は否定しているがな。だが上流階級の女は『それとなく』がお上手だ。説得力は全く無い」

「ああ、()()()()()、ちょうだいと頼んだのですか」

「これ以上劣勢にならないためにも、あいつらは強引な手も使ってくるかもしれない。……気を付けるんだぞ」

「――了解しました」


 頷いた私に頷き返し、ロザリエ姫は私から離れると、女官達の元へと帰っていきました。


「王女殿下、魔道師アイザック殿とお会いするのも、今後はお控え下さい」

「はいはい、判っているよ。――サクラ、またな~」


 窮屈そうではありましたが、笑顔で手を振って下さったので、少し安心しました。



 ……それにしても、ヨアヒム王子一派ですか……アイザック先生が面倒に巻き込まれなければ、よいのですが……。 




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